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【実際は超過酷!?本屋大賞投票のガチリアル! 〜書店員のエッセイ〜】

埋め尽くされた全ノミネート作品のコメント欄を二度三度と確認する。
締め切り間近にヤケになったつもりで書いた文章が何だかんだで整然としていることに己の生真面目さを感じた。追い詰められれば大抵のことは出来るらしい。
三十一歳独身男性のポテンシャルは凄い。

『成瀬は天下を取りにいく』
『君が手にするはずだった黄金について』
『星を編む』
『スピノザの診察室』
『リカバリー・カバヒコ』
『存在のすべてを』
『水車小屋のネネ』
『黄色い家』
『レーエンデ国物語』
『放課後ミステリクラブ』

投票を済ませた書店員さんたちのほとんどは、読了感想や大賞予想を投稿しているだろう。
間違いなくそれはこの業界を盛り上げるための素晴らしい活動だ。私も書店員の端くれとして、本来であれば追随するべきなのだと思う。

だが正直に言わせてくれ。

五日間くらい本屋大賞という存在から離れ、美女と酔いどれな恋路を歩きたい!


「本屋大賞の投票か!すごいな!」
成生を褒めてくれる知り合いや本好きの皆さん、ぜひ書店員の現実を知ってほしい。
そしてマジトーンで「お疲れ」と言ってほしい。あわよくば「おすすめ買うよ」って店に来てほしい。

一ヶ月でノミネート作品を全て読んで、さらに一作品ずつコメントを書くなんて無茶すぎるってホントにさ!!!

というわけで今回、ノミネート作品発表から投票完了までの一ヶ月間をリアルな日記形式で綴ってみた。
おそらく「本屋大賞って過酷じゃん、ひえええ!」となるであろう。

なお、これはあくまでも個人の記録だ。全ての書店員が自滅の刃を己に向けているわけではないことを理解したうえで読んでいただけると、私も叩かれなくて済むのでよろしく。


二月一日】
本屋大賞ノミネートの十作品が発表された。『成瀬は天下を取りにいく』、『君が手にするはずだった黄金について』の二作品はすでに読了しており、ちょうど『黄色い家』を読み進めている最中だった。
すでにハードルを二つ越えていた安心感はあまりにも大きい。あと八冊読み切ればいいのだから。
「なんか思ってたより余裕だわ、本屋大賞」
私はベッドにうつ伏せで横たわると、アマゾンプライムビデオで『ラッシュアワー』を見始めた。キレキレのジャッキーチェンに三十路少年の心はときめく。

【二月三日】
サッカー日本代表がイラン代表に惨敗し、これ以上ないほどの悲しみと憤りが、生まれたてのエイリアンのように胸を張り裂く。
伊藤純也の強制離脱も、監督の後手後手采配も、何もかもが納得いかない試合だった。
「もう、無理。酒。」
HUBで観戦していた私は、行きつけのバーでテキーラのショットを注文した。
家に帰って『黄色い家』を開くテンションではなかったし、かと言って誰かと喋りたい気分でもなかった。
終電を逃し、歩いて帰路を辿る。
「気分が乗らないので仕事を休ませてください」とラインを打ちかけたのは、ブラジルワールドカップで日本がコロンビアに敗北して以来である。

【二月八日】
毎週水曜日に出勤している、ゴールデン街『パノラマの夜』から帰ってきた私を待ち受けていたのは、憂鬱な木曜の昼だった。
・・・ああ、今日も飲み過ぎた。乱雑に服を脱ぎ捨てて、ばたりとベッドに倒れこむ。
バッグの中にはまだ十二ページしか進んでいない『レーエンデ国物語』。
大丈夫、『スピノザの診察室』を通勤電車で読み終えた己に死角はない、なんとかなる。
数時間の睡眠を取って目を覚ますと、想像以上に身体が重い。芋虫のように床を這ってバッグに手を突っ込み、分厚いそれを手に取った。しかし、カタカナだらけのファンタジックな世界は、酒臭い私の入国を拒否する。
ダメだダメだ、今日はだらだらテレビでも見よう。変な体勢でリビングのソファーで寝落ちした結果、背中の痛みを抱えたまま本屋へ出勤することとなった。

【二月十二日】
重版中で一向に入荷しなかった『大迫力!異常存在SCP大百科』をやっと購入することができた。
私は寝る間も惜しんで、次から次へと現れる異常存在に胸を弾ませる。
書籍を食べる怪人『すてきなせんせい』に会ってみたいし、宮城県〇〇市で行われている『爆転ニギリ・スシブレード』に参加してみたい。高尾山近くの宇宙人が経営している『UFOラーメン』はとても美味とのこと。

【二月十五日】
四年間バイトしていた西荻窪の居酒屋を卒業した。
「成生おつかれー!!!」
乾杯を繰り返し、杯を乾かす間もなく、次々と酒が注がれていく。イエーイ!と陽気に叫ぶ脳みその中で、徐々に薄れゆくカバヒコの存在。
俺、家に帰ったら『リカバリー・カバヒコ』を読み切るんだ・・・!
我ながらフラグすぎる。その克己心はスパークリングワインCAVAの泡とともに消えていった。どうやら私の明日は終了したらしい。

【二月十八日】
た、大変だこれは。登場人物が多く、整理しながらでないとなかなか内容が入ってこない。おまけに四百六十四ページの超大作。
『存在のすべてを』に大苦戦を予感した私は、ついに現実逃避へと走った。

「リプリー役のシガニー・ウィーバーって身長百八十センチもあるのか!」

銃を構えながら宇宙船内を疾走するリプリーに私は目が離せなくなっていた。アリス(バイオハザード)、サラ・コナー(ターミネーター)、フュリオサ(マッドマックス怒りのデスロード)など・・・戦う女性はカッコよく魅力的である。
特に、シガニー・ウィーバーの絶対に死なない感はたまらない。ゆえに、クローンではあったが、『エイリアン4』で蘇ったときは歓声を上げた。性格も変わっているし、人間離れした身体能力になってしまったのは残念だったがリプリーはリプリーである。ありがとう、復活してくれて。
『エイリアン』四作品を一日かけて見切った私は、意気揚々とエイリアン誕生の秘密に迫る『プロメテウス』を再生するのであった。

【二月二十日】
やばいかもしれない。『存在のすべてを』が全然進まない。
「とんでもない本に出会った」
等のコメントがSNSのタイムラインに流れてくるたび、酔っぱらってごまかしていた焦燥感がひょっこりと顔を出してくる。
読まないと!読まないと!帰宅電車で本を開くが、朝四時半起きの私にその揺れは心地良すぎる。何度も床に本を落として、「すみません!」と冷ややかな目線たちに頭を下げた。
もしかしたら間に合わないのではないか。
心は少しずつ青ざめていく。
『存在のすべてを』の後には『星を編む』『水車小屋のネネ』『放課後ミステリクラブ』の三冊が控えている。

【二月二十三日】
サッカーやフットサルの動画を見ながらイメージトレーニングを繰り返す。翌日は高校時代のサッカー部メンツによるフットサル大会なのだ。
結婚したり子どもがいたりするやつもいるんだろう、フットサル後の飲み会はきっといろんな話が聞けるんだろうなあ・・・。
妄想を広げながら入念にストレッチをして、いつもより早めに就寝する。約十五年ぶりの再会に備え、気合は十分だ。
ちなみに『存在のすべてを』は残り約百ページ。目が覚めたら一気に読んでしまおう。

【二月二十五日】
あいつをドリブルで躱し、右足のアウトサイドで放ったシュートが決まった瞬間を思い出しては一人ニヤニヤしている。
そういえば『水車小屋のネネ』の著者、津村記久子さんは『ディス・イズ・ザ・デイ』というサッカー小説を書いていたな。プロサッカーリーグ二部の最終節を描いた話なのだが、サッカー選手を主体に置くのではなく、それぞれのチームサポーター目線で物語が展開されている。東京ヴェルディもJ1に上がってきたことだし、今年は久しぶりにスタジアムへ足を運んでみようかしら。

【二月二十六日】
脅威の集中力を発揮した。なんと『星を編む』を二日間で読み終えたのだ。
読書家たちにとっては普通のことなのかもしれないが、成生にとっては尋常ではない大大大事件である。前回の本屋大賞『汝、星のごとく』の続編ということもあり、すんなりと世界に入り込めたのがよかったのだろう。勢いづいた私はそのまま、四百八十二ページの『水車小屋のネネ』に着手する。
気付けば深夜一時半。三時間後に起床しなければならない現実を受け入れるのは、常識ある社会人の義務である。

【二月二十七日】
新宿でお洒落なジョージア料理を食べ、ゴールデン街で軽く飲み、ぱっと目を覚ますとどういうわけか秋葉原にいた。
慌てて降車しホームを駆け、なんとか向かいのホームの電車に滑り込む。シートに座った途端、再び睡魔到来の予感を受けたのでスマホのアラームを設定した。
その後、乗り換えに失敗し、最寄り駅に辿り着けなかった私は途中からタクシーを拾った。出勤して品出しをしている五時間後の未来など、もはや可愛いものだ。

【二月二十八日】
早番の方と交代でゴールデン街『パノラマの夜』に出勤したところ、なんとノーゲスト状態だった。
ああ、今日はきっと暇だろうな。ならばこの時間を利用して読み切ってしまおう。
カウンター内のパイプ椅子に座り、誰もいない店内で『水車小屋のネネ』残り二百ページに挑む。
三十ページほど読んだところでお客さんがやってきた。私は本を閉じてパイプ椅子を畳む。
ショット祭りが開催され、午前十時までこの街で酒を浴びることになるなど知る由もない。

【二月二十九日】
ついにやってきた締切日。
人生で初めて、うるう年のシステムを作った人間に感謝した。
目を真っ赤にしながら、午後六時~午後七時の一時間で『放課後ミステリクラブ』を読了。母と夕食の餃子を食べつつ、頭の中でコメントの内容を必死に考える。

実を言うと、まだ六作品のコメントが記入できていないのである。

母があれやこれやと中村智也の魅力について語っているが、すまん、今はそれどころではない。テレビの端に映し出された時刻を見ると、コメント記入+投票まで残り四時間を切っていた。
もう気合と根性とガッツとファイトを振り絞るしかない。私は全身の筋肉を脳に集結させ、無我夢中で画面に文字を入力していった・・・。

投票を終えたのは、期限まであと三時間というところであった。残りあと二分!とかだったらドラマティックだったのになと、自らの優秀さをヘラヘラ恨む。
何はともあれミッションコンプリート。あとは売り場を眺めながら結果を待つだけである。
私は優雅にテレビの電源を付けた。
お待たせ、『エイリアン:コヴェナント』。


この記事を書きながら改めてノミネートの十作品をしみじみと見つめてみた。
ウソ、やはりしみじみなどしない。
それぞれの本に抱くそれぞれの想いはあるが、前述したとおり今はあまり意識を向けたくないのである。
私はピサの斜塔のようになっていた積読本タワーの一番上の一冊を手に取った。
何のノミネートにも選ばれず何の賞も受賞していない、読みたくて買ったそれは、きらきらと私の手の中で輝いている。

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