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5分で読める太宰治 〜モテる男はブザマでひたむき 

太宰作品、5分で読めるジャンルがある。随筆だ。noteの長文エッセイくらいの分量だろうか。
短い随筆には、ほとばしる熱い感情が凝縮されている。時にはクスッとしたり、溜息ついたり、一緒になって怒ったり。

今回は、随筆の中から『デカダン抗議』を語ってみたい。そこには恋しい女への切切とした想いや衝動、後悔や慈しみなんかが綴られている。

物語の中、男の恋は成就しないけど……。
でもこの男の恋心に、読者はきっと、男も女も心を鷲掴みにされるだろう。

読みながら、愛だの恋だのちょこっと考えてみるのも面白い。




▼クズ野郎はクズにあらず


昭和14年当時、太宰の作品はデカダン(退廃)と評されていたらしい。ご本人は納得せず、それに抗うべく自身の悲恋を書いたのが『デカダン抗議』だ。


私は破邪の剣を振って悪者と格闘するよりは、頬の赤い村娘を欺いて一夜寝ることの方を好むのである。理想にも、たくさんの種類があるものである。私はこの好色の理想のために、財を投げ打ち、衣服を投げ打ち、靴を投げ打ち、全くの清貧になってしまった。そうして、私は、この好色の理想を、仮りに名付けて、「ロマンチシズム」と呼んでいる。

ちくま文庫「太宰治全集3」─『デカダン抗議』太宰治著 より引用



これ、現代口調に変換したらこんな感じ。

純情そうな女を誘って、そのままやっちゃうのがオレ流だから。貯金だってなんだって、カネは全部つぎ込むね。気がついたらド貧乏。女サイコーって生き様を、ロマンチシズムとオレは呼んでる。

タカミハルカ『デカダン抗議』〜ロックな口調への変換実験



まあ、こんなとこだ。なんたるクズ野郎

いや、女に入れあげることは理想のひとつと宣言しているのだ。見ようによっては立派である。

しかもこの理想主義者、ちょっと可愛い
頬の赤い村娘をあざむくと書いてはいるが、女を軽蔑しているふうはまるでない
根っから女が好きなだけだ。

女好きは、基本、モテる
女に夢中になる男の姿は、みっともないけどいじらしい。



▼ぶざまなほどに胸焦がして


太宰は自分の苦いロマンチシズムを振り返る。

それは12歳のときだった。
祝い事で家に呼ばれた可憐な芸者・浪に一目惚れしたのだ。

その気持ちは18歳になるまで冷めることなく、とうとう浪に逢いに行こうと決心する。

私は、高等学校の制服、制帽のままだった。謂わば、弊衣破帽へいいはぼうである。けれども私は、それを恥じなかった。自分で、ひそかに、「貫一さん」みたいだと思っていた。
私は上着のボタンをわざとひとつむしり取った。恋にやつれて、少し荒んだ陰影を、おのが姿に与えたかった。

ちくま文庫「太宰治全集3」─『デカダン抗議』太宰治著 より引用


『金色夜叉』の貫一を気取るなんて、どれだけのナルシスト。そのいじらしさは、後ろから抱きしめたくなるほどだ。

太宰は結局、浪には会えなかった。

旅役者にだまされた浪はこの地を去り、温泉芸者をしているらしい。

 けれども私は、浪を忘れなかった。忘れるどころか、いよいよ好きになった、旅役者にだまされるとは、なんというロマンチック偉いと思った。凡俗でないと思った。必ず、必ず、ASという、その温泉場へ行って、浪を、ほめてあげようと思った。

ちくま文庫「太宰治全集3」─『デカダン抗議』太宰治著 より引用


相手の落ちぶれ具合さえ、何が何でもよく見える。これが恋の病なのだ。そしてハイアンドローHigh & Lowの罠でもある。盛り上がり後の地獄は恐ろしい。



▼愛の欲望、その正体はただの純情


それから3年。太宰はとうとう浪との逢瀬を果たした。

10年来の再会だ。だが年月は残酷である。浪は可憐さを失い、太ったずぶずぶ女に変貌していた。

ハイアンドローHigh & LowローLowの到来である。自暴自棄になった太宰、酒をあおってロマンと欲情を呼び覚まし、浪に泊まって行けと迫り出す。

太宰はただの野獣ではない。もっと浪と話したかった。互いの傷を癒やすように、腕の中に浪を感じたかったのだ。

でも、浪は帰ってしまった─。
その真意はわからない。
浪は太宰の青臭い純情に嫌気がさしたか、はたまたその無垢さに触れることをためらったのか。



酸いも甘いも知り尽くした上級モテ男なら、もっと深いふところで浪を包み、タイミングなどを考慮して、心を焦らせたりしたのだろう。

そんな器用にいくものか。若かろうと熟練だろうと。

『デカダン抗議』のこんな青さや無垢さは、男だけの専売特許じゃない。

女だってそれくらいのロマンチシズムは解せるのだ。いっそ青すぎる熱情と野性味に包まれて、身を任せる妄想くらいはするだろうから。

つくづく思う。
男は女を選ぶ立場の生き物だと。
女は、選ばれることを待つ生き物だと。

浪は選ばれた女だが、拒絶した。
男の立場も女の立場も、どちらが優位ということはない。


▼恋愛には「永遠」がない


新明解国語辞典第八版には、「恋愛」の意味が次のように書かれている。

 特定の相手に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。

三省堂 新明解国語辞典 第八版「恋愛」より引用


所詮、男と女はすれ違う。

抱きたいだの抱かれたいだの、あるいはこの一点だけが男と女の共通点だとしたら、美しくあって当然なのだ。奇跡なのだ。燃えさかってこその瞬間なのだ。

あとは惰性、とはよく言ったもの。お互いを長く慈しみ続けなければならない。それが理性ある人間の崇高さであり、であり、重荷でもある。

いや、惰性はそれほど悪くない。過度な欲望が鎮まる分、長く静かに寄り添える。

そんな凪状態の関係を良しとするか、風を吹かせてみたいと思うのか。

せめて文学の中でシミュレーションして、冒険するくらいはいいじゃないか。


とまあ、太宰のエゴイスティックな欲望に惑わされ、超私的恋愛観をツラツラ書いた。

おそらく、こんなものは『デカダン抗議』の本質ではない。

作品の、特にラストに書かれた深い想いをなぞるとき、心洗われるような境地に至るだろう。そこはじっくり味わってほしい。

いや、それも全部ひっくるめて、5分間で疑似恋愛を楽しんだのだ。浪の立場を乗っ取って、不用意にもときめいた。恥ずかしながら愛と欲望についても考えてみた。

短い随筆でも、ここまでいざなわれる。
まさに太宰マジックだ。

太宰の作品群には、ねたみと悪口随筆、バラエティ番組顔負けのユーモア随筆など、注目随筆が目白押しだ。これらはあまり注目されていないので、折を見て取り上げようと思っている。


*サムネイラスト:イラストAC「ひつじまる」さんのイラストを編集使用
*本文イラスト:イラストAC  hina@とっとこさんのイラストを使用




 *太宰治は著作権が消滅した作家です。

下のリンクからweb上で『デカダン抗議』を全文読むことが出来ます(インターネットの図書館 青空文庫)。

ですが作品を味わい深く読むには、文庫本か、あるいは本のページ形式で編集された「青空文庫」アプリ「ソラリ」でダウンロードして読まれることをおすすめします。
青空文庫はすべて無料です。



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