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自分の“幸せな死にざま”を、意識したことありますか。

タイトルで大きなことを言ってしまった。
今日はそれに見合う小説と、人生観について話そうと思う。

紹介したい小説は、『たったひとつの冴えたやりかた』。

宇宙冒険ものと少女漫画が合体したような中篇SFだ。
著者のジェイムズ・ティプトリー・ジュニアにしては軽めで読みやすいオーソドックスな作品である。

軽いお涙ちょうだいモノと揶揄する声もあるけれど、もう少し深読みすれば人生のパートナーになりうる1冊
と、私は思う。

だって、自分の死にざまを深く意識してしまうから。
“幸せな死にざま”とは即ち、
“幸せな生きざま”なんだと思い巡らせてしまうから。

SFを読むと、広く遠いところから自分の人生を考えてしまう。
悩みなんかとてもちっぽけなことに思えてしまう。
そのダイナミックな感覚こそが、SFの醍醐味なのかもしれない。




ストーリーにざっくり触れています。
結末は明言しませんが、
記事内容から予測がつきます。
未読の方はご注意下さい。


♣︎SFならではの「夢」に、胸躍る


これは宇宙間を「超C推進法」という方式で高速移動できる未来の物語。
ビーコンが設置された遥かなる地点までジャンプ移動するのだ。相対論的速度で転送される間、人間は冷凍睡眠状態だから歳をとらない。実際は何ヶ月も何年もの時間を経るのに。

主人公の少女コーティーは、宇宙探索の知識と飛行技術を身につけ、単身で星野せいやに旅立った。

16歳のコーティーがひとりで小型宇宙船スペース・クーペに乗り込み、冷凍睡眠に入る様子にもワクワクする。

むかしの地球の子供が、クリスマスの朝に目をさますのをたのしみにして、眠りにつくのと似ている。冷凍睡眠さんありがと、彼女はねむけまじりに考える。

早川書房『たったひとつの冴えたやりかた』より引用

早川書房『S-Fマガジン』1987年1月号
『たったひとつの冴えたやりかた』掲載ページ
イラストは川原由美子
*ぼかし加工済み写真


冷凍睡眠から目覚めたとき、コーティーはシロベーンと名乗るナノサイズの宇宙生命体エイリアンが自分の脳に寄生していることに気づく。

「ハロー……ハロー? どうか怖がらないで。ハロー?」

早川書房『たったひとつの冴えたやりかた』より引用


脳の中の異性物が、自分の声を使って話しかける奇妙な状態。
コーティーは姿の見えないイーアドロン種族のシロベーンを、“同じ年頃の少女”と認識した。

彼女らはお互いの似た感性に惹かれ、唯一無二の親友だと感じ合う。

大宇宙の孤独な宇宙船の中、同志のような仲間がいればどれだけ心強いだろうか。たとえ相手が宇宙生命体エイリアンであろうとも。


♣︎SFならではの「地獄」に、茫然自失


彼女たちの幸せな時間は長く続かなかった。
ここで異性物間の相容れない問題が発生する。

イーアドロン種族の繁殖は、時に宿主にダメージを与えることもある。
宿主、即ちコーティーの脳を食い尽くすということだ。
シロベーンはこのような事態に陥らないための教育とトレーニングを受ける前に、繁殖期を迎えてしまった。

おまけに足を踏み入れた行方不明の巡回補給船で、イーアドロン種族の幼生に脳を食われたパイロットたちの亡骸を目撃。
彼女たちはもう、自分たちが四面楚歌の状況にあると思い知る。


しかもだ。この艇はすでに汚染状態。放置すれば、どれほどの脅威になるか計り知れない。

コーティーはこの場で自分が成すべきことを考え、シロベーンと共に勇気ある決断に踏み切る。

それが、“たったひとつの冴えたやりかた”だったのだ──。


「ねえ、シル……それはあんたの責任じゃないよ。考えたんだけどさ、そうできるうちに、おたがいにさよならをいっとくほうがいいんじゃない?」

早川書房『たったひとつの冴えたやりかた』より引用


物語の終盤、コーティーたちは登場しない。
彼女たちの行動は、コーティーが録音した報告用のレコーダーを再現することで語られる。

このレコーダーに彼女の感情は示されていない。
だが録音の途切れ方など、その行間から、コーティーの想いは痛いほど汲み取れる。

誰にもどうすることもできない歯がゆさと悔しさ。
そして勇気ある決断への畏敬の念。

その過酷な現実を、コーティーの明るい言葉で綴ったティプトリーの語り口は絶品だ。


♣︎再読を繰り返し、人生を思う


最初にこの物語を読んだのは1987年、ヒューゴー/ネビュラ賞ノヴェラ部門候補作としてS-Fマガジン誌に掲載されたときだった。文庫化され、数年に一度は読み返している。


早川書房『S-Fマガジン』1987年1月号
*ぼかし加工済み写真


コーティーは16年という短い生涯を終えた。
でも彼女を不幸だと言い切れるだろうか。

類い希なる尊い友情を手にし、最期までその友と一緒に人生を、いや人類にとってかけがえのない役目を果たしたのだ。

“たったひとつの冴えたやりかた”で。

それを思うと涙が溢れる。

悲しさ? そんな単純な感情ではない。
悲しみ、憤り、焦り、羨望、安楽、祈り。
いろんな感情が渦巻いて胸がざわつく。

騒々しい感情渦は物語を超え、私自身に問いかける。

遅かれ早かれ、誰にでも訪れる死の瞬間。
私はコーティーのように愛する者たちを思い尽くす幕引きができるだろうか。

死に際の美徳など、偶然得られるものではない。
今の生き方ひとつひとつが、最期の一瞬に繋がるはずだから。



私たちは今、夜空に輝く星ぼし、宇宙万物と共に同じ時間の流れの中で生きている。
そのうち大気の藻屑になるとしても、最期まで暖かな炎を感じていたい。

そんな死に際を考えると、この先の人生を幸せに送るしかないと思えてくるのだ。とにかく元気出さなくちゃである。

幸せな最期とは、幸せを実感する生き方を全うすること。

どうすればいいかなんて、具体的にはわからない。
でもきっと、大事な人を想い続けるだけでいいのだと思う。
そして自分のことを、ずっと好きでいればいいはずだ。

こんなことを考えていても、ちっぽけな私の脳は日常に追いまくられて忘れてしまう。

だからまた、この物語を読み返して夜空を見上げる。
それが私にとっての、たったひとつの冴えたやりかたなのだろうな。


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《サムネ写真》photo by NASA for Unsplash


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