「啐啄同時(そったつどうじ)」の個人的解釈
ちょい昔に「啐啄同時(そったつどうじ)」という禅の言葉を知って、事あるごとにこれについて考えていました。最近その解釈が自分なりに固まったってきたので思考ログとしてnoteに残しておきたいと思います。
「啐啄同時(そったつどうじ)」とは
現代語訳としては、
となってます。
これまでの「啐啄同時」個人的考察
仕事においての教育・育成も、上司と部下が絶妙なタイミングを図らないといけないのかー、スピリチュアルやなぁー、とか考えてました。
確かに上司がガミガミ言っても、部下がなかなか素直に受け入れられないタイミングがあるし、逆にもっと教えて欲しいのに放置プレイされる、みたいな事もあると思います。
一方、「完璧なタイミングなど一生待っていても来ない」というのも真理で、個人と個人のパーフェクトな状態を待ってたら、ビジネス的に役に全く立たんわ!という気持ちもありました。
結局のところ理想論で再現性はなく、後から振り返って「あぁ、あの時が啐啄同時やったんかいなー」という概念なのかなぁ、と一旦心の棚にしまっておりました。
他の「慧眼」とリンクして「啐啄同時」を考え直す
山崎拓巳氏の慧眼
話はガラッと変わりますが、SNSのリール動画ってうっかり見ちゃいますよね。
LINEのリール動画はクソいですが(嗜好性が取れてないから止むを得ず)、Instagramは本当に自分の嗜好にあったモノがレコメンドされるので、知らなかったカッコイイバンドが見つかったり、服とか便利グッズ買っちゃったり、最近かなりパワフルに影響受けてます。
そこで目に入った山崎拓巳さんという方なんですが、ショート動画で仕事や人生の教訓をコンパクトに説いてくれます。動画の見せ方がすごく上手な方で、尊敬する先輩と食事ご一緒してる時にすごい金言を頂く、的なクオリアをきっちり表現されてます。
そこでグッときた動画がこちら↓
以下動画の要約です。
ほんとマジそうだなと膝をバシバシ打ちました。
「自分が自分に与えた影響以上に他人に影響を与えることができない」というところに全てが集約されています。
世の中にはリーダーに就任するも、ほどなくして降格してしまったという経験がある人もいると思います。(私も過去あります😢)
様々な外的要因が影響している場合もありますが、「チーム・部下を育てることができなかった」という結果が直接的にも間接的にも大きな理由となっているはずです。
そしてその原因の大部分は「自分がまだその立場に相応しい業務力や人間力を持ち合わせていなかった」であるはずです。
仕事上マネージャーと呼ばれる、部下のいる人が、常に自己研鑽しなければならない最大の理由はここにあると思います。
山崎氏も動画の中で仰っていますが、大人、仕事人になってからの勉強って楽しいはずなんですよね。
学生時代の勉強って一斉に同じ事をやるんで地頭がイイヤツにはとても敵わないんですが、仕事人になってからの学習は、自分の生業に関するテーマを自分で決めて勉強できるわけで。亀でも10年15年じっくり取り組めば社会から尊敬される専門家になれるわけで。
部下よりも先に、自分を教育することを最優先としましょう。
仕事MGRに必要な能力
そして「仕事MGR(啐啄同時における親鳥)」に必要な能力ってなんだろうと自分で考えたこともリンクしてくるわけです。
あらゆるリーダーシップ論の範囲の広さ、企業の新任マネージャー研修資料の分厚さから鑑みて、人の上に立つというのは大変な仕事(生き方)なんだと改めて思います。
「リーダーに相応しい業務力や人間力」の研鑽には終わりはなく、どんな大企業のTOPやマネージャーであろうと、自分の不足を反省し、経験を糧にし、歴史から学び、一生学習を続けるモノなんだと思ってます。
孵化するにふさわしい雛鳥
親鳥(マネージャー・リーダー)の資格の方ばかり語ってしまいましたが、孵化する雛鳥の資格、もあると思っています。
仕事人1年生は、まぁ新しい環境に慣れて、最低限のベーシックを覚え、最低限のムーブをこなすことで精一杯だと思います(一般論)。
そこから2、3年経てようやく仕事人としての自我が芽生えるぐらいのものだと思います。
雛鳥が成長する過程でも「自分が自分に与えた影響以上に他人に影響を与えることができない」というフレームは同じだと思います。
会社によって手厚い学習教材や、研修の機会が提供される場合もあるかもしれませんが、与えられたカリキュラムはあくまで「知識」であって、「知識」は「実践で活用」されない限り「能力」に昇華しません。
「知識」が「能力」に昇華する瞬間が「自分が自分に与える影響」なのです。
よく「Will、Mast、Can」というフレームで仕事を語るのですが、「Willばっかりで、Mast食わず嫌いして、Can少ないな。出直してこい!」みたいな新人はまだ孵化する手前だと思っています。
「Mastに果敢に喰らいついて、Canが着実に増えてきているが、まだ自分のWillが上手く見えていない」みたいな新人が、孵化しかけている雛鳥なんだと思ってます。
率直に自分の考えを言えば、雛鳥が自分で考えて想う「Will」も大切なのですが、まだ未熟な仕事人だと、自分だけで考える「Will」が適切かどうか、一人きりで判断することは難しいと思っています。
仕事の表面的なやり方を教える以上に、この部分こそ先輩や上司や経験者がしっかりと導くべきだと思っています。
雛鳥を導くに相応しい親鳥
こういう雛鳥に、親鳥が「あなたのCanからすると、こういうWillを持って進んでいけるんだよ」と気づきを与え、適切な道筋に導いてあげる事が、雛鳥に対する親鳥の適切ん孵化のサポートだと捉えています。
当然そういう誘いができる親鳥というのは、業務状況を俯瞰的に把握しており、さらに、その雛鳥個体のCanを掌握できていないといけません。さらには自分が過去雛鳥だったとき、先輩親鳥に育てられ、今の場所に至っている経験を体系的に理解できている事も大事です。
この誘いをテキトーにやるマネージャーを散々見てきました。決まって雛鳥は適した場所、適切な仕事に対する認知を持つ事ができず、最悪道を見失い退職までつながります。
前項で書いた「仕事MGRに必要な能力」というのがいかに大切か。それに相応しい能力と人格を持っているのか?が重要なのです。
まとめ
「孵化するに相応しい雛鳥」、「雛鳥を導くに相応しい親鳥」の条件が整って、初めて適切な「啐啄同時」が成立するんだなと、しみじみと思ったわけです。
なので「啐啄同時」というのは、そのタイミングを注意深く図る、というのが本質ではなく、あるべき雛鳥の姿勢、あるべき親鳥の姿勢を真摯に研鑽し続けることによって、いつかわからないが、必ずその時が来る!というモノだと認識し直しました。
逆に、「こいつら全然孵化しねぇ…」と愚痴る親鳥さん、「全然親鳥が引き上げてくれねぇ…」と愚痴る雛鳥さんは、相手ではなく、自分にまだそれに相応しい資格がないのかもしれませんよ、とマッチョな締めくくりで終わります。
長文駄文お付き合い頂きありがとうございました🙇
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