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小笠原滞在記 Day 11 「旅の終わりは『いってきます!』」

この記事を書いているのは2月10日の深夜、小笠原から本州へと向かう「おがさわら丸」の船室の中。

この滞在記、少しリアルタイムから遅れて書いていて、それは何度かこのシリーズで書いたように、書く以上に次から次へと撮影している時間の方が多かったと言うのが理由なんだけれど、それ以上に、何かを書こうというときに大事なのは、ある程度の距離感だと思っているからだ。写真と文章は似ているところがあって、というか表現全般にはある程度共通のルールがあると思っていて、何かを表現しようと言う時、近過ぎても遠過ぎても、自分がそのタイミングで受け取ったリアルな経験をアウトプットするのには適していないような気がしている。徐々に記憶が薄れ、細部を思い出せなくなった後、それでも残っている印象や映像や言葉や感覚を記す時に、経験は表現になる、そう思っているのだ。

でも今日は最後の滞在記を、リアルタイムで書いている。Day 7から10までの四日分をすっ飛ばして、結論を先に書いてしまっている。その理由はもちろん、小笠原滞在の最後のイベント「お見送り」を、見送られる側で経験してしまったから。予想はしていただけど、予想していたよりももっとずっと、もっとグッと、心の奥が開いていくような感覚は、多分今日しか覚えていられないものだ。

本州に帰って、日々の仕事へと向かい始めたその瞬間、島の中ではノーガードだった心を守るために、いつものように、僕はすっと心の奥側でファイティングポーズを取ることだろう。全方位からズカズカと土足で入り込んでくる「現実」と名付けられたルーティンの中に自分を再び落とし込むために、戦う準備をすることだろう。島の中にいる時、働いていようと休んでいようと、写真を撮っていようと単にぼんやり海を眺めていようとも、目の前にある全てが、透過率100%で目の中に、心の中に飛び込んでくるようなそんな「光」には、しばらくは会うことができない。すでにもう徐々に見えづらくなっているその光にまだ僕の手が届くうちに、この感触を残しておきたい。だから、書く順序を乱しても、今最後の滞在記を記している。

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今朝は20分ほど早く目が覚めた。起きて時計を見ると、7時ちょうど。思わず苦笑が漏れる、前日4時に寝たのに、たった3時間で目が覚めるほど、自分の体は「最後の後」に備え始めている。小笠原にいる間、全ては自然のままに物事を進めるようになった。殊更に詳細なスケジュールを立てなくても、朝には美味しいご飯を食べ、光を追いながら撮影し、合間には洗濯や書き物の仕事、夜には星を目指して車を走らせた。あまり時計のことを気にすることがない10日間を過ごした後、最後の日に僕の脳は、「いつもより20分早く起きないと、荷物を詰める時間がなくなる」と判断して、きっちりその分だけ早く勝手に目が覚めてしまった。どんどんと迫る「現実」を前に、「僕」は、僕自身の制御を離れて、勝手に「現実」に向かって適応を開始しているのが疎ましい。

この10日間の滞在で、起きると壁を見る癖がついた。昨日の掃除で植え替えてくれた新しい一輪の花が刺さっている。最後のそれは、少し秋を思わせるセピアな葉植物だった。

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今日の朝ごはんは、洋食と和食のルーティンのうちの和食。最後におにぎりが来るのが嬉しい。北村さんと僕には大きめのおにぎりが二つ。

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なぎちゃんには小さめのおにぎりと、生トマトが苦手ななぎちゃんのために、僕らとは違う小鉢が入っている。小さな気遣いが、色彩豊かな朝食の中に、そっと差し込まれている。

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朝ごはんの後、まるで前日と変わらない「普通の1日」を過ごしているかのように、なぎちゃんにモデルになってもらって、PAT INNの写真を撮る。まるでOASISのCDジャケットのように懐かしくて素敵な写真になった、お気に入り。

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写真を撮りながら荷物のパッケージングをしていると、宿のおかあさんが「島ドーナッツ」を袋に包んで持ってきてくれた。「船内でお腹空いたら食べてね」。朝食が終わってからすぐに揚げてくれたそのドーナッツは、蒸気を逃すように少しだけ袋の上が開けられて僕らに手渡された。

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「その瞬間」に向かって、島で出会った人々全員が、準備を整えてくれている。僕らよりも何度も何度も「その瞬間」を送ってきたのに、まるでそれが最初の別れでもあるように、丁寧に、心を込めて。

この記事の一番上に上がっている記念写真を撮った後、ホテルを出発。あとでもう一度港で会うことがわかっているのに、みんなホテルの前で全力で手を振ってくれる。もう泣きたい。

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PAT INNのオーナーの健さんと一緒に昼食を食べたあと(ピリ辛カンパチ丼)、少し早くに港について、最後の街の風景を収める。

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そんなことをしていると、先ほど別れたばかりのホテルのみんながやってきた。ニコニコ顔で手渡されたのは、地元の花で作られた首飾りだった。船のお別れの時に、船内から投げて、それがちゃんと港まで戻れば、再び小笠原にくることができるんです、そう教えてもらった。そんなことなら、今投げたい。そしたら絶対帰れるじゃん。

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そうしてる間に、船の搭乗が始まる。最後は家族総出でやってきてくれたホテルのオーナー健さんと、その息子さんと一緒に、記念撮影をする。その写真はここには載せない。これを撮ったのは、いつかまたここに戻った時、健さんと奥さんと息子さんに見せるためだ。もしかしたらすぐに戻れるかもしれないし、もしかしたらもっともっと後になるかもしれない。でもこの一枚を撮っておけば、何かちょっとした「約束事」のようになるんじゃないか。ささやかなおまじない、ささやかな祈りを、小笠原の大地の上で写真の中に閉じ込める。

船内に荷物を預けて6階のデッキに駆け上がってカメラを設置すると、港には溢れんばかりの見送りの人たちが集まっていた。その中にはホテルのお母さんや従業員のみんなだけではなく、滞在中に話をするようになったスティーブさんや小笠原村役場の課長さん、立ち寄ったカフェのオーナー、その奥さん、それから居酒屋の娘さんたちも。手を振って別れを告げていると、突然船内アナウンスで僕の名前が呼ばれたので、慌てて船内インフォメーションまで来ると、なんと数日前にクラブハウスで一緒にイベントをやって、次の日にも一緒に山を登った、ホテル「小笠原てつ家」のオーナー、哲也さんからの差し入れが届いていた。さらには一度だけ立ち寄った曼荼羅カフェのオーナーの奥さんが、コーヒーの差し入れと首掛けの花束を全員分。たった一度だけしか会ってないのになんでここまでしてくれるの。もうダメだって。

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そう思いながら哲也さんから頂いた差し入れの中を見ると、一通の絵葉書が入っていて、その裏には僕らへのメッセージが記されてあった。最後は「いってらっしゃい!」で締め括られている。

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そうだ、この町では送り出す旅人たちに「いってらっしゃい!」と声を掛けるのだった。数日前に教えれていたのに、それをすっかり忘れてしまってた。

まもなく、船が出港する。
最初はゆっくりと、でも徐々に離岸の速度が上がっていく。港に残って手を振ってくれている人たちが、みるみる小さくなっていく。

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もう見えなくなってきた、と思った矢先、お見送り船の大船団が視界に飛び込んでくる。本当に大船団で、大迫力。こんなのだめだ。僕は「映画みたい」という表現をあまりしたくない方なんだけど、それは本当に映画のワンシーンのように壮大で素敵なお別れの瞬間で、小笠原村の人々の心意気が伝わってくる。

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目の前に突然、知っている船がやってきた。数日前に鯨撮影の時に乗せてもらった、パパスさんの船。目を凝らすまでもなく、その船にはPAT INNのオーナー、健さんが僕らに向かって大きく手を振っているのが見える。さらに奥さん、そして小さな息子さんも乗っているのが見えた。まだ全ての経験が文字化されないその子の目に、去っていく僕らの姿はどんなふうに映ってるんだろう。港で一緒に撮った写真をいつか見せるとき、今日のことも一緒に伝えたい。君もまた、僕らを見送って手を振ってくれたんだよって。

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あれ、でも変だ。健さんを見てみると、割とまだ肌寒いはずの海上なのに、ずいぶん薄着をきている。港でのお別れの時、健さんは

「今日はちょっと飛び込むのはやめときます」って言ってたはずだけど…と思った矢先、健さんが豪快に海に飛び込んだ!

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港に近いとはいえ、今日の海のうねりは強烈なエネルギーを感じるほどなのに、その青と黒の混ざった深い深い海へと、何の躊躇もなく健さんが飛び込んでいく。

不意にコンタクトが乗っている視界がぼやけていく。瞬きをしてもなかなかそれはおさまらず、容赦無く僕の視界を歪ませていく。何度も瞬きをしながら、超望遠のファインダー越しに、波の間に浮かぶ健さんたちを見た。大きく手を振りながら、何か言ってるのが見える。

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ああ、わかった。哲也さんがメッセージを残してくれたから、超望遠でさえもうほとんど見えないくらいに遠くなった健さんたちが、何を言っているのかわかった。

耳には届かないけど、みんなが言う言葉が見える、聞こえる。
いってらっしゃい!
だから僕らも、大きな大きな声で応える。
「いってきます!!」
声は届かないけど、想いは届く。何度も何度も手を振り、叫ぶ。いってきます。

いつかまた「ただいま」と満面の笑みで伝えるために、目に浮かぶ涙をそのままに、僕らは旅の最後に、いってきますと言う。とても大きな声で、いってきますと言う。

それが小笠原のお別れの流儀。

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