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やらずに後悔する方がマシ

HMさんとは、知り合いの社長さんが主催した懇親会の会場で出会った。懇親会は主催者である社長さんの弟が経営するレストランを貸し切った上で開催されたのだが、レストランの広さに比べ参加者が少ない何だか寂しげな懇親会だった。(昨年は会場を埋め尽くすくらいの人が居た)

受付で参加費の支払いを済ませると、渡された名刺サイズの案内に従い指定された席に座った。先に隣に座っていたのがHMさんで着席するや否や俺の方から話しかけたのだが、見知らぬ人同士の会話が始まる前の微妙な間や、「これから話しかけますよ~」という予備動作も無かったからか、HMさんは少し驚いたみたいで、急ぎ振り向く時にテーブルの淵に手をぶつけていた。


顔つき。

差し障りのない天気の話からスタートし、懇親会の社長さんとの関係性トークに続き、「遅れましたが」という切り替えで自己紹介へ。

見た目は50歳以上に見えたが、実年齢は40歳と聞いてビックリした。いや確かに髪型は2ブロックでトップがウェット感のあるオシャレな髪型だし、髪の色も染めているのか染めていないのか分からないが濃い黒ではある。

服装だって細身のネイビースーツに、明るい青のストライプ柄のシャツと、そこだけ見れば爽やかな印象ではあるのだが、にも関わらず50歳以上に見えるくらい、顔中にしわ、しみ、むくみ、目の落ち窪み、頬の痩けた感じ、口元の歪みが目立ち、首筋の肌質の感じから背中の丸まり具合まで、どう若く見積もってもやっぱり50代男性の若作りにしか見えないのだ。

ただ、よく見ると年輪というような齢を重ねてという老いではなく、刻まれた・削られた・消耗の果てのような顔つきだったから、とんでもない苦労の末の今の顔つきなのかもしれない。


懇親会も終盤。

どんな話題でも必ずゴルフトークに持ち込もうとする面倒な奴に捕まり疲れたので、用足しを理由にレストランの入るビル内の共用トイレに避難した。

トイレで用を足していると続けてHMさんがやってきた。隣同士の小便器で二言三言交わすと、HMさんが赤というより煉瓦色の顔で「少し外で休みませんか?」と提案してきたので、「いいですね」と答え、2人でビル内の自販機の脇にあるベンチに移動した。

最初は懇親会レポートのような会話だったが、段々、お互いの身の上話がポツポツと……。

テーブルで話した時から、何をしてきたらこの消耗の果てのような顔つきに成るのかすごく気になっていたので、酔いに任せて思い切って質問してみた。すると、HMさんは歪んだ唇で「ハハハ」と笑った後で、自身の壮絶な起業人生について語ってくれたのだが、これがスゴい苦難の人生だった。


HMさんの苦難。

HMさん、元々は生命保険会社に勤めていたが、直属の上司と揉めた挙げ句、辞表を叩きつけ、30歳の時に会社を飛び出す。

その後、「億万長者製造塾」という何とも微妙な名称の起業塾に入り、自称天才の塾の先生の教え通りに起業準備を開始した。
「起業じゃなくて再就職して!」と懇願する当時の妻に「実家に帰れ!」と放言し、当人の想定外な展開の末に離婚。

一応は、失う物が何も無い状態に自分を追い込んだ上で挑戦したものの、最初に挑戦した情報商材のビジネスで大失敗。次に億万長者製造塾の自称天才な先生に背中を押され挑戦した投資系のビジネスが目も当てられないレベルで大コケし、詐欺師扱いされるようになると、周囲から一斉に人が去って行ったそうだ。

その時、「まだ失うモノあった信頼だ。アッハッハッハッハっ」て惨めな泣き笑いが止まらなかったらしい。

その後も、明らかに怪しい投資話や商売に乗っかり失敗の連続、やがて怖い人達に脅かされるようになると、当時住んでいた自宅マンションを捨て逃亡生活に突入。所在地がバレないようにと自動車でアチコチ移動しながら車中で寝泊まりの日々。


手を差し伸べてくれた人が……。

その後、手を差し伸べてくれる人が現れる。

Kさんとしておこう。

そのKさんが、HMさんの借金を知り合いの金融機関に一本化してくれ、怖い人達との和解まで仲介してくれたそう。当時は救いの神くらいに思っていたそうだが、この人がとんでもない人だった。

以後、パシリか下僕のように扱き使われる。遊びのお供から、身の回りの世話、Kさんがオーナーを務める会社の脱法行為の実行役、愛人の世話、犬や亀の世話などなど。最終的にはKさんがやらかした「代理店詐欺事件の責任をお前が取れ!」と云われ「全て私が勝手にやりました」と被る羽目に……。

警察の取り調べを受けたものの、結局、Kさんの身内からのリークで無罪放免になる。この一件でKさんとは縁が切れるのだが再び放浪生活へ。実家の両親を頼ろうとしたものの、一連の失敗や、事件の噂に、兄や妹からの抗議もあり、実家からも縁を切られる事になった。この時も、「まだ失うものあった……」って絶望的な気分になったそうだ。


再出発。

その後、HMさんは房総半島の田舎の家賃1万円台のアパートから再出発を図る。地元のコンビニでバイトをしながら借金の返済を続け、精神的にも復活してきた段階で副業をスタート。

自宅付近の書店で手に取った「1日30分で1年後に月20万円稼ぐアフィリエイトのやり方」という本を参考にアフィリエイトに挑戦。独学でウェブサイトの作り方から画像の作り方を覚え、空いている時間をフルに活用。

保険会社に勤務していた頃の経験と知識を活かし、保険相談のアフィリエイトサイトを作成する。見事1年後には月100万円以上の報酬を得られるようになり、その半年後には借金も完済し、千葉の田舎から都内に舞い戻る事に成功する。

次に自らの経験を元にしたアフィリエイト塾を開きこれも成功。HMさん、現在は一応は成功の部類に入るくらいに順調で出版の話もあるそう。


予想外(?)の答え。

「何だかんだ成功して良かったですね。あの時、会社辞めてなければ今は無いわけですもんね」と聞くと、終わり良ければ全て良し的な答えが返ってくると思いきや、真逆な答えが返ってきた。

「いやいや、やらずに後悔した方が100倍マシだよ。『やらずに後悔するより、やって後悔しろ』って言う奴の『やって後悔』って大したトラブルじゃないんだよ。本当に後悔するレベルの失敗はね、もう半端ないからね。もうトラウマだよ」

仮にも今、プチ成功くらいの部類に入る人なのにこの答え。

続けて「もし、10年前に戻れたら、どうしますか? また起業しますか?」と聞くと、物凄い勢いで首を横に振りながら、「絶対やらない。上司に土下座して謝るよ。あのね、ホント会社員ってありがたいよ。大体、アフィリエイトって会社員やりながらでも出来るビジネスだしね。次の人生は絶対に間違えないよ」と強めの口調で言うと、少し歪みが修正された口元で笑顔になった。

推測するに現在相当な収入を得ていると思うが、それでも、こういう答えが返ってくるのだから、ホント地獄の日々だったんだと思う。

(了)

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物語内に登場する人物・場所・施設等は全てフィクションです。


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