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 厄払いに行ってきた。タイ人はあまりやらないようなので、自宅から車で30分くらいの中国寺院に行ってきた。そもそも去年で後厄も終わったので、厄払いもなにもないのだが。ただ、これから本気出すつもりなので、とりあえず初詣も兼ねて。

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 場所はテパラック通りのビッグCの裏手にある「サーン・ジャオポー・バンプリーヤイ」というところだ。バンプリーの神様を祀る祠になる。ここはほかにも関帝も祀っている。プーケットの菜食週間に開催される、串や傘や椅子を頬に刺したりする祭りはこの関帝が入り込んでマーソンになったためだ。ここでも似たことをしているかと訊くと、特に祭りはないという。

 ここになぜ中国寺院があるのかというと、そもそもタイは中華系移民が多かったこともあるが、特にこの辺りはサムットプラカン県内でも潮州系の住民が多かったためなのだとか。

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 前厄、本厄は「西新井大師」に行っている。荒川区生まれの足立区育ちなので、地元だからという理由だ。ただ、今住んでいるのはタイだし、タイでやっておきたいなと。ところが、妻はタイ人はそんなことしないと否定的で。タイ語は難しいのでひとりで行くと厄介だから、なんとか一緒に行ってほしかったのに。というか、ボクはタイ人ではないのに。

 今回も厄年は終わっているのに行くのはおかしいと散々言われた。確かに冬の3年間は過ぎたので、行く必要はないけれど、どうしても新しい人生を切り開くために行きたいと思い。なにせ「亜細亜熱帯怪談」を書いた身としては、こういうこともやっておきたい・知っておきたいというのもある。

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 境内にはこのように干支と厄年的に運の悪い干支が表示されていた。日本と違うのはイノシシが豚になっているくらいか。画像では見切れているが、左のパーセンテージで表しているものが厄年になる。これはまた別の機会に紹介したい。

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 その隣には干支に対しての今年の運勢が書かれている。タイ語で長いので割愛するというか、近々、タイの厄年と共にこれを訳したものを掲載しようと思っている。これに関しては有料にしようか検討中だ。

 今回の厄払いはこの祠の神であるジャオポー・バーンプリーヤイに対してだったが、去年はこの「太歳爺公」だった。

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太歳爺公」は太歳星君とも呼ばれ、中国の道教における太歳の神だそうだ。祟り神でもあり、陰陽道では8人の方位神のひとり「太歳神」だ。これは日本の仏教では薬師如来とされる。

 薬師如来なら真言は「オンコロコロセンダリマトウギソワカ」を3回唱えるだけのようだが、太歳爺公へは長い長いタイ語を唱えなければならない。それも仏教用語なので、ほとんどなんだかわからないような内容だ。

 そして、お札のようなものを持たされ、歳の数プラス1の回数、頭から足下に向けてその札で厄を祓っていく。日本なら僧侶がやってくれることを中国寺院では自分で行う。ボクは今年43歳なので、44回払う必要があった。結構腰に来る重労働だ。

 それが終わったら、それらのお札などを焼却炉で燃やして完了となる。そのときにお札と菓子などをいただく。以前は米だったが、クラッカーとインスタント麺が渡された。

 これで今年1年、安泰だといいのだが。

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