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ありがとう五年間

一年目は、自分で決めた目標を達成できたことが嬉しくて、初めての一人暮らし大学生活をとにかく楽しんだ
できる限り知り合いをたくさん作って、知見を広げまくった
冬休みにラオスに行くことになってたから、とりあえず夏は違うところに行こうと思い頑張ってお金貯めて奨学金もらってアイルランドに短期語学留学に行った
それ以外にも部活やバイトや語科でも楽しい友だちがたくさんできて、高校までの友だちもたくさん東京に遊びにきてくれて、一人暮らしなはずなのに家にはいつも人がいて賑やかで楽しい日々を送り、同時に友だちや先輩とかから様々な刺激ももらい知見がめちゃくちゃ広がった
冬にコロナの影響が出始めて、超楽しみにしてたショートビジットが中止になったのは今でも悔しいけど、その期間に1人でふらっとビエンチャンに行って初めてラオスを感じてラオス人の先輩に色々なところに連れて行ってもらって、
ほんの数日だったのになぜかもうラオスをすっかり気に入ってしまって、絶対またここに戻ってくる、長期で滞在するって心に誓ったのを覚えてる

コロナの影響を受けまくった二年目
とにかく外国に行くために働いていたから、目標がなくなって最初の方は自分でもびっくりするぐらい怠けまくった
どうせラオスには行けないのに、毎日ラオス語を勉強しないといけないことが苦痛で、勉強に対するモチベーションも全然なくて、こんな意味のないことするぐらいなら大学辞めて家帰りたいとすら思ってた
でもその中でも何かできることがないかと思って漠然と思ってた時に出会った団体がNICE
コロナが少しだけ落ち着いてきた夏頃から若さを武器にして国内の色々なところに飛び回りまくってた
この時期に出会った人が今でも一番大切かもしれない

やっぱりまだコロナの三年目
ラオスには行けそうにないけど、後期からみんながヨーロッパとかに留学に行ってそのまま自分だけ大学に残って勉強するとなると絶対もっと病むなと思ったからとりあえず外に出ようということで何も準備をせずタイに飛び出した
全然何も下調べしてなかったから自分がどこで何をするのかもあまりわかってなかったし、自分の準備不足が祟って色々大変なこともたくさんだったけど、
結果的に大好きな大好きなホストファミリーに恵まれて、大切でしょうがない友達にもたくさん会えて、大満足なタイ滞在だった
異国の地で外国語だけを使って生きていくスキルは大分身についた

念願叶った四年目
最初は、派遣留学がなくなってからもう一生ラオスに行くことはないまで思ってたけど、まさかこんなことになろうとは状態だった
ラオスに行けなかった場合何の目的もないままとりあえず休学するぐらいならもうさっさと卒業してしまおうと思ってたから、渡航の可否を待ちながら宙ぶらりん状態で就活をしてたのはとても辛かった
卒業するの?どっかいくの?なんで就活してるの?みたいな周りの悪気ない質問がいちいち心に刺さってとりあえずしんどかったけど、なんとか乗り越えて渡航もできることになったのでほんとうに自分はラッキーだったと思う
ラオスに来てからはもう毎日が楽しくて幸せで、この期間が終わったら自分はもう一生この時を「あの頃が一番幸せだったな」って思いながら過ごすのかなとか考えてたぐらいに幸せな毎日だった

大学入学時の夢を叶えまくった五年目
5月にラオスから帰ってきてから、たくさんの国に行って、色々なものを見たいという漠然とした夢をようやく叶えようかと動き出した
何かのためにとか別に明確な目標なんてなくて、ただただ外国に行きたいという理由だけで、とりあえず、たくさんの国に行った
6月に台湾シンガポールマレーシアに行って友達に会って、7月から1ヶ月半はもう一度ラオスに戻って日本語教師として働いて先生という職業にもう一度憧れと尊敬の念を抱き、その帰りに一人でふらっとタイに寄ってタイ人の友だちと会ってから現地集合で友だちと一緒にインドネシアを周り、帰国してすぐトルコから入ってヨーロッパ周遊してフランススイスで友だちと再会し、また11月に一瞬ラオスに行ってたくさんの人とそこまで久しぶりではない再会をして幸せを実感し、卒論も
なんとかではあるけど滑り込みで終わらすことができた
大学での卒論やテストが全部終わってからは、タイを縦断して数年ぶりにホストマザーや友だちに会って新しい友だちもできた
その後にまたラオスに行って、特に何をするわけでもなくダラダラして友だちに会いに前の行ったり職場に遊びに行ったりしてた
そんでベトナム経由してインド行って異次元のカルチャーショックを受けながらもラオスにもう一回帰り、再びダラダラして卒業式に合わせて滑り込みで日本へ帰国

コロナのわりにこの5年間でたくさんの国に行ったけど、結局日本語パートナーズが終わってラオスから帰ってきた後も3〜4回中期短期でラオスに行ってるので、やっぱりラオスが一番で越えれる国なんてあるわけないっていうバチバチ偏見マインドで旅してる自分がいたし、
バイアスかかりまくってるのは良くなかったと反省はしているけど
まあ何が言いたいかって、ラオスが好きでラオス語科を選んでよかったということです

一人で東京に出てきて、この大学に入ったことを後悔したこともあったけど、
いつでも、どこにいても誰かが必ず応援してくれて、心配してくれてたので、ひとりぼっちになったことはなかった

心から尊敬できる友だちや先輩後輩、わたしをきちんと評価してくれる先生方やバイト、インターン先の上司同期、一緒にいるだけで幸せな気持ちになれる家族のような友だちたち、、
数え切れないほどの素敵な出会いに恵まれて、自分はなんて幸せなんだろうと痛感しました
みんなありがとう出会えてよかったです

で、肝心の将来について
色々なことに手を出しまくったことが仇になったのか結局将来自分が何をしたいのかわからなくなって、ラオスでの勤務中にテキトーに早々に就活を終えて、でもやっぱりなんだか違う気がして、
内定式まで出たのになんかもう働く気なくなっちゃって一月にまさかの内定辞退
去年の10月に久々に東京に戻ってきたときに自分は東京でやっていくことはできないってことを確信して、もう一度将来をゆっくり見つめ直すことにした

で、結局タイの現地採用の日系企業で働くことになりました(え〜)
まあ理由は色々あるけどそれは後々

高校や大学の先輩や同期のように、誰もが「すごいね」というような有名企業に就職したわけではないけど、将来やりたいこと、目標は漠然とあるので、それに少しでも早く辿り着けるように、日々楽しく過ごせるように社会人になっても今まで以上に楽しみます最後まで読んでくれてありがとう😌

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