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警察人生 13章

気がつけば、50歳半ばを過ぎていた
また、大規模警察署で仕事をしていた 
さすがに、3交代の交番勤務は疲れ

身にこたえる、特に目が疲れる
夜になると、ショボショボして車の運転がつらい
肉体的にきついと精神面もつらくなる
気力を保てなくなった
留置管理の仕事を志望した
留置場の扉は鋼鉄製、頑丈だ
扉の向こう側には何らかの罪を起こし、収監された人たちがいる
これまでは現場で検挙することが仕事、これからは逮捕された人間を裁判を受けられるまで預かる仕事だ
逮捕された人間は極悪非道、とんでもない人間だと思っていたが、普通の人間だった
生まれつき悪い人間はいない
人生の歯車が狂って、悪い方に転がってしまったと言える
誰でもそうなる可能性がある
そして、奈落の底に落ちた
留置された人(留置人)は名前では呼ばない、番号で呼ぶ
プライバシー保護である、他の留置人に名前を知られないために
本来ならば1つの監房に1人ずつ収容すべきだが、残念ながら1つの監房に4人入っている
署の定員は決まっていて、うちの署は48人であったが、収容人数が50人を超えることはしばしばだった

殺人犯の男が新規入場した
同性愛者だった、同居中の若い彼を金づちでめった打ちにしたのだ
顔の原形がなくなるほどに、
動機は若い彼の浮気だった
殺人を犯した人間は、異常な興奮状態にある、殺気がにじみ出て今にも噛みつきそうな狂犬と言っていい、顔つきは瞳孔を見開き、目が吊り上がり、眉間にシワを寄せているのだ
彼もそうだった
どう対応していいのか?わからなかった
数日間、様子を見ることにした
殺人犯の場合は単独で監房に入れる
事件のことは全く触れず、静かに過ごした
1日の生活は規則正しい
起床は午前6時30分、就寝は午後8時、食事の時間や運動の時間も決められている
規則正しい生活を静かに送ると、人間穏やかになっていくのを知った
1週間が過ぎて、お経を差し入れてほしいと要望を初めて口にした
般若心経しかないが、差し入れたものが読めないと言うので、母を亡くした時、檀家の寺からいただいた読みがなをふった般若心経を渡した
それから、男は毎日お経を唱えるようになった
すると、顔つきが穏やかになった
人間らしさを取り戻したのだ
男と色々話した、般若心経の意味を知りたいと言うので調べて渡した
男はそれを見て涙を流し、悔いていた、一生懺悔の日々を送ると言った
殺人罪で起訴され拘置所へ移送される日が来た
男は
「お世話になりました、ありがとう
 ございました」
と深々と頭を下げた
別人に生まれ変わっていた、この世に本当の悪人はいない
私は留置人が拘置所に移送になる時いつも
「2度と来るなよ」
と言っていた
男にもそう言うと、ニコッと笑った

解離性同一性障害の留置人が新規入場した
覚醒剤使用の女性被疑者だ
いわゆる多重人格だが、人格は2人ぐらいだと思っていた
しかし、違った、毎日、人格が違うのだ
月曜日は、お淑やかな女性
火曜日は、ノリの良いヤンキー娘
水曜日は、どSの攻撃的な女
木曜日は、色っぽい売春婦
金曜日は、無口で病的な女性
という風に最低5人の人格があった
特に水曜日は最悪だった
唾を吐きかけられ、罵られた
こうも毎日、人格が違うのには本当に驚かされた
名女優よりも、さらに女優だった
刑事も取り調べが大変だったようで
まともな調書が取れなかった
精神疾患により不起訴になり、医療施設に措置入院になったのだ
父親からの虐待が原因で薬にのめり込んだ
薬が救いだったのに違いない
薬に手を出した彼女を責めることはできない

職業的窃盗犯という者がいる
60歳過ぎの男性
その人生大半は泥棒稼業と刑務所暮らしの繰り返し
窃盗の前科前歴が十数件あった
彼の専門分野は鳶師、屋外から8階建てのマンションベランダまで簡単に昇ることができる
高層階の住人はベランダの窓を施錠していない
屋内に入って主に現金を盗むのだ
マンション玄関で間取り図から部屋の位置やインターフォンで不在を確認しているから標的を選ぶそうだ
しかも、財布から現金を抜き取るが全部を盗まない
住人が犯行に気付かないのだ
もっとも驚いたのは、キャッシュカードを盗み、何らかの方法で暗証番号を調べてATMで現金を引き出し、キャッシュカードを元に戻しておくというのだ
まさしく、プロフェッショナルだ
ただ近年はATMコーナーの防犯カメラの性能が格段に進歩したのとATM周辺の街頭に防犯カメラが普及したため、面が割れることをおそれて、あまりやらなくなったと聞く
職業的窃盗犯はプロ意識が高い
自分の技術に絶対の自信を持っている
取り調べの刑事には話さないが、留置担当者には自慢げに手口を披露した
彼は
「これが最後だ、体力がない」 
と言った
私が
「これからどうするんだ」
と聞くと、
「もうやめるよ、刑務所で最後を迎
 えるかもな、生まれ変わったら真
 人間になる」 
と言って、拘置所へ移送となった
しばらくして、拘置所で亡くなったと聞いた
彼は生まれもっての泥棒ではなかったはずだ
どこでどうなったのか、わからないが、泥棒稼業の人生を歩むことになった
彼の死を聞いて、せつなくなった

留置人の中には
「俺の人生はもうダメだ、落ちると
 ころまで落ちた」
と言う者がいる
私は
「奈落の底に落ちたのなら、もう落
 ちることはない、あとは這い上が
 るだけだ」
と言って励ましていた
留置担当者は留置人に寄り添い、起訴されるまで(実際には裁判を受けられるまでが多い)留置人を預かる仕事だ
彼らと人生の3日のうち1日を共に過ごす
当然、情に流されたり、彼らの人生を自分に置き換えてしまい、いわゆる「ミイラ取りがミイラになる」
精神的にきつい
感受性が強い人間だとかなり負担だ

私は勤続35年に差し掛かり、肉体的、精神的に限界が近づいていた
妻は60歳定年まで頑張ってほしいと言ったが、私の頭の中は第2の人生セカンドライフのことを考えていた
そろそろ辞めどき、でも辞めてからどうしようか?
まだ人生は終わった訳ではない

セカンドライフ_はじめの一歩を踏み出せ
につづく







 


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