今月の覚えておきたいこと
2024年4月13日、映画「オッペンハイマー」をみてきた。
この映画は、原爆の父と呼ばれるロバート・オッペンハイマーをモデルにした作品でクリストファー・ノーラン監督が制作したということでみてきた。
この映画を見て思ったことは、2つある。
1. わかりやすい作品だからこそ、日本人のオッペンハイマーの印象がこの作品によって決まりそう
2. 事前知識がない状態でみると情報量の洪水によって、見るだけで体力が必要
映画をぜひみてほしいので詳細は省くが、この作品ではオッペンハイマーに対してやや好印象を描きやすい映画になっていると感じた。
まず、この作品は出演者も有名な映画で出てきたことがある人が多いため親しみやすい。
また、オッペンハイマー自身の人柄が主観的すぎず客観的すぎない範囲で描かれているための、映画のなかでの自分が想像する彼の印象と描かれている彼の印象がいい塩梅で混ざってくれるので感情移入しやすい。
この二つから、実際にどのような人間性だったかは不明だが一人の人間として認めざるをえないような映画であった。
そこで『天地明察』や『海賊と呼ばれた男』など歴史小説にあって、大河ドラマにないものが何かを考えたとき、「自分の価値観が入り込む隙間」のわかりやすさだと思った。
2つ目の「事前知識がない状態でみると情報量の洪水によって、見るだけで体力が必要」は、私が映画をみるときに共感を求めているから起きることだが、映画のなかからの相手のバックボーンが見えなかったり、感情に予測がつかないときは面白がることができないということだ。
面白がってもらうには、他の例を思い浮かべて比較して予測して答え合わせをしたり、自分だったらどうかなどをそこで考えたりできる材料を伝えることが大切だと思う。
今回のオッペンハイマーについてはそれができなくて、部分部分ではできたのだけど、部分部分でしかできなかったから精神力がだいぶ削られてしまった。
最近みた平野啓一郎さんの『本心』もそのような思いを抱えながら読んでいたので、SF作品とか歴史ものは事前のメタい知識が必要だとつくづく感じた。
誰の言葉か忘れたけども、「古典がわからなかったら自分が勉強不足で、最近の本がわからなかったら作者が馬鹿」というのがあったと。
古典は長い間続いているからそれほど続く理由があるから勉強不足で、最近の本は最近の人向けに書いているのだから、その対象である自分がわからないなら、作者が悪いというものだったか。
「面白がる」ということをし続けるために、読者や観客として遊んでいけるのが本望だ。
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