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ルビの実験を兼ねてショートショートを書いてみる

記事にルビを付けられることになったようなので、どんなものなのか試しに書いてみます。

最後の夜

 ウエイターがグラスに注いだスパークリングワインが黄金色の泡を踊らせていた。
「乾杯」
 彼が差し出したグラスに、わたしも同じ言葉を添えて合わせる。
いい夜だねさあ、正念場だ
 ホテル最上階の窓からの夜景を見つめる彼の横顔は、珍しく憂いを浮かべている。
こんなことになって、本当にすまないと思っている厄介ごとは早く終わらせたいなあ
「いいのよ」
 わたしは言う。
「あなたにはあなたの生き方がある。わたしにもある。それが交わらなくなっただけ。でしょ?」
そうだなほんとに? やった!
 半分ほどを喉に流し込み、彼はやっとわたしの眼を見た。
君には本当に感謝している。君に出会えてよかったと後腐れのない女でよかったよ
「わたしも」
 前菜アンティパストは茸と茄子のマリネ。一皿目プリモ・ピアットは南瓜のニョッキ。どれも美味だ。しかし彼は味わう余裕もないようでグラスを何度も空にしている。そんなに強くないのに。ほら、もう顔が真っ赤。
 酔うにつれて彼の緊張は緩み、口は軽くなる。
「俺たち、いい思い出をたくさん作ったよね。楽しいことをいっぱいした。覚えてる? 一緒にミラノを旅したときに出会った気のいい爺さんのこと。俺たちに特上のワインを振る舞ってくれた」
「覚えてるわ。あのとき彼に言われたもの。『いつまでもお幸せに』って」
 緩んでいた彼の頬が、たちまち強張る。
ああ、そうだった。でも、なんていうか……くそっ、余計なことを言っちまった
「旅先で知り合っただけの年寄りに気兼ねすることなんかないわ。それで、式はいつ?」
ああ、その、来年にでもと思ってるんだがまさか、式に乗り込んでくるとか?
「おめでとう。お幸せにね。その頃にはわたし、ニューヨークに引っ越してる」
「そうなの? もしかして前に言ってた仕事が決まった?」
「ええ。当分日本には帰らない」
そうか……それは……残念だよかった!
 二皿目セコンド・ピアットは小羊のロースト。そしてデザートドルチェはティラミス。最後の食事を終えて、わたしたちは店を出る。
「じゃあ、これで」
 わたしが言うと、彼は少し名残惜しそうに、
向こうでの連絡先を……このまま終わらせるには惜しい女かもしれないな
「教えないわ。わたしたちはこれで終わり。でしょ?」
ああ、そうだな残念!
 ふたりは交差点で別れた。
 しばらく歩いてから、わたしはスマートフォンを取り出し電話をかけた。
「もしもし? 今、終わったわ」
――ありがとう。
 電話の向こうの声は、泣いているようだった。
――あなたには感謝してる。本当にごめんなさい。
「謝らないで。これはわたしが決めたことだから。来年には結婚するって?」
――そのつもり。彼はもっと急ぎたいみたいだけど、できれば……生まれてからにしたいの。
「妊婦のウエディングドレス姿も悪くないけどね。元気な子を生んでね」
――ありがとう……あの、わたし、本当にこれでいいのかなって……。
「今になって迷わないの。これでいいの。お幸せに」
 電話を切ると、わたしは夜空を見上げた。雲間から月が覗く。
 その月に向かって、呟いた。
ばかやろうバカヤロー!


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