「舞いあがれ!」と「半分、青い。」【前編】
2022年10月から放送を開始したNHKの連続テレビ小説(以降、朝ドラ)「舞いあがれ!」は、2023年3月31日に最終回を迎えた。ドラマ関連本である短歌集「トビウオが飛ぶとき」が5月29日に発売され、地震で延期となった総集編が6月10日に放送されれば、「舞いあがれ!」は一区切りである。
ここ数年のNHK大阪(以降、BK)制作の朝ドラは、実在した人物が主人公のモデルの、偉人伝的な朝ドラが多い傾向がある。しかし「舞いあがれ!」は、BK制作では珍しいオリジナルストーリーの現代劇朝ドラだった。前年の「カムカムエヴリバディ」は「ひなた」編が現代劇だったが、全編が現代劇のBK制作の朝ドラは、2012年の「純と愛」以来である。
「舞いあがれ!」は、2018年放送のNHK東京(以降、AK)制作の朝ドラ「半分、青い。」との共通点が多い朝ドラである。「舞いあがれ!」の放送当初は「宣伝ポスターが似ている」という印象だけを持っていたが、徐々に「「舞いあがれ!」は「半分、青い。」をかなり意識して制作されたのではないか?」と思い始めてきた。
そして「半分、青い。」は、放送当時はSNS上での賛否両論があったが、以下の記事にもある通り、「本当に凄い朝ドラ。今まで見たことないような朝ドラ」「従来の視聴者プラス20代、30代の女性視聴者がたくさん増えた」と、NHK内部では高く評価され、特に若い世代から支持された、斬新な朝ドラであった。
推測ではあるが、BKとしては久々の、オリジナルストーリーの現代劇である朝ドラを制作するにあたって、BKの朝ドラ制作陣は、「半分、青い。」という、高い評価を得た現代劇朝ドラを下敷きにしたと考えられる。
ただし、同じテーマを扱っていても、「半分、青い。」とは異なる観点からアプローチしたり、「半分、青い。」では荒削りだったところを、洗練させて、アップデートしている部分が、「舞いあがれ!」にはある。そこで、「舞いあがれ!」を「半分、青い。」と比較しながら、次の5つの観点から考察することにしたい。
本記事は前編であり、「1. 「失敗」というテーマ」の観点から考察する。2.以降については、以下の後編の記事を参照していただきたい。
「フェイル(fail)」 が意味するもの
「半分、青い。」と「舞いあがれ!」は、両作品共、「失敗」というテーマを扱っている。まずはじめに、「舞いあがれ!」のテーマが「失敗」であることが分かるキーワードについて触れることにしたい。
その言葉は、航空学校編で出てきた「フェイル(fail)」である。ストーリー上では、「パイロット適性・能力の欠如による退学」を意味する言葉として使われていたが、普通に日本語に訳せば、「失敗」を意味する。
過去の朝ドラを振り返ると、ドラマのテーマを暗に匂わせる英語のキーワードが出てくることがある。例えば、2013年放送の「あまちゃん」では、「シャドウ(shadow)」、2021年放送の「カムカムエヴリバディ」では、「サニーサイド(sunnyside)」である。こうした過去の事例を考えれば、「舞いあがれ!」における「フェイル(fail)」という言葉は、テーマが「失敗」であることを暗に匂わせていると考えて良いだろう。
「舞いあがれ!」に込められた「失敗」に関するメッセージは、「半分、青い。」よりも多岐に渡っている。そのことについて、次章から詳しく考察することにしたい。
「失敗を恐れるな」というメッセージ
「半分、青い。」と「舞いあがれ!」に共通する「失敗」に関するメッセージは、「失敗を恐れるな」というものである。しかし、細かいニュアンスは、「半分、青い。」と「舞いあがれ!」では異なっている。
そこで、この章では、両作品における「失敗を恐れるな」というメッセージの違いを考察することにしたい。
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「半分、青い。」における「失敗を恐れるな」
「半分、青い。」のNHK公式サイトのストーリー説明を参照すると、次のような番組紹介文がある。
「半分、青い。」のヒロイン鈴愛は、最終的には、幼馴染の律と共同で、そよ風扇風機を発明して発表までこぎつけるが、その成功に至るまでには、数多くの失敗や挫折を経験している。しかしながら、鈴愛は、失敗や挫折をあまり引きずらず、次の目標を見つけては、新しいことをはじめていく。
こうした鈴愛の性格は、最終的な鈴愛の職業となる「発明家」に向いている。発明家とは、まだ世の中にない新しいものを生み出す職業であるため、結果が予想できなくても、リスクをとって挑戦し、多くの失敗から学んで、成功するまで努力を積み重ねていく必要があるからだ。
逆に、失敗するかもしれないという恐怖から着手できなかったり、自分の失敗や誤りを認めないままでいると、成功に到ることは難しい。
「失敗って、楽しい」という言葉が出てきたが、NHKの朝ドラ制作陣が、ヒロインである鈴愛の発明家人生に込めたメッセージの一つは、失敗を恐れて消極的になりがちな若い世代の人たちに向けて、「鈴愛の生き方を見て、失敗を恐れないでほしい」というものである。
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「舞いあがれ!」における「失敗を恐れるな」
「舞いあがれ!」にも、「半分、青い。」と同様に、「失敗を恐れるな」という朝ドラ制作陣のメッセージが込められているが、そのニュアンスは、「半分、青い。」とは若干異なっている。
「半分、青い。」の鈴愛は、もともと失敗を恐れない性格で、思いついたことをどんどん実行していく子だった。一方「舞いあがれ!」の冒頭では、舞と母親のめぐみは、失敗を極度に恐れ、行動に移せない親子だった。
幼少期の舞は原因不明の発熱をよく起こす子で、慎重な性格のめぐみは、娘の舞のやりたいことを止めたり、代わりにやってあげることが多かった。しかし、この行動は子供が失敗する経験から学んで成長する機会を奪っていたのである。
従順な性格の舞は、自分の気持ちを抑えて母に従うが、そのためにやりたいことができず、また独力で出来ないことが多かった。そして、そのことがストレスになり、舞は発熱を起こし、母のめぐみは娘の病状が改善しないことに心身共に疲れ果てる。こうした母の心身状態を、舞は敏感に察知して、更にストレスになるという悪循環に陥っていた。
「環境を変えた方がよい」という医師の助言で、舞とめぐみは祖母の祥子(ばんば)が住む五島を訪れた。ばんばは、舞とめぐみの問題をすばやく見抜き、舞を預かって、五島で育てることにする。
第6話で、ばんばは舞に色々なことを自分でやるように躾ける。はじめは食器洗いで皿を割ったり、寝坊して学校に遅刻したりするが、ばんばは舞に次のように言って励ます。
舞は失敗を重ねながらも、徐々に色々なことが自分でできるようになる。五島に来る前は少し走るだけで熱が出ていたが、妊娠中の一太の母が陣痛を起こし、助けを求めて無我夢中で走った時には、熱が出なかった。自力での成功体験を積み重ねることで、ストレスが減ったのだろう。
第10話では、舞はばらもん凧を揚げることに成功する。喜ぶ舞の様子を見て、ばんばは東大阪のめぐみの元に、舞を戻すことを決断する。
「半分、青い。」においては、ヒロインの鈴愛と同じ若い世代に対して、「失敗を恐れるな」というメッセージが込められていた。
一方、「舞いあがれ!」においては、「失敗を恐れるな」というメッセージは、親の世代に対して、「子供の成長のためには、失敗が必要である」と説くものだった。この視点の違いが「半分、青い。」との違いである。
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「失敗」の原因と「困難」を克服する教訓
前章では、「舞いあがれ!」にも「半分、青い。」と同様に、「失敗を恐れるな」というメッセージが込められていることを分析した。
しかし、「舞いあがれ!」には「失敗を恐れるな」以外のメッセージも込められている。そのことが最初に分かるのは、第7~8話の、ばんばのエピソードである。
ばんばは五島で「瀬渡し」という、磯釣りの客を船で磯場まで送り迎えする仕事をしていた。ある日、客を磯場に送った後、舞とのばらもん凧作りに夢中になり、迎えにいく時間を忘れ、遅刻してしまった。幸いにも、水難事故は避けられたが、客にはこっぴどく叱られ、飛行機代や宿代を弁償することになった。
舞はばんばに「失敗は悪いことやないんやろ?」と言うが、この失敗は、船の送迎で起きた、最悪の場合、命を落とす危険がある失敗であり、経験を積み重ねるために許容される失敗ではない。身近な例で言えば、自動車運転で、事故や不注意をたくさん起こして、運転技術を磨くことはあり得ないのと同様である。
そして、「舞いあがれ!」は、ヒロインがパイロットを目指す物語であることは、放送前から示されていた。航空業界では、安全運行のため航空事故の傾向や原因が研究され、社員に徹底的に教育される。パイロット研修でのエピソード等で、「舞いあがれ!」は「半分、青い。」とは異なる切り口で「失敗」に関するテーマを描くことが、このばんばのエピソードでうっすらと分かってきた。
「舞いあがれ!」では、「どういう人が失敗するのか」「どうすれば困難を克服できるのか」について考えさせるエピソードが、航空学校編や、リーマン・ショック時のIWAKURAのエピソード等を中心に、全編に散りばめられていた。次項以降で、それらのエピソードを考察していきたい。
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原因1:「マルチタスクができない」「心身が疲弊している」
第47話での、柏木と舞のやりとりの中で、水島がプリソロチェックテスト不合格となった理由の一つとして、「同時に複数のことができない」と語られている。飛行機操縦に限らず乗り物の運転は、同時に複数のタスクを行う「マルチタスク」のスキルが必要である。周囲の状況に常に目を配り、同時に複数のことができないと、事故を起こす可能性は高まる。
航空学校の教官が判断をした上での「フェイル」なので、水島がマルチタスクができない理由は、本人のスキルや性格によるところが大きいだろう。しかし「舞いあがれ!」には、水島のエピソード以外にも「マルチタスクができない」ことが失敗につながるエピソードがあった。
第1~2週のめぐみは、原因不明の発熱が回復しない娘に気を病み、心身共に疲弊していたが、この時は、一時的に育児を母親の祥子に助けてもらうことで乗り切った。現代の母親は、仕事、家事、育児とマルチタスクが求められるが、この時のめぐみは、マルチタスクが難しい状態だったといえる。
また、第8話で、ばんばが磯釣りの客の迎えの時間を忘れてしまったのは、めぐみとのこれまでの関係に思いを馳せて感傷的になっていたことと、舞とのばらもん凧作りに夢中になってしまったことが原因である。
心身を疲弊していたり、何かに没頭していたりする時に、マルチタスクができなくなり、失敗の要因となりやすい。「舞いあがれ!」には、このようなエピソードも含まれていたように思う。
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原因2:「小さな失敗や誤りを認めたくない」
第47話の柏木と舞のやりとりの中に、次のような会話があった。
人の話を聞き逃した経験の無い人はいないだろう。また、聞き逃したことが恥ずかしくて「聞こえたフリ」をしたことが無い人もいないと思う。
人は基本的には「自分の失敗や誤りを認めたくない」という心理が働く。しかし、飛行機の操縦において、そのような心理が働いて、管制塔の無線の指示を「聞こえたフリ」をしていたら、人命にかかわる大事故につながりかねない。水島のケースは、「自分の小さな誤りを認めたくない」心理が、後々の大失敗につながる原因であることを示唆している。
同様のエピソードは他にもある。第64話では、悠人は父の浩太に、工場を売却するように提案していたが、そこで株の損切りを事例に出した、次のようなやりとりがあった。
このシーンもまた、株取引の「損切り」を事例にして、「自分の失敗を認めたくない」心理が、大きな損害=大失敗につながる原因であることを示唆している。
逆に「小さな失敗や誤りを認める」ことを良しとするエピソードがある。第46~47話では、航空学校の学生が単独で飛行できるかどうかを審査する「プリソロチェックテスト」が行われた。着陸寸前に急な横風があったため、舞は、一旦着陸をやり直したが、テストには無事に合格した。そして、合格の理由について語る、大河内教官の台詞に次のようなものがあった。
仮に、舞が一度目の着陸を強行していたら、大河内教官にコントロールを握られて、テストは不合格になっていただろう。
「舞いあがれ!」では、失敗の中にも、やり直しができる失敗と取り返しのつかない大失敗があること、そして「誤りや失敗を認めたくない」という心理への戒めが、複数のエピソードで繰り返されているのである。
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原因3:「自分の力を過信する」「一人で抱え込む」
自分の力を過信すること、また、過信まではしていなくても、一人で仕事や問題を抱え込むことは、大失敗につながる大きな原因となる。
このことが一番分かりやすく示されていたのが、第43話での、飛行訓練後のデブリーフィング(反省会)の場面である。このシーンでは、大河内教官と柏木の間で、次のようなやりとりがあった。
航空学校編の冒頭では、柏木は自信家でプライドが高く、舞に対して見下すような態度をとっていた。おそらく柏木の性格に関する情報は、都築教官たちにも把握されていて、大河内教官に引き継がれていただろう。
柏木は、父親は国際線のパイロット、母親はCAという、航空業界のサラブレッドだった。子供の頃から父親の話を聞いていたため、知識はあり、成績も優秀だったが、パイロットが全責任を負ってリードするという意識が強かった。その柏木の心理が分かるのが、次の台詞である。
しかし、成績優秀だった柏木にも、飛行中に現在地を把握できなくなる「ロストポジション」という弱点が判明する。第45話では、舞は大河内教官に、柏木が「ロストポジション」をする理由を尋ねに行くが、大河内教官には次のように語っている。
この言葉からも分かる通り、柏木の考え方は大河内教官に明確に否定されていた。その後、柏木は自分の「ロストポジション」という弱点を、一人で解決するのではなく、舞をはじめとする仲間の助けを借りて訓練を行った。この自主訓練を通じ、柏木は「一人で抱え込む」ことや「自分の力を過信する」という自らの問題にも向き合ったともいえる。最終的に、柏木は無事に航空学校を卒業し、父親と同じ国際線のパイロットとして活躍する。
柏木以外の登場人物にも「一人で抱え込む」ことが否定されるエピソードはある。「舞いあがれ!」で、最も「一人で抱え込む」傾向があったのは、舞の兄・悠人だろう。幼少期の悠人は親に頼りにくい状況にあった。それは両親がよく熱を出す舞の世話にかかりきりとなったためである。
悠人は幼少の頃から東京大学を目指し熱心に勉強するが、親の世話を余り受けていなかった影響からか、東大に進学した後は、実家の親にもめったに連絡をとらず、母のめぐみを心配させていた。悠人の反抗的な振る舞いは、就職しても変わらず、父の浩太が亡くなる時まで続く。
第87話で、インサイダー取引をしていたことが明るみになり、悠人は失踪する。舞は貴司に相談するが、その時の台詞に次のようなものがある。
悠人は、誰かに頼ることがとても苦手だった。雨の中、街の中を彷徨い、倒れてしまうが、幸いにも舞の親友の久留美の父・佳晴に救出される。その後の悠人は、佳晴と気を許す関係となり、最終的には、久留美と結婚する。悠人にとっては、佳晴が甘えられる親のような存在だったのかもしれない。
悠人の誰かに頼ることが苦手な性格は、もしかしたら、ばんばに反抗的だった、母のめぐみ譲りの性格だったのかもしれない。第5話では、ばんばとめぐみの間で、次のようなやりとりがある。
このやりとりは、ばんばが舞を預かることを宣言する直前のシーンだが、若い頃に五島を出ていった経緯もあり、めぐみは意固地になって、自分でなんとかしないといけないと思い込んでいる。一方、ばんばは「島の皆で協力して、舞の面倒をみればいい」と告げる。つまり、このシーンも「一人で抱え込む」ことが失敗の原因となることを示唆している。
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原因4:「問題と向き合わない」「苦言に耳を傾けない」
失敗した時、自分のどこに問題があるのか考えることは辛いことである。また、他人から苦言を呈された時に耳を傾けることも難しいことである。
しかし、何が本当の問題なのかを徹底的に考えないと、失敗を繰り返すばかりであり、困難を克服することは難しい。
第45話で、舞は大河内教官に、柏木が「ロストポジション」をする理由を尋ねに行く。大河内教官は、柏木本人が質問しないと無意味であると、舞に告げて、次のように言う。
柏木は大河内教官の厳しい指摘もあり、自分の問題に向き合い、自身の弱点を克服することができたが、自分の問題に最後まで向き合えず、フェイルになったのが水島である。水島はチャラチャラしてはいるが、皆の前で明るく振る舞い、元気をくれるような存在だった。しかし、水島には自らの問題に気づきつつも、ごまかすようなところがあった。
第47話で、荷物の整理をしていた水島は、当初、フェイルになったことを仕方がないと割り切った感じの振る舞いをしていた。しかし、その振る舞いは、悔しい気持ちをごまかしていたのである。同室の柏木に「素直に悔しいって言えよ」と真剣に詰め寄られて、水島はやっと「悔しい」という本音を漏らしたのだった。
舞の父親の浩太にも、現実の問題に向き合えず、苦言に耳を傾けられないエピソードがあった。例えば、リーマン・ショック以降、会社の業績が落ち込んでいくが、経理の古川に人員整理をするよう、何度か強く要請されたが、なかなかリストラに踏み切れなかった。
浩太は息子の悠人にも、厳しく指摘されている。第64話では、悠人は父の浩太に工場売却を提案する。浩太はその提案は呑めないと断るが、その後、次のようなやりとりがある。
結局、浩太は、リストラを進めることができず、経営改善できないまま、心労がたたって、後に亡くなってしまう。岩倉家の父・浩太のエピソードもまた、「問題に向き合おうとしない」ことや「苦言に耳を傾けない」ことが失敗につながる要因であることを示唆しているのである。
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原因5:「苦境やプレッシャー下での不適切な行為」
最後に取り上げる「失敗」の原因は、苦境や過度なプレッシャー下で発生する不適切な行為である。会社経営の不振や営業成績の未達で、金融機関、顧客や上司からのプレッシャーが厳しい状況にあると、たとえ不適切な行為や法律違反であっても、藁にもすがる思いで一発逆転のチャンスに飛びつきたくなる。しかし、そうした行為が成功することはないのである。
リーマン・ショックの世界的な大不況の影響で、舞の実家の会社IWAKURAも業績が悪化していく。第66話では、太陽光発電機の部品のネジの大量発注を受けるが、正式な本注文を待っていると、納期に間に合わないので、製品の量産に入ることを決めた。
社長である浩太が決断しているので、コンプライアンス違反ではないが、本注文を受ける前に製品の量産に着手するのは、適切な行為とは言い難い。一般的には、上位の権限者の承認が必要となる、例外的なプロセスだろう。
その後、受注先から設計が変更になったことが理由で、本注文のキャンセルの連絡が入る。製品の量産に入っていたIWAKURAは、受注先を説得できず大量の在庫を抱え、更に損失を膨らませてしまったのである。
不適切な行為による失敗のエピソードは、もう一つある。悠人のインサイダー取引である。リーマン・ショックの時は、「逆張り」の投資方針で運用成績を上げ、「投資のカリスマ」と呼ばれた悠人だったが、景気が回復していく局面になると、「逆張り」の投資方針が裏目に出て、成績が下がっていった。そして悠人は上司から厳しく詰められて、違法なインサイダー取引に手を染めてしまい、逮捕される。
悠人のエピソードは、過度なプレッシャーで、「インサイダー取引」という違法な行為を行ってしまった「失敗」の事例である。
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教訓1:チームワークで困難を乗り越える
「舞いあがれ!」では、チームワークが困難を乗り越える術であるというメッセージが込められたエピソードが何度も繰り返された。
先に述べた、原因3:「自分の力を過信する」「一人で抱え込む」の逆となるエピソードだが、舞のチームワークに関連するエピソードは、幼少期にばらもん凧の凧揚げを五島の住民たち皆で一緒に成功させたエピソードからはじまる。
舞がチームワークを大切にするのは、浪速大学の人工飛行機サークル「なにわバードマン」での体験の影響が大きい。
「なにわバードマン」では、琵琶湖での記録飛行のために、人工飛行機「スワン号」の製作に取り組んでいた。しかしテスト飛行で失敗し、パイロットの由良先輩は脚を骨折。本番の記録飛行までに治癒が難しいため、舞が代わりのパイロットとなる。舞は厳しい食事制限と飛行訓練をこなし、見解の違いでサークルがバラバラになる危機もあったが、色々な困難をチームで乗り越えていった。
本番の記録飛行の結果は目標とした記録には届かなかったが、記録飛行を断念せざるをえない状況から挽回できたという意味では大成功だった。舞は航空学校の面接で、この時の経験を次のように話している。
この時の面接官だった都築教官はニコニコしながら舞の話を聞いていた。 「なにわバードマン」でのパイロット体験は、舞にとって、チームワークの大切さを身をもって知った貴重な成功体験だった。また、宮崎の座学課程を終えた時の「都築ポイント」のノートによれば、チームワークを大切する舞を高く評価していることが分かる。
そして、航空学校編以降も、以下の通り、チームワークで困難を乗り越える舞のエピソードが続く。
「舞いあがれ!」の最終回では、舞がパイロットとして操縦する「空飛ぶクルマ」が五島列島の上空を飛んだ。第36話の航空学校の面接で舞が話していた、「チームワーク」で空を飛ぶ夢が叶った瞬間だったといえよう。
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教訓2:一癖あるキーマンを説得して、巻き込む
これまでの朝ドラのヒロインの中でも、図抜けている舞の一番の強みは、困難を乗り越えるために、多くのキーマンを説得して、チームに巻き込んでいることだ。
しかも、そうしたキーマンたちは一癖あってとっつきにくい。普通の人であれば諦めてしまう、まさに「向かい風」のような人たちばかりであるが、舞は粘り強く交渉して仲間に引き入れて、彼らの力を借りて、成功へと高く舞いあがっていく。舞の粘り強く交渉するところは、父の浩太譲りなのかもしれない。
「なにわバードマン編」では、「なにわの天才」こと刈谷先輩が一癖あるキーマンだった。刈谷先輩は「スワン号」の設計を担当したが、テスト飛行に失敗した原因を自分の設計ミスと考えて、責任をとって引退した。しかし舞は呼び戻すために、何度も刈谷先輩のもとへ行って話をする。最終的に、刈谷先輩は「なにわバードマン」に戻り、記録飛行のための設計変更に着手し、また、舞をパイロットとして認めてトレーニング計画をたてた。
「航空学校編」では、後に舞の恋人となる同期の柏木が一癖あるキーマンだった。舞と同じ班だった柏木は航空の知識には長けていたが、プライドが高く、自分の意見を押し通して、他のメンバーとぶつかることが多かった。
舞はメンバーの親睦を深めるため、クリスマスパーティーを企画するが、柏木を誘っても断られる。だが舞は、都築教官に「協調性」を見られていると言って説得し、見事に柏木をパーティーに連れ出す。その後は、柏木や他のメンバーと協力しながら、航空学校の課程をこなしていくようになる。
一癖あるキーマンを説得したのは舞だけではない。母・めぐみのエピソードにもある。「IWAKURA再建編」では、舞の兄・悠人が一癖あるキーマンだった。悠人は、妹の舞とはよく話す仲だったが、両親とは折り合いが悪く、めったに連絡をとらなかった。リーマン・ショックの時は、父・浩太に工場を売却するよう提案し、父の死後も母のめぐみに同じ提案をしていた。
めぐみはIWAKURAの再建を決断し、経営再建のため、悠人に相談したが、その時にめぐみは、悠人のことを、息子としてではなく投資家として扱い、相談した。その後、悠人はIWAKURAの土地と工場を購入し、家賃収入を得る形で、IWAKURAを支えることとなった。
「IWAKURA再建編」では、章兄ちゃんもキーマンだった。章兄ちゃんは性格面で一癖あるわけではないが、リーマン・ショックの時に、ライバル会社に引き抜かれて、IWAKURAを退職した元従業員である。
第75話で、舞は営業としてはじめて受注するが、ネジの設計を担当できる従業員がいない。そこで、舞は章兄ちゃんに「助けてほしい」と電話した。章兄ちゃんは、IWAKURAに戻り、ネジの試作を手伝った。舞は章兄ちゃんに「戻ってきてほしい」と頼み、章兄ちゃんも「ほんまは戻りたい」と返事をする。悠人の資金面の援助で、経営再建の目処がたった後、章兄ちゃんはIWAKURAに戻ってくることになった。
ところで、舞を演じた福原遥は、容姿や声が「可愛い」系の女優であり、新人の営業を演じるのは問題ないだろうが、営業として成長した姿を演じられるのかと、少し懸念していた。
しかし、営業としての演技は、全く違和感がなかった。もちろん、福原遥の演技力が第一の理由だが、それ以外の理由として、営業にとって重要なスキルである「一癖あるキーマンを説得して、巻き込む」というエピソードがずっと繰り返されてきたことがあるだろう。
ちなみに、福原遥は、「舞いあがれ!」が放送される、少し前に放送された、NHKドラマ「正直不動産」(2022年4月~6月放送)で、不動産会社の新人営業である月下咲良を演じていた。
もしかしたら、「正直不動産」での演技の経験も、「舞いあがれ!」でのIWAKURAの営業の演技に活きていたのかもしれない。
ここまでで挙げた人物以外でも、舞が説得してきたキーマンはたくさんいるだろう。IWAKURAの最長老の笠巻さんや、東大阪の板金屋の我妻さんも、舞に説得されたエピソードがあった。
一癖あるがスキルのあるキーマンを説得する「困難」を乗り越えることが、成功への教訓であるというのが、他のドラマにはあまり見られない、「舞いあがれ!」のメッセージだったように思う。
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「失敗」に見えても、「失敗」ではない。
第6話で出てきた「できないことは、次にできればいい」と「できないなら、できることを探せばいい」というばんばの言葉には、先に述べた「失敗を恐れるな」という助言以外のメッセージも込められている。
それは、就職試験に不合格となった若者や、発達障害の子供とその家族、ヤングケアラーの若者に向けてのエールである。そのことが分かるエピソードについて考察していくことにしたい。
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希望の仕事につけなくても「失敗」ではない
航空学校編で、水島はプリソロチェックテストで不合格となり、中途退学となった。第52話で、舞は大河内教官に「努力をしても、パイロットになれない学生はいる」という言葉は本心なのかどうかを確認する。大河内教官は本心であると答えて、以下のように続ける。
また、第54話では、「プロになれば、君たちはまた苦しむかもしれない。だが、答えは一つではない」と、卒業する舞と柏木に対して、大河内教官ははなむけの言葉を贈っている。これらの言葉は、「できないなら、できることを探せばいい」というばんばの言葉と同じである。水島のような、試験等に不合格になった若者、また舞のような、就職がうまくいかなかった若者に向けてのメッセージが込められていると考えられるだろう。
「舞いあがれ!」に、これらのメッセージが込められた理由には、ヒロインの舞の年齢に相当する世代が、リーマン・ショックの影響を受けて、思うように就職できなかったという背景がある。
世界的な大不況のため、航空業界をはじめとして、就職したかった業界が募集を停止してしまうという、自分の努力ではどうにもならない困難と挫折を経験した人たちが多い。自分の希望が叶わずに「自分の人生は終わった」と絶望した若者も、中にはいたかもしれない。
しかし「人生が終わった」訳でも「失敗」した訳でもない。別の道もあるし、機会を待って再度挑戦してもいい。ばんばの言葉の通り、「できないなら、できることを探せばいい」「できないことは、次にできればいい」のである。そしていつの日にかできるようになったのであれば、それは「失敗」ではないのである。
例えば、なにわバードマン時代の由良先輩は、舞と同じようにパイロットになる夢を持っていたが、日本の航空学校には、身長制限のため入学できなかった。日本ではパイロットになるチャンスすらもらえなかったのである。
しかし、由良先輩はパイロットの夢を諦めず、身長制限のないアメリカでパイロットのライセンス取得に挑んだ。アメリカでパイロットの夢を叶えた由良先輩のエピソードにも、「できないなら、できることを探せばいい」というメッセージが込められていたのである。
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発達障害は、子育ての「失敗」ではない
第58話で、怪我をしたばんばの看病で舞は五島で過ごしていたが、その時に出会ったのが、五島の留学体験でばんばの家に来ていた森重親子だった。
舞は、息子の朝陽(あさひ)君に優しく接するが、気難しい態度をとり、学校に登校しようとしない。しかし、自分が興味を抱いたことにはのめりこみ、驚異的な記憶力を見せる。夜空を見上げながら、星の位置を確認して、南天の実を並べたり、パイロットの無線通信の練習をしていた舞のプロシージャを聞き取り、いつの間にか暗唱していたりした。ドラマ上明言はされていないが、朝陽君は発達障害と思われる特徴が多い。
そして「半分、青い。」も、ドラマ上明言はされていないが、発達障害がテーマとして扱われたと解釈することができる朝ドラである。NHKのサイトにある「半分、青い。」の番組紹介文を引用する。
発達障害の一つであるADHDは、不注意が多い、衝動的、創造性や発想力に長けているといった特徴があるが、この番組紹介文はADHDの特徴を表しているといえるだろう。ヒロインが最後に一大発明をなしとげる結末にしたのは、ADHDで有名な発明王・エジソンの逸話から着想したと思われる。
鈴愛はADHDと思われるが、その他の登場人物にも、別の発達障害らしき特徴があった。「半分、青い。」が発達障害を啓蒙している朝ドラであることについては、以下の記事を参照していただきたい。
「舞いあがれ!」での発達障害の取り扱いは、「半分、青い。」とは少し異なり、発達障害と思われる子供を持つ親の苦悩が描かれている。
第59話では、朝陽君の母親の美知留が、次のようにばんばに悩みを打ち明けていた。
しかし、発達障害は子育ての「失敗」が原因ではない。それにコミュニケーションが不得手なだけであり、周囲の理解と適切な配慮があれば、逆に、長所を活かして大いに活躍することができる。「舞いあがれ!」においては、そのような配慮として、「環境を変える」「本人の得意な部分を伸ばす」「自分の気持ちをノートに書きとめる」こと等が提示されていた。
五島で過ごしていくうちに、徐々に朝陽君は周囲の人たちに気を許すようになる。第60話で、望遠鏡で星空を観察をしていた朝陽君は、自分の隣で、無線通信の練習をしていた舞と、短歌を詠む貴司に対して「変人に挟まれている」とボロッとつぶやくが、何とも微笑ましいシーンだった。
その後の朝陽君は、宇宙への関心を持ち続け、浪速大学に入学して、航空宇宙工学を専攻する。
第122話では、ABIKIRUが開発する「空飛ぶクルマ」のテストデータが膨大となり、データ整理のスキルをもつ要員が必要となったが、そこで舞は朝陽君に白羽の矢を立てた。成長した大学生の朝陽君は、コミュニケーションに難があるところは変わっていなかったが、「空飛ぶクルマ」に強い興味を示して、データの整理の仕事でABIKIRUに貢献できた。
朝陽君のエピソードは、発達障害であっても、特性を伸ばし活かすことができれば、職場で大いに活躍できるという事例であろう。そして、このエピソードは、「できないなら、できることを探せばいい」というばんばの台詞にもつながっているのである。
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ヤングケアラーのプライド
舞の親友の久留美は、幼い時に両親が離婚し、父子家庭で育った。父親の佳晴は、実業団のラグビー選手だったが、怪我を負って失職し、仕事を転々としていたため、望月家は貧困家庭だった。望月親子のエピソードは、今日の社会的課題である、ヤングケアラーに関して考えさせるものだろう。
厚生労働省のサイトによれば、「ヤングケアラー」とは、「本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っているこども」のことである。したがって、「舞いあがれ!」における久留美は、この定義にあてはまり、ヤングケアラーであるといってよい。
ヤングケアラーのエピソードは、2021年放送の「おかえりモネ」にも出てきた。ヤングケアラーだった登場人物は、ヒロイン永浦百音の同級生の及川亮である。2011年の東日本大震災で、母が津波で行方不明となり、父である新次は、妻を津波で失った悲しみと喪失感でアルコール依存症となり、仮設住宅の中で酒絡みの騒ぎを時々引き起こしていた。息子の亮はその度に警察に呼ばれ、父を介抱していたが、精神的な苦痛は大きく、その苦痛に耐えきれずに失踪したこともあった。
「舞いあがれ!」の久留美のケースは、「おかえりモネ」の亮のケースとは少し異なる。ヤングケアラーではあるが、その自覚はなく、とても力強い女性である。家庭では父を支える母親代わりのような娘であり、また奨学金で看護学校に入学した努力家である。父を支え続け、また看護士として病院に就職できたことに、プライドをもっていたと考えられる。
久留美のケースは、令和4年4月に厚生労働省が各地方自治体に通達した、「多機関・多職種連携によるヤングケアラー支援マニュアル」の中の、次の記述が参考になるだろう。
久留美は看護士となった後、勤務先の病院の医師の八神と付き合うようになり婚約する。だが、両家の顔合わせには、八神側は母親だけが来て、父の佳晴の離婚と無職を理由に久留美との結婚を反対される。佳晴は八神の母に土下座して「娘の結婚を許してほしい」と頼み込むが、久留美は土下座する父を不満に思っていた。
第84話では、久留美は八神と会い、婚約指輪を返す。別れ話の中で、八神が佳晴に仕事を紹介していたことが判明し、佳晴も「結婚して幸せになってほしい」と久留美に頼むが、久留美は八神からの父への仕事の紹介も断り、最終的に破談となった。
なぜ久留美が婚約を解消する心境に到ったかというと、八神親子の言動がことごとく久留美のプライドを踏みにじるものだったからだ。
婚約を解消をした直後の、久留美の言葉に次のようなものがあった。
この言葉は、「できないなら、できることを探せばいい」というばんばの言葉と同じである。「舞いあがれ!」のテーマである「失敗」の観点でみると、怪我でラグビーを辞め、その後定職になかなか就けない父親の人生を、久留美は「失敗」とは考えていなかった。
逆に、父の佳晴をないがしろにするような八神親子の言動は、父をケアしてきた久留美の人生を「失敗」と言っているようなものである。
また、八神は久留美のヤングケアラーの状況を不幸だと決めつけ、自分が助けたいと発言していた。この発言も、久留美のプライドを傷つける、無神経な発言であろう。
「舞いあがれ!」における久留美のエピソードは、一口にヤングケアラーといっても色々なケースがあること、また本人の思いやプライドを尊重することが重要であることを示唆するものだったと考えられる。
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おわりに
以上、「半分、青い。」と「舞いあがれ!」に共通するテーマ「失敗」について考察してきた。この記事の要約は以下の通りである。
最後に、「半分、青い。」や「舞いあがれ!」で、「失敗」というテーマが扱われた理由を考えてみたい。
色々な理由があるとは思うが、やはり「失敗を恐れて新しいことにチャレンジしたがらない若者が増えている」という問題意識があるからだろう。
今日の社会的な課題といってもよい「失敗を恐れる若者」へのメッセージを込めた現代劇朝ドラは、今後も継続して制作されるだろう。その際には、「半分、青い。」や「舞いあがれ!」とはまた異なった視点で、視聴者に色々な示唆を与えてくれるドラマを期待したい。
「舞いあがれ!」と「半分、青い。」の比較考察の記事の後半は、以下のリンク先である。引き続き、お読みいただければ幸いである。
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