美しいものを自然に描きたい
タキカワスエヒトです。
noteを始めて2年ほどになります。
作家になりたくて文章だけは書いてきたけれど、発表の勇気がない。そんな私が自然と始めることが出来て、そして続けることが出来ているのが、このnoteです。
公開後、スキやコメントをたくさんいただき、そして応募したコンテストに入賞という嬉しい体験もありました。
私は、小説を書く上では、白樺派といわれる志賀直哉が好きです。人間のやさしさやイデア的な部分を「美しく」描く作品ですね。
先日、自然主義の徹底者、私小説の祖、田山花袋の「蒲団」を再読しましたが、やはりあの露悪的なストーリーには、生理的な部分では好きになれませんでした。
一方で田山花袋の書く紀行文は、自然をありのままに描く、自分が感じたままを書く、それが面白く読めました。
まずは文章修行として、自分が見て体験したありのままを【紀行文】を中心に書いています。紀行文を書いているときの楽しさは、格別で、旅の美しく楽しい部分を書きながら、いろいろ歴史や思想を勉強することで一層魅力的で楽しい旅の思い出ができます。
【登山記】も同様で、歴史や自然と触れ合うハイキング旅行の記憶を振り返り、関連する情報を勉強しながら紀行文風に書いていくのは、知的な楽しみです。
その中の思い付きや思索部分を取り出した【随筆】もいくつかたまってきました。随筆のネタを考えながら、朝の読書の時間を有意義に過ごすことが出来る、そんな日常を今なんとか習慣化しつつあります。
また、私がたしなんでいる太極拳や居合道、そして 【合気道】など様々な武道については、師から教えていただいたものを、できるだけ素直に、でも自分なりに伝えていきたいと思っています。
現代の「白樺派」を目指したい
次のステップとして、神社仏閣などにある自然崇拝的な感覚(自然神道とでもいうのでしょうか)を手掛かりに、私の体験や直感に心を澄まして、それを形=小説に表すことをしていこうと思います。
ただ、自分を露悪的に描くのは恥ずかしいうえに、読む人にも不快を与えかねませんので、小説の上では、東洋的な美や観念を主題としたものを描いていきたいと思っています。
私の好きな白樺派の作品は、何も事件が起こらずつまらない、そんな批判もあります。ただ、自然主義の土台を踏まえた的確な描写と美しくあるべき姿を描いた小説は、まるで環境音楽のように心地よい一時をもたらしてくれます。
私の思う「美しさ」と、読む楽しさとしての「すこし不思議」を取り混ぜ、心地よい読書体験をもたらすことが出来る掌編小説を書いていきたいと思っています。
とりあえず、今はこんなことを考えています。
よろしくお願いします。
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