ぽつりぽつりと浮かぶ絵空事(2)

 僕は断れるだろうと思って、彼女をお酒に誘うと、以前から待ってましたという感じで、笑顔をこちらに向けて良いですよと答えてくれた。僕は思わずびっくりした様な顔を浮かべそうになり、それを悟られまいと、生ビールを喰いっと飲み干した。しかし、彼女はこの後、友人と逢う約束があるからと、僕と日時と待ち合わせ場所を書いたメールを僕のスマホに送ってくれた。僕は彼女の連絡先も知る事が出来て嬉しかったが、頭の中では妻の顔が浮かびドキドキしていた。

 彼女と飲みにいく日の昼間、営業先からの帰りに時間が出来たのでふらっと寄った西新宿の本屋で気になったのが、日向坂46のアイドルの写真集でした。そのアイドルはお嬢様の様な出立ちで、光と影を体にまといながら、さりげない自然体の笑顔をこちらに向けていた。その女性が着ていた白のワンピースが妙に記憶に残った。僕はその写真集を購入したわけでなく、週刊文春のコラムを立ち読みしたかっただけなのである。

 夕方には仕事が終わると思ったけど、取引先からの急な依頼もあって、彼女との待ち合わせ時間に遅れそうになる。いつもは閑古鳥が鳴いている、うちの営業もこんな日に限って忙しくなるものだなと思った。僕は彼女に仕事で遅れそうだと伝えると彼女から直ぐに待ち合わせを1時間遅らして、20時にしましょうと連絡があった。仕事も終わり営業所を出ようとしたときに、スマホに通知が届いた。妻からだった、メールの内容は仕事の帰りにトイレットペーパーを買って来て欲しいというものだった。僕は彼女と飲む気持ちが少し萎えるのを感じていた。妻と結婚して25年になる、子供も2人いる。高校生の女の子と中学生の男子だ。良く考えれば一年位妻との性交渉もないなと頭をよぎった。彼女とお酒を飲むだけなのに妙に高揚した自分がいた。

 待ち合わせは新宿東口のアルタの前だった。OLやサラリーマンでごった返していた。20分前には、待ち合わせ場所について、飲む店の空き情報を確認していた。その店は職場の同僚ともよく利用する店で、いつも僕が飲む居酒屋よりもおしゃれでセンスの良い店構えをしていた。そうこうするうちに、僕の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえた。僕が彼女の方を振り返ると少し驚いてしまった。彼女は30代前半で、僕の印象の中で大人っぽい格好をしているイメージがあったのだけど、きょうの彼女の姿は白のワンピースにブルーのジャケットを着ていて、その陰影が昼間西新宿の本屋で見たアイドルそっくりだったのである。

 僕は少し焦りながら、彼女の腕を手前に引っ張ると、車が通るので危ないですよと声をかけた。彼女は僕の手を握りながらありがとうと呟いた。僕はこっちだからと彼女を店の方へ誘導した。僕は妻と初めて会った時のことを思い出したが、頭の隅の方に妙だなと認識する僕がいた。このシュチュエーションは僕が夢の中で見たり、時々思いを巡らしている事に近かったからだ。心療内科の4文字が浮かんだけど、まだこの時には僕の認識はこの後の彼女とのお喋りが楽しみで仕方なかったのである。

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