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第二章 第一歩 待つ

僕は歩き出した。
太陽が少しずつ上がってきている。
日差しと空気が柔らかい。
朝の六時半。


さて、改めて初の旅先は岡山県。
スマートフォンのマップで調べると、
車で高速道路に乗って二時間と表示された。
「意外と近いな。」

ふむ。では初めてのヒッチハイクに参ろうか。
ん?ちょっと待て。
ヒッチハイクって、どこでしたらいいんだ。

一旦立ち止まって考える。
人がたくさん通る道で、
尚且つ岡山に向かいそうな道路か。
国道もあるけど、
大阪から岡山まで行く人となると
高速道路を使いそう。
ならば…

向かう先は、家から1番近い高速道路のIC。
近いと言っても歩くと1時間はかかる。
親に「送って行こうか?」なんて言われたが、
初めて旅に出るということで、
自分の足で歩くことにした。

歩く道中、ちらほらと
車や朝の散歩をしている人たちとすれ違った。
そんな中、僕は自分の格好が場違いに思えた。
街では旅をしていそうな人は一人もいない。
「そりゃそうだよな。」
街全体がこれから始まる一日の準備をしていた。

「去年はこの時間に出勤してたなぁ。」
変な感じだ。
例えるなら、
高校の卒業式が終わって
四月までの空白期間に入ったみたいな。
何者でもなくなって、
でも未来が明るいものだと信じている。

今までの日常の全てが非日常に思えた。
この街の風景は何度も目にしているのに、
まるでその世界に初めてきたみたいだ。
そんなことを考えながら歩き、
高速道路のIC付近に着いた。

「疲れたぁ。!」
確かに荷物は重いのだけれど、
気持ちとしては家を持ってきているくらいに
重く感じた。
なぜなら、僕の服も荷物も、
今身につけている物が「僕の全て」だから。
きっとヤドカリはこんな気持ちなのだろう。

ただヤドカリとは違う部分がある。
そう、僕は今から
ヒッチハイクで移動するのだからね!


カキカキ…
フリップボードに目的地を書く。
カキカキ…
どんな人が乗せてくれるのかな。
「岡山っと。」
さぁ、世界にお披露目だ。

朝日で白く光るフリップボードを、
片手で天高く掲げる。
残ったもう片方の手は、
ヒッチハイクでお決まりのあのジェスチャー。
握り拳を作り、親指を立てる。

高速道路ICに繋がる信号機の近くにて、
普段見慣れないであろう格好の青年が、
今、自分は旅人であると宣言した。

「見てる見てる。」
次々と通る車の中、人の表情は
思っていた十五倍はハッキリ見えた。
驚いた顔、同乗者と話している顔、
怪訝な顔、不思議そうな顔、優しい顔、怖い顔。

「乗せてくださーい!」
ウキウキ、ドキドキ。
車に乗せてもらった時のシチュエーションを
思い浮かべ、車一台一台に視線と思いを向ける。

「流石になかなか捕まらないなぁ。」
ボードを上げてから少し時間が経って、
一人のおじさんが近づいてきた。
数十分前に散歩してたおじさんだ。
「あんた旅人か。わしも昔、
北海道でヒッチハイクしてたんや。」
わぁお、今まで旅人に会ったこともないのに、
旅初日に会うってことある?
おじさんがヒッチハイクの助言をしてくれた。

笑顔が大事、
岡山の文字はもっと大きく濃く、
立ち位置はここじゃなくてあそこ!

これは幸先のいいスタートが切れそうだ。
元旅人の助言なのだから、
きっとすぐに乗せてもらえるぞ。
「岡山まで乗せてくださーい!」



えーーっと。
お昼です。
僕は今座っています。
地面に。
何が起こったか分かっていない人のために
端的に言います。
今のところ、誰も乗せてくれません。
「岡山」という文字を
みんなに見せ続けるという
生まれてこの方した事のない行為を
長時間しているというのに。

旅に出る前、積み重ねた数々の希望たちが、
赤子が笑いながら破壊するブロックのように
崩れ落ちた。

「へっ、すんなり行ったら面白くないさ。」
と言いつつ自分の魅力が無いのかな。
なんて考えまで出てきたりして。

それでもボードを上げていないと、
人は見てくれないわけで。
重い腰とボードを上げる。
「誰かー、乗せてー、だれかー。」
数十分経過。

ぐるぐる。
思考が回り始めた。
もう昼だし、
旅は明日からってことにして帰ろうか。
いやいや、初日で帰るなんてヘタレだ。
でも疲れたしなぁ。
次の一台、きっとあのトラックが運命の人だ。
ぐるぐる。

次第にボーッとしてきた。
何も考えなくなってきた。
乗せてくれる人は、乗せてくれる。
逆も然り。
つまり乗せてくれる人が来るのを
待っていればいいんだ。
ただ、待っていよう。

段々、自分が柱でフリップボードの「岡山」が
案内板みたいに思えてきた。
実はそうなのかもしれない。
徐々に、絵画の中の登場人物のように、
まるで初めからそこにあったかのように、
僕は風景の一部になった。

「プーッ!!!」

え。あ。車だ。止まっている。
中から人が出てきた。手を振っている。

僕は走った。
「…やった、やった、乗れる、、やった!」

人生初のヒッチハイク、
立ってから乗せてもらえるまで「六時間」。

「乗せていただいてありがとうございます!」
僕を乗せた車が高速道路に入った。

さっきまでずっと立っていた場所が
ぐんぐん離れていく。
「車ってすごい。」
これは大袈裟ではなく、魔法みたいだと思った。
間違いなく、僕一人では不可能な移動速度。

運転手は五十代くらいのおじさんだ。
「実はな、朝見かけててん。
けど仕事に行ってたから
乗せてあげれへんかったんや。
帰りに居たら乗せてあげようかと思ってたら、
まだいるやん!って思って乗せたんや。」
神様でしょうか。
「なんでヒッチハイクなんかしてたんや?」

僕は話した。
旅に出たこと。ヒッチハイクにした理由。
何もかも初めてで上手くいかなくて
結構疲れたこと。

一旦話が落ち着くと、
僕は気になっていたことを聞いてみた。
「おじさんはどんな仕事をしているんですか?
なんで僕を乗せてくれたんですか?」

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