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第一章 第一歩 僕が僕であるために

ここは大阪、山の中腹にある公立の中学校。
職員室の外は木枯らしが吹き、
中では一週間ほど前からストーブが炊かれている。

生徒たちは授業が終わり、
窓の外から色とりどりのマフラーを巻いて
下校する様子が見れる。

先生たちは忙しなく次の授業の準備中だ。
と言っても、忙しないのは新卒の僕くらいだ。
他の先生は長年勤めているスペシャリストたち。
授業内容も授業形態も確立しているので、
時代や今年の生徒に合わせて修正する。

当然僕は、明日の授業ができていない。
授業を一から作らなければならないからだ。
黒板に何を書くのか。
生徒にはノートに板書してもらうのか、
プリントに穴埋めしてもらうのか、など。

毎日切羽詰まっているが、
やらないと終わらないので
寝不足の体を起こしてパソコンに向かう。

カタカタカタ…
「こうして徳川家康は
江戸幕府を開きましたっと•••Enter」
ふぅ。
最初は苦労していた授業作りも、
だいぶ様になってきたもんだ。

僕は、小さい頃からの憧れだった先生になった。
そんな教師生活、順風満帆とはいかなかった。
最近の僕はモヤモヤしていた。

主に二つ。
モヤモヤ一つ目、教師生活について。
僕が教師を目指した経緯から…

学生時代を謳歌し、
その中で出会った素敵な先生たちに憧れ、
反面、学校の制度に疑問を持ち、
「将来は学校を創る!」という夢を抱いたが、
まずは公立の学校を教師側から知らないければ
と思い立ち、中学校の講師となった。

さぁ、面白い授業をしてやるぞと
息巻いて教壇に立って数ヶ月、
面白い発言をしたり、
流行りに乗った会話をして授業を盛り上げたり、
それは授業の雰囲気のベースは作れるが、
授業内容としてはお粗末なものだった。
歴史の裏側や豆知識などは皆無だったからだ。

果たして今の僕に、
この地球の成り立ちから現世までを
子どもたちにどれだけ教えられるのだろう。
新卒の自分が
どれだけの事を知っているというのだろう。

経験といえば部活、恋愛、受験、バイトくらいか?
足りない知識を補うためにネットから情報を得る。
ネットには陰謀論だったり、
サイトによって歴史の主張が違う気がするが、
気にしていては進まない。
教科書と話が繋がるように授業に臨む。
そう、教科書に沿って。

子どもというのは正直なもので、
「先生、そこ塾で習った。」
なんて言われる始末。
え、学校ってそういう場所じゃないの?

これらを考えた時に、ふと思う。
「現段階、この仕事は『僕』がしている意味は
どれくらいあるのだろうか。」
教科書のことを教えられる人材は
ごまんといるだろう。
事実、日本では多くの人が
学校に通った経験があるからだ。

教科書の外となると、
社会人になるためのあれこれだったり、
集団生活の仕方、恋愛、友達との関わり方とか?
ちなみに、
サラリーマンや他の職のことは全然知らない。
バイトをしたと言っても、
氷山の一角くらいしか見えていないだろう。

職員室、僕の左斜め前の先生にも言われたことが、
「先生として経験を積む前に、
他の職も就いてみたら?」
なるほど考えてみれば、大学を卒業して
新卒で教師になるということは、
つまり社会に出ていないと言っても過言ではない。
モヤモヤ。

モヤモヤ二つ目。
僕が大学生の頃から交際していた
パートナーとの将来も考えていた。
お金が貯まったら同棲、結婚、子ども。
貯金するには仕事を安定させないとね。
安定させるには
公務員である教師生活は欠かせない。
何はともあれ、今は経験が大事だよね。
授業の行い方、子どもの喧嘩の仲裁、
あらゆるトラブルの対応などの経験。
学校を創るなんて言うんだから、
相当の経験を積まなくちゃ。
でも、教師生活モヤモヤで言えば
学校関係以外の経験は積みにくいよなぁ。
夢もあるけど、どうしよう。
モヤモヤ。

そんなモヤモヤ満載な時期の僕に追い討ち。

生徒とトラブルを起こしてしまった。
生徒の心を傷つけてしまった。
理想の教師とかけ離れた言動。
何やってんだよ。

先生たちにも謝罪。
僕の行いで、先生全体が築き上げてきた信頼に
ヒビを入れてしまいました。
「教師辞めたいです。」
すると先生の一人が、
「今、辞めるのが一番あかん。」

そうだった。
明日も教壇に立たなきゃ。
先生が一人欠けるということは、
その時間授業のない先生が駆り出されて
代わりに授業を行うことになる。
せっかくの準備時間、空き時間がパーだ。

僕は自分の力不足と、不甲斐なさと、
トラブルを起こしてしまったことに対する
申し訳なさで、半透明人間になった。
これ以上問題を起こさないように、
なるべく平穏に過ごすために。

学校での居場所はどんどん無くなっていった。
いや、周りの目もあるけど、
僕の心の方がどんどん狭くなっていったんだ。
業務に関すること以外は先生と話さないし、
生徒とも一定の距離を置くようにした。
「仕事に集中、集中。今年が終わるまでは。」

そんな僕を見て、勘付いたのだろう。
心配してくれる先生が声をかけてくれる。
「来年からは別の学校に赴任するのも
いいんじゃない?別の県とかさ。
反省して、また心機一転頑張ってみれば?」
そうですね。

いや、こんな状態でやっていけるかな。
夢に近づくために教師になったのに、
夢から離れていってる気がする。
それでも朝が来たら授業がある。
「仕事、仕事。3月までまだ日がある。」

パートナーとのこともある。
将来の二人を考えたら頑張らなきゃ。
ここで教師を辞めてしまったら、
僕には何も無くなる。
「仕事、仕事。」

日の暖かみが戻りつつ、
木々にも新芽が生え出した頃。
遂には幼い頃から僕の心に従順な体が反応した。
蕁麻疹、汗疹、咳が出て声が出にくくなった。
「大丈夫、大丈夫。」

学校業務と交際と生徒とのトラブルで
僕の心と精神はくたびれボロ雑巾。

そんな中、大学の時からお世話になっていた
フリースクールの先生に話を聞いてもらった。
その先生は、今の僕を見て、言った。
「それが本当にあなたのしたいことなの?」


プツン。

僕は本当に何をしていたんだろう。
日々の業務を全うするだけのロボット人間と化し、
夢も何も忘れ、ただ日々を消化していた。

「本当にしたいこと。学校を創ること。」
なぜ?
「子どもたちにとってよりよい教育をしたい。」
どうやって?
それを理解するためにまずは教師になったから…
いや、公立の教師として経験を積むだけじゃ、
見えてこないかも。
学校の中だけの問題じゃないのかも。
学校からまずは出てみなきゃ。
というか、他の職のことも知らないや。

いやいや、
そもそもこの世界のことを僕はまだ全然知らない。
他の家庭はどうやって生活を切り盛りしている?
この地域はどんな風に経済を回して
どんな人が暮らしている?
田舎と都会の違い、県によっても違うのか、
ていうか、この日本ってものは何なんだ。

とりあえず今のままじゃだめだってことは分かる。

教師、辞めよう。

パートナーにも言わなくちゃ。
「今の状態のまま付き合っているのは
お互いに良くないと思う。
公立の教師を続けるのも無理。
君の希望には応えられない。ごめんね。」

教師に憧れ、大学で勉強に励み、
教員採用試験は落ちたけど、講師として
教壇に立つのことのできた一年間の教師生活と、
三年に渡り、結婚まで考え
大切に育んできた恋人に別れを告げた。

親に謝罪した。
大学まで行かせてくれたのに、ごめんなさい。
僕は夢を叶えたい。でも、何も知らない。
だから旅に出て世界をこの目で見て知りたい。

生徒、先生、パートナー、親、
そして蔑ろにしていた友達にも、
謝ってばっかりやな、僕。

すると母が「いいやん!」
え?
「どこの国行く?!」
あれ、
父が「これからどうするかや。」
思ってたのと違う。

何も無くなった僕、
いや、応援してくれる家族や友達、
助言をしてくださった先生たちがいた。

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