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猫のような生き方について


(※今日の内容を音声で楽しみたい方はコチラからどうぞ(^^)↓)


猫と一緒に暮らすようになってある程度になるけれど、僕が暇なのもあってか(暇なんだろうね)我が家の猫の日々の様子を観察していると、猫のような生き方というのも、なんだかいいなあと思えてくる。

まあ猫に限らず、うちにいるハムスターもインコもそうだけれど、みんなを見ていると、生きることはシンプルだし、本人たちに直接は確認していないからなんとも言えないけれど、そのシンプルな生き方でも幸せそうに見える。

特に猫を見ていると、なんというかその日を気ままに生きているというか、もっと言えば、今この瞬間を自分の気が向くままに生きているという感じがするのである。

お腹が空けば「ご飯はまだか」とにゃあと鳴き、喉が渇いたら水を飲み、トイレしたら「片付けて」とまたにゃあと鳴き、遊ぶ時間になったら興味の向くままに部屋をうろうろして、眠くなったら寝るということを、毎日ずっと繰り返している。

だから基本的に水を飲む、ご飯を食べる、トイレする、遊ぶ、寝るというシンプルな生活なわけだけれど、それでも、これまた本人に直接は確認したわけではないけれど、それなりに楽しく幸せそうである。

そして猫はいい意味で、変に気をつかわないというか、「あんまり鳴くと、ご飯を催促しているみたいで申し訳ないかな」とか、「みんな寝るから物音をあんまりたてないようにしないとな」みたいなことは、おそらく考えていないと思う。

お腹が空けば、僕が起きる前からにゃあにゃあと鳴いているし、ちょうど僕が寝るころから猫の活動の時間なのか、僕の寝る場所のすぐ隣にケージがあるのだけれど、何やらガサゴソと物音をたて、動き始める。

まあ僕は一度ぐうと寝ると、あんまり起きることがないから特に問題はないし、猫としてはただただ、「今ここ」を生きているのだと思う。

そしてそういう自分に忠実というのか、まわりがどうだからとか関係なく、自分の今を生きるというのは、僕としては理想的な生き方のように感じる。

僕がこう言うのもなんだか変ではあるけれど、人間の生き方というのは、なんとも複雑すぎるように感じる。

まあみんながみんなそうではないだろうし、これは僕の場合ではあるけれど、お金とか物とか健康とか、人間関係とか承認欲求とか、日々いろんなことに悩んだり、不安になったりして生きているわけである。

そしてそういう悩みや不安を忘れたりするために、特に必要のない物を買い、たくさんお金を使い、お腹はそんなに空いていないのに、おいしいからと必要以上に食べて、他人の人生を見ることに時間を使ったり、流れてくる情報をなんとなく眺めて睡眠時間を削ったりしている。

そして、僕はそういう生活を長く続けていたわけだけれど、猫からすれば「人間ってなんだか大変そうだなあ」と思っているのかもしれない。

そんな猫の暮らしからは、まだまだほど遠いけれど、自分なりに生き方を見直していくうちに、「なんだ生きることって割とシンプルだし、それでも楽しいし、幸せじゃないか」ということに気づいた。

そしてシンプルな生き方、今ここに気持ちを向ける生き方が、ちょっとできるようになってくると、悩みや不安もほとんどなくなったし、そうすると悩みや不安を忘れるためにお金を使ったり、物を買うといったこともなくなった。

まあ猫の境地に達することができるかはわからないけれど、僕にとっては猫は生き方の先生のような感じであるし、「今ここを自分の気の向くままに生きるシンプルさ」を日々学びながら、これからも猫とは仲良くやっていきたい。






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