なぜ、最悪の業績なのに年商の20%にもあたる1億円の売上を手放してまで楽天市場から退店するのか


【はじめに】

・自己紹介

こんにちは。
今年の1月にワシオ株式会社(以下ワシオ)の代表取締役社長に就任しました、三代目の鷲尾 岳(ワシオ タカシ)と申します。
鷲尾家の次男坊として1991年2月10日に生まれ、小学校5年生までは地元の公立、小6から私立の学校に転校し、中3までは福井県、高校は和歌山県にある姉妹校にて寮生活をしていました。
ここで詳しくは書きませんが、その学校の特徴として、「義務教育は最低限」「校則は生徒が主になって話し合って決める」「1年を通して大半のコマを占める”プロジェクト”という授業で目標を決め、達成に向けて何をするか生徒が決める」「やりたいことは大概やらせてもらえる」などなど、おそらくかなり一般的な学校からかけ離れた環境で多感な時期を過ごしました。
高校を卒業した後、大学で中国語を学んだので、卒業してからは父の伝手を頼って入社後すぐに中国で駐在させてくれる会社さんにご縁をいただくことができ、22~24歳までは中国で働いていました。
そして2016年2月、25歳になるタイミングでワシオに入社し、営業マン、統括本部長の役職を経て2024年1月に社長に就任いたしました。

・この文章を書いた理由

そもそもは、できるだけ多くの人に「こんな会社があるんだよ」っていうことを知ってもらいたい、そしてできたらこの先も事業を続けていくことを応援してもらいたい、いま自分が経験している大変な状況を共有したい、という想いで書き始めました。
そして同時に、ワシオが楽天市場から退店することで買い物がしづらくなるなぁ、嫌だなぁと思われているお客様もいらっしゃると思うので、そのあたりをしっかり説明しておきたいと思ったのが理由です。

さて、経緯をちゃんと書こうとしたらすごく長い文章になってしまいましたが、できるだけ分かりやすく表題の「なぜ、楽天市場から退店するのか」ということについてご理解いただけるように書いたつもりです。
過去にこういった文章を書いたことはありませんので、至らぬ点が多々あるかと思いますが、どうか温かい目でお読みいただけますと幸いです。

・ワシオについて

ワシオは、兵庫県加古川市にて1955年に祖父が創業(法人化したのは1980年)した鷲尾商店から始まった、超がつくほどの防寒衣料に特化したメーカーです。
代表的な自社ブランド「もちはだ」は1980年に誕生して以来、半世紀を超えた今でも「これ以上暖かい肌着は無い」「もちはだがあれば日本に冬はない」などといったコメントとともに、たくさんのお客様にご支持いただいています。

ワシオの会社外観
中にはこんな感じの機械が並んでいます。

・主力製品である「もちはだ」とは?

もちはだは、「世界から寒いをなくす」ことを目標にしたワシオ独自の起毛生地を使った衣料品のことです。
祖父が1980年に開発し、あまりにも肌触りが良いというところから、「もちはだ」という名前になりました。
起毛生地の断熱性がとても高いので、脱いで初めて「あ、今日は寒かったんだ。」と感じる、寒かったことそのものを忘れてしまうような能力があります。なので、上述の”世界”=”人生(あなたの世界)”とも読み替えていただいて構いません。※英語にするとOver the world ではなくYour Life のイメージです。

※製品たち(左から1980年の初期型~2000年代前半ごろまでの肌着ラインナップ)
※起毛イメージ

「独自の起毛生地」というのは、この生地を編むための機械から職人が手作りしているからであって、そもそもワシオ以外にはこの生地を編む機械が存在していないからです。
言葉ではイメージできないと思いますので、もしお時間がありましたら下記の動画をご覧ください。

そして肝心の製品はというと、実はいろんな方が愛用してくださっていて、世界的に有名な冒険家の植村直己氏が南極で靴下を履いてくださっていたり、TVでよく見る俳優さんや芸人さんなど薄着でなきゃいけない屋外ロケで肌着を着用してくださっていたりと、いろんな方から「寒い」をなくしています。
昨年には、かまいたちさんがご自身のチャンネルにておススメの防寒対策という動画をyoutubeにてUPされており、その中でロケにたくさん行っていた大阪時代にヘビーユーザーだったことを明かされておりました。

ここまでの情報だと、しっかり独自性もあって、機能が高くて、愛用者もたくさんいて、大丈夫そうやん。って思われるかもしれませんが、全然そんなことはなくて。

・2016年、倒産寸前の家業に入社する

比喩表現ではなく、実際に倒産寸前でした。そしてそれは今も続いています
2016年2月に入社し、その月末が決算でした。決算の内容を確認する前に、状態を把握しようとひたすら紙の資料をPCに打ち込み分析をして、係数の管理、経営状況の把握に努めました。
そこで分かった事をなるべく簡潔に、少し具体的に書くと、下記のような状況でした。

  1. 損益計算書は黒字だが、在庫が過剰に残っていて現金が少ない

  2. 年間売上高を大きく上回る借金があり、返せる見込みが無い

  3. このままだと、次の冬までお金がもたない

どうしてこんな状況に陥っているのか?ということの要因は明白で、理由はワシオのビジネスモデルでした。
春~夏に生産し、秋~冬に販売するので、その販売数は天候に大きく左右され、暖冬が来るとお金が足りなくなり、次の冬に向けた準備を借金で賄うスタイルで長年やってきていました。
ただ、以前は中国に自社の機械を持ち込み、比較的安く作っていた製品を日本に輸入し、利益を上げるような形になっていたので大丈夫でしたが、それも2012年ごろから円安の影響で崩壊していました。
たらればの話になりますが、この中国産で儲けるモデルが崩壊したタイミングで、手を打っていればなんらかできたことは多かったと思います。
この時に、ビジネスモデルを切り替える可能性を模索するのではなく、「寒い冬」がやってくることを待つ、まさかの「運頼み」経営になったことで、近年の暖冬傾向の影響をモロに受け、業績が悪化していきました。

そして、僕が入社するころには赤字を補填するための借金が積み重なり、返済の目処が全く立たないもう取り返しがつかないような状態になっていました。そこから少しずつ数字ベースで会社の状態を管理できるようにしていき、なるべくお金を使わずに会社に利益を残す方法を模索する日々が始まりました。

「もちはだ」そのものは本当に凄く良いものなので、根本に「知ってもらえれば、使ってもらえれば、絶対に買ってもらえる。」という想いがあり、それは今でも強く想っています。
そう信じ、いろいろと取り組んだ中の一つとしてMakuakeへの挑戦がありました。※Makuakeは当時、クラウドファンディングサービスとしていたが、現在は応援購入サービスを標榜しています
Makuakeが、まだまだ世の中に知られていないようなサービスだったころに、うまくやれば無料でPRできるんじゃ?と考えてページを作って販売を開始した結果、用意したものが完売する最高の形で着地しました。
※当時のサイト

ここから、いろんなメディアから取材を申し込んでいただけるような会社になっていきました。
そこに、もちはだの従来のファンでもいらっしゃった芸能人の方々がTVで発言してくださったりとか、そういったことが重なり、短期的な業績は回復に向かっていきましたが、その後もコロナ禍の影響が大きかったり、温暖化によって暖冬傾向が強まったりと、逆風にさらされていて、いまもなお再生の途上にいます。

・入社してから今まで、ずっと感じていること

製品が思うように売れない理由は、「暖冬のせい」や「コロナのせい」と、言ってしまえばそれはその通りです。
でもそれは「運ゲー」に身をゆだねるような、思考停止の言葉でもあります。
「暖冬でも利益が出るビジネスモデルとは?」
「コロナ禍でも耐えられる会社とは?」
という問いに、目を背けてきているなぁとずっと思っていました。

そして同時に「本当に暖冬のせいか?」とも感じています。なぜなら、僕は本当に心の底から「全人類はもちはだを一度は使ってみた方が良い」と思っており、その理由は暖冬だろうと関係がないからです。

僕が考えるワシオが提供している最も素晴らしい価値は、「冬が来るのが、少し楽しみになる」ことです。
最近は夏が暑すぎるので変化してきていますが、2,3年前までは「どの季節が嫌い?」と聞くと「冬」という答えが返ってくるのが最も多かったです。そしてその理由は基本的に「寒いから」です。
そんな中で、もちはだのおかげで冬が怖くなくなった、という声をユーザーの方々から沢山いただきます。
人生の約1/4を占める季節に対して、ネガティブな印象がポジティブなものに変わるなんて、そんなことができる製品がどれだけあるのでしょうか。

もちろん暖冬の影響はあります。
僕が言いたいのは、いま一度、自分たちが生み出している本質的な価値にフォーカスして、それを大事に育て、伝えていくことに時間や労力をかけた方が良いのではないか?と感じているということです。

と、長くなりましたが、ここまでが楽天市場から退店する理由の前提にある僕の考え方やその背景です。

そしてここからが、僕個人ではなく「ワシオ株式会社」を主体にしたお話です。

【本章】

・ワシオ史上初の経営方針発表

2024年2月29日に、ワシオ史上はじめての「経営方針発表」を行いました。
これまでの経営スタンスとしては、経営陣で考えた目標を紙で貼りだして共有、毎月の朝礼時にその目標を説明、達成を目指すようにそれぞれの部署に任せる形でした。
なのでおそらく、ワシオにおいて僕の知る限り、経営者がしっかりと現状を説明して、これからのことを語るのは、今いるスタッフにとっては経験したことのない時間だったはずです。

暖冬の影響で売上が落ち、利益も出そうになかったので、お金がもったいないのもあって、社内にスペースをつくって、近所の神社さんに来ていただき祈祷をしてから、手作り感のある会場で皆に対して僕が会社に対して思っている事や我々が置かれている現状を包み隠さずに語りました。

祈祷の様子
今年、良い期が迎えられるように祈りました。
こんな感じで話し始めました

僕たちが大事にしているこの会社を続けていくためには、何が必要か。そして、何が必要ないのか。自分たちの姿を見つめ直し、1955年の創業から69年かけて積み上げてきたものの棚卸をして、”いまの僕たち”に対する認識をスタッフのみんなと共有したいなという想いから、まずは『ワシオの歴史』を振り返るところからスタート。

実際に仕様したスライド(ワシオの歴史/初代の創業~)

創業すぐのころ、祖父が地元(加古川は靴下の産地)でB品の靴下を回収、修理して販売するビジネスモデルである程度の儲けを出し、その中で売れ行きが良かった”あるマークが刺繍されたやつ”を見て、「これ直すやつ全部に入れたらええんちゃうん?」と思ったらしく堂々とパクって同じ刺繍を打ちまくったらしいです。そして、もちろん商標権を侵害したことでバチボコに怒られ、賠償金を支払って、「絶対にオリジナルの技術を使った独自の製品をつくる」と決意を固め、開発して権利を取得することに労力を払うようになっていったそうな。。。

創業者の鷲尾 邦夫(ワシオ クニオ)です

「そんな話は初めて聞いた!」というスタッフも何人かいて、知っていた人はなんとなく嬉しかったんじゃないかな。笑

実際に仕様したスライド(ワシオの歴史/2代目の中国進出~今)

そして話は中国に進出してから今に至るまでの話に。
要約すると、こんな感じ。

  1. 中国行って安く作ってもちはだを輸入して儲けるモデルになるが、円安で崩壊する

  2. 値上げ交渉したりPR頑張ったり新ブランドやったりして利益率を高める

  3. 細かい対応が増えて生産と顧客管理がうまくできなくなり、対策に追われる

  4. 個人が頑張る集団から、仕組みで対応する組織へと変化している真っ最中⇑イマココ

ということで、ここ2年くらいは社内の組織化にずっと注力していました。

・組織化に取り組む経緯

きっかけは、コロナ禍で倒産の危機に陥った時のことでした。
僕が入社してからの経緯については先述した通りです。取材とかもたくさん受けたりして持ち上げてもらって、講演依頼とかもあったり、なんかまぁちょっと調子に乗ったんですよ。「俺はすごい!」って。笑

取材や講演、撮影の様子など

でも、いざコロナの影響でまた倒産するかも、となったらもう家業の再生は諦めようかな、、、という気持ちが出てきて、自分はどこかに再就職することを考えたんですよね。(このときは本当に追い詰められていたこともあって、自分だけはまぁ実績もマルチなスキルもあるし助かるだろうと考えました。なんて勝手なヤツなのだろう。と、たまに自戒として思い出します。。。)
面接するなら自己PRを考えないと。まずは自己分析だ!と思って、自分のスキルの棚卸を始めてみたら、「自分は整理や統合、効率化やPRなどをしただけで、本質的な価値は生み出していない」ということに気づいたんです。

うちの機械は職人が手作りしていてオリジナルですごいでしょ!
 ⇒自分はつくれない
この生地はほんとうに肌触りがよくて保温性が高いんです!
 ⇒自分はつくれない
冒険家の植村直己氏が南極大陸縦断の際に履いていたんですよ!
 ⇒なんなら生まれてない

なんのことはない、僕は会社が既に持っていた素晴らしい価値にただ乗っかっていただけでした。本質的には、何も生み出していなかった。
皆が作ってくれていたプロダクトの力に頼っていることに気づかず、自分一人の力だと勘違いし、俺はすごい!と思ってイキっていた感じですね。とっても恥ずかしい。。。

・ワシオが抱えていた問題とは??

じゃあね、問題は何か?という話になってくる訳ですよ。
それは恐らく、会社を支えてくれているいろんな力をディスカウントして捉えていて、本当の強みや財産に気づいておらず、それらを本質的なところで大切に扱えていなかったということなんじゃないかな?と思った訳です。
歴史も技術もそうですが、それを絶えさせないように引き継いできてくれている従業員の皆と、もちはだを好きでいてくれて支えてくださるお客さんたちが居てくれていることが、最も得難い財産だったと初めて気づかせてもらいました。

いま自分たちが立っているこの場所は、どんなものに支えられて成り立っているのか。足元に注意を向けることも感謝する事も知らず、どうやって外界とうまく接するか?ということだけを考えていた自分の姿勢を心から恥じました。
経営する立場にある人間が、社外にばっかり興味をもって社内のことをおろそかにし続けてきた結果が今の状態であると。であれば「マネジメント」という業務に対しての理解を前提から間違ってきていたと。現場スタッフの機嫌を取りつつ努力と根性でなんとかしてもらうことだけを考えて関わることは、決してマネジメント業務を行っているとは言えない。

・無能な連隊などない。無能な連隊長がいるだけだ

あの有名なナポレオン・ボナパルトの言葉です。マネジメントやリーダーシップを学んでいく際にこの言葉に出会ったとき、心底その通りだと思いました。
まず前提として、戦争とは全く条件が異なるのでこれが普遍的な事実だと言うつもりはないです。でも、指揮官(経営者)としては思考の前提としておいた方が良い心構えだと思っています。(だって、その前提であればうまくいかないことを部下のせいにはしないで済むから)
 
いまの自分は、これまで会社を支えてきてくれた現場の方々の仕事に対する姿勢は本当に誇らしく、凄いと思っています。誰も何も指示していなくても「え、そこまでする???」と思うようなことをしれっと当然のようにしてくれています。仕事として指示されている訳ではないサービスの質が本当に高い。それは、段ボールのテープを箱の幅に合わせてきっちりきれいに貼るとか、そういった細部に宿っていました。

これまで、自分がこのダメな会社をなんとかしてきたんだ!と勘違いしていたことで、その素晴らしさに気づくことができず、そしてそれらの価値を言語化し形にしてこなかったことこそ、経営に携わる人間が欠いていた姿勢だったのだと、反省の念とともに強く思ったのです。

・選択と集中

上記の気づきから、何に取り組むのをやめて、なにに注力するのが良いかを探るために改めて仕事を確認してみると、以下のようなことが分かりました。

会社が明確に業務を規定していなかったから、それぞれが善意に則って出来る限りのことをする。その内容について、前後の工程にいる当事者間で意見交換や認識の擦り合わせも行われていなかった。その結果、立派な価値を生み出しているのにカウントされない業務が増え、表にも出ず当たり前のこととして評価もされずまま、個人の努力に依存し、負荷がかかる形になっていたのでした。

まるで社内の中に個人商店が乱立していてそれぞれの利害があって、時には対立したり協力したりしながら、現場で調整をかけていくスタイルでした。経営者からビジョンが語られることは無く、問題が発生する構造があっても調整せずにのど元過ぎれば熱さを忘れるようなことを繰り返し、現場がずっと火消しのために走り回っている状況が続き、目の前の仕事に追われてバタバタしていて、効率的に働くことが叶わない環境がずっとありました。

おそらく、ある程度の歴史があって2代目、3代目と引き継がれてきた中小の製造業では、言語化されていない無数の価値(現場の努力)が溢れている状況というのは、一種の”あるある”なのだろうと思います。
特に、最初から「社長の息子(次期社長)」として会社に属している人間の立場では、従業員の皆が働いてくれていることと、それによって今があるということに対して、当たり前のように感じてしまうのだと思います。

そしてそれを当たり前の前提とした立場から、バタバタしている現場を見て「ああした方が良い、こうした方がうまくいく」などと分かった顔をして良かれと思って口を出す。現在の仕事のやり方に至った経緯も、現場の苦悩も知らずして、可視化されにくい権力を持った立場(社長の息子)から、話される言葉というのは、思ったよりも影響力があるし、意図せず従業員を全く尊重していないことになってしまう危険があるので気を付けましょう。。。自戒も込めて。。。

脱線したので話を戻しますが、以上のことから、明らかにワシオが集中して注力した方が良い課題は「マネジメントが業務として確立されていないこと」と、「経営側の現場への無理解」だったと思った訳です。

・皆の仕事の価値を損なわず社会へ届けられる会社になりたい

僕たちは既にとっても素晴らしい
まず自分たちがそう思えるようになるところから始めたいと思いました。
そのためには会社が何を評価するのか客観的な指標が必要だし、従業員の皆がしっかり言葉にしてお互いに「いいね!」を送り合える土台があった方が良い。
外部の専門家の力も借り、経営陣で話し合って、形だけ存在していた社是を作り直し、自分たちが仕事をするうえで大事にしている考え方を言葉にすることができました。

昨年に更新した社是(仕事するうえでの考え方)です

これらは、机上の空論や理想では決してなく、既にワシオで働く皆が大切にしていることでした。全員に対して丁寧に説明したところ、誰も違和感をもたずそのまま自分たちが大事にしている事だと思う、と言ってくれました。
拝金主義や利己主義と最も遠いところにある自分たちを確認できた。良いものを良い形で関わる皆に届けたい、と全員が思っていたことが共通の認識となり、これこそがワシオの強みだなぁと改めて思いました。

・経営方針発表で伝えたこと

組織化について現在の取り組みについて前提を整えたところで、話を経営方針発表に戻します。
全体を通して従業員の皆さんに改めて伝えたメッセージは、シンプルです。
「会社の経営状況は芳しくない。でも僕たちは既にすごい」
「そのすごい価値を社会にしっかり届けよう」
「そのために業務を見直して、整理・統合しよう」
「頑張れ。と言うつもりはない。待遇を改善し、環境も整備してすべきことは明確にする」
「方向は示す。方法は任せる。そのための環境は整えるし僕は皆の力を信じている。」
ほとんどそのまま伝えた、僕の正直な気持ちです。

でも、経営は気持ちでするものではなく、しっかりお金を稼がなければいけません。
この経営方針発表で同時に伝えた、ビジネスとしての大きな決断は「大幅な給料UP」と「楽天市場からの撤退」でした。

・男女格差をなくし賃金大幅UP、そして楽天市場からの撤退

実は僕が入社してから、ずっと気になっていたことがありました。
それは現場で働く方々の「準社員」という立場の存在。パートでも正社員でもないその立場はフルタイム勤務で時間給であり、会社において正社員のような振る舞いを求められるが、固定の月給が支払われる事務職の社員と明確な差がありました。
自分の性格上、会社の都合で用意されたとしか思えないその立場が本当に嫌でした。そして、その対象のほとんどが女性であり、ワシオのものづくりを支えてきてくれた人たちです。
ワシオの価値の源泉とも言える彼女たちの仕事に十分報いていない状態が良い訳がないと思い、そもそも「準社員」という制度は撤廃し、準社員だった方は全て正社員として待遇を揃えました。
他にも、女性の管理職登用がほとんどなされていなかったことも心底嫌だったので、それらの考え方をベースに組織を作り直し、ずっと生産を支えてきてくれた僕が最もものづくりを分かっていると信頼しているベテランの女性を部長に、他にも新たに3人の女性に課長へと昇進してもらいました。

・トータルで約30%の人件費UP

自分の信念を通そうと思うと、めちゃくちゃお金がかかることは分かっていました。
安定した利益を生み出せているような会社ではないのに、こんなことをしても大丈夫なのか?と何度も自問自答しましたが、ここで大きく人に投資する決断をしなければ、本質的なところから目をそらした小手先の経営をすることになってしまう。
自分の”社長”としての在り方を考えた時、ここで現実的な事情からやりたいことと違う選択をすることは、自分で自分が許せませんでした。

では、その増えた人件費をどこでどうやって稼ぐのか?
めちゃくちゃ悩みました。もう既にみんな一生懸命働いてくれている。これ以上新しいことを注ぎ込んで負荷をかけたらキャパシティを越えてしまう。でもいまの事業構造だと未来はないしジリ貧だということは分かっている。
どうするか?
リターンに見合っていないコストを削ってまずキャパを空けよう。そしてより会社の資産を増やすことができそうなことに、空けたキャパに使われていたスタッフの時間や資金を投下しよう。
そう考えて、2024年4月11日をもって、2007年7月から出店し約17年間にわたって大きな売上を作ってきてくれた楽天市場から退店することを決めたのです。

・そもそも楽天市場はどんな場所なのか?

まず楽天市場について、個人的に良いと思っているところをいくつか抜粋して書きますね。

  1. 商品登録し、ページをつくるのが(比較的)容易い⇒環境

  2. 成果に直結するアクションが明確で、計画を立てて管理しやすい⇒運用

  3. 詐欺サイトではない信用がある⇒安心

  4. 楽天大学など、売上を伸ばす手法を学ぶ環境が整っている⇒勉強

  5. ユーザーがとにかく多いし、集客が(比較的)容易い⇒顧客獲得

他にもいろいろと良い点はあると思いますが、ここまで書いた強みを前提とすると、一部の企業にとっては楽天市場に出店する費用対効果はとても良いはずです。

・向いている企業はたくさんある

向いていると思う企業
いわゆる”売れる”製品を安価でまとめて短納期で仕入れる商流を持ち、ポイントやクーポンなども使って最安値での販売を実現できるようなところ。
少しハードルがあるような新しい趣味の入り口(DIYとかキャンプとか)に特化して、そのジャンルにおいて価格やラインナップで優位性をもち、初心者からユーザーを囲い込めるようなところ。
シンプルにどこよりも安く製品をつくることができるようなところ。
上記に加えて、扱っている商材に季節性がないところ。

要するに、他ショップが出品しているものと比較検討されたうえで、価格やラインナップで優位性を保てるような売り方をしても良い商材を集めることができる企業は向いていると思います。
逆に、価格が高くて最初の購入ハードルが少し高めの製品については全く売れない訳ではありませんが、置いているだけだと売れないのでページを作りこんだり積極的に広告を買ったりイベントに登録していったりと手間がかかります。当たり前っちゃ当たり前ですが。

でも、そういった商材(もちはだとは?そもそも説明が必要だし少し分かりにくい)ばかりで、かつ季節性がある定番商品を主に扱っているウチみたいなところは、とにかく運営コストが高くつきます。それは金額的なことではなく、ページの登録やメンテナンス作業、たびたび変更される検索アルゴリズムへの対応など、作業リソースがかかりすぎるという問題です。

楽天市場においては、「売りたい(届けたい)もの」を並べるのではなく、「既に売れているもの」をたくさん並べていく方がよっぽど運営コストは安くつくということです。その代わり、バイヤー業務はかなり大変だと思うし、楽天市場でよく売れるような製品を開発する努力は凄まじいと思います。
ただ、ここまで書いてきた通り、ワシオにおいてはそのモデルは当てはまりません。

・楽天市場で推奨されるロングテール戦略には確認すべき前提がある

楽天市場というかECモールにおいてはロングテール戦略がとても推されている印象があります。※情報が古かったらすみません
簡単に説明すると、「主力商品だけでなくニッチな商品のラインナップも積み上げることで売上を確保し安定させる」といったような戦略です。
これは確立された理論ですが、ワシオには当てはまりません。
まず、理論そのものは正しいとした場合、実行者のリスクになるのは在庫です。幅広いラインナップを組めば売上は伸ばせるかもしれませんが、あまり売れないものも抱えることになります。少量で生産・仕入をしてしっかり利益が出るような強みがあれば別ですが、多くの場合は余らせてしまい消化に1年以上かかるようなことが多いのではないでしょうか。
だからセールをしたりイベントに参加したりして不良在庫を不要品に見えない形で現金化していく仕組みがモールにはあるし、そこに乗っかっても利益を出せるような強みをもつ企業はいくらでもやりようはあります。
でも、ワシオは原則セールをしないスタンスだったので、季節性があるニッチな商品がどんどん余っていくという状況に陥りました。
なので、市場価格を守る意思が固く、季節性のある商品を取り扱うようなショップさんにおいては確実にロングテール戦略を取らない方が良いです。どれだけ推奨されていても。

そして、冷静に考えたら当たり前なのですが、うまいことできとるなぁと思うのはロングテール戦略を取るお店が多ければ多いほど、プラットフォームは得をするということです。それは「なんでも売っているショッピングモール」になれるからです。
さらに、その先には在庫を現金化するための手段としてセールイベントがたくさん控えている訳です。本当にバイイングや安価での開発に強みを持つ企業からしたら、すごく魅力的な場所だと思います。
ただ、この「なんでも売っているショッピングモール」=「ECの正解」であると思ってしまうと、自社サイトも同じような造りになっていくリスクがあります。正にワシオのこれまでの自社サイトはこの様相を呈していました。

まぁなんにせよこうしてワシオは、楽天市場=EC運営と言えるほど毎日の時間を注ぐ日々を過ごしていく中で、「売上を増やす=商品数を増やす」という公式が刷り込まれていき、お客さまに自分たちの価値を届けるための方法に過ぎなかった「売る」という手段が目的へと変わっていったのでした。

・目的と化していく手段

ユーザーを取り合う。シェアを奪い合う。競合と戦って勝つ。そして、このシェアは売上や販売数で確認する。気づいたら、僕たちは楽天市場という戦場において「防寒」というカテゴリで領土の奪い合いをしていました。
僕達の価値を届ける手段に過ぎなかった「売る」という行為そのものが目的となり、気付いたら立っている場所が戦場と化していたのです。

そして「売上」を指標にし、もっと多く!もっと多く!と追いかけるようになると、「楽天市場でもっと売上を増やすにはどうするか?」という問いをベースにアクションを検討するようになったのでした。
そしてその主旨で楽天ECC(ECコンサルタントと言い、店舗にパートナーとして楽天社員の方がついてくれます)に相談をかけると返ってくる提案は「このジャンルではこういうものが売れています」「この人気商品を、質を落とさずより安価で提供できたら売れると思います」といったようなものでした。
こうした提案は、プラットフォームの運営という仕事と、そこで出店者に利益を得てもらおうとする立場だと考えると、相談者の悩みに寄り添った至極まっとうなアドバイスです。
でも、ブランド価値を高めていくとか、愛情をもって作った商品の価値を届けるとか、その文脈でアドバイスが出来るECCの方はおそらく存在しない。なぜかというと、それは出店側の責任において展開していくことであり、彼らが求められている仕事ではなく、そもそも口を出すところではないからです。
そんな前提でECCの方との関わりを思い返すと、「既存商品をどうやって売るか?」という問いに対しては、基本的に「どうやって検索されるようになるか?」と解釈されたアドバイスをいただけるので、SEO対策や商品スコアを高く保つ(同ワードで検索された際の上位に表示される)方法として提案がなされます。なので、ワシオのニーズとのミスマッチが生じ、対策が少しズレます。

その結果、生まれるのがこんな感じの商品名です。

なんか当たり前のようになっているけど、一度、冷静に考えて欲しい。
お客さまとのやり取りにおいて、商品名ってもっと大事じゃなかったっけ?
こんな限界まで検索対策をした無機質で機械的なもので良かったんでしたっけ?

もうこういった商品名が当たり前のように乱立しているので麻痺していましたが、冷静に考えるとおかしいと思いました。誰も、愛情をもって開発した製品にこんな名前を付けたくないはずだし、もし現実の店頭に並ぶパッケージにこんなことが書かれていたら開発者は納得できないのではないでしょうか。

でも、楽天市場においてはとにかく「なるべく検索に引っ掛かること」と「検索された時に上位に表示されること」の価値が高いとされていると思うので、「売る」ためには必要な事として当たり前に推奨されています。
したがって、たまにECコンサルを名乗る会社さんから「楽天市場の売上を伸ばしますよ!」という主旨の営業電話がかかってきますが、話を聞いてみると大体が「検索ワードの最適化」「最新の検索アルゴリズム情報の提供」などです。
当然のことながら、ワシオが求めていたような「商品の魅力を十分に引き出し、価値を伝えるためにどうすれば良いか」という提案をしてくれるコンサル会社に出会ったことはありません。

・まるでマグロ。泳ぎ続けないと息ができない

ECCの方からは競合となる人気商品や「推しワード」みたいな情報をもらい、それを元に自社ページをメンテナンスしていくことを繰り返し、大量の作業が毎日を埋め尽くしていきます。
本来、(特に定番アイテムの)商品ページというのは資産であり、つくった後にはあまり手を加えなくても安定して売上を稼ぐことで利益を生み出していきます。でも、楽天市場においては”売上を落とさないために”手を加え続けなければいけない。
商品ページが増えれば増えるほどに作業は増え、かつその作業コストに対して得られるリターンは小さくなっていきます。そしてかけられる労力は限られているため、ちょっとしたワードのSEO対策にしか時間を使えず、どこか古い感じがするけど検索にはひっかかりやすいページが量産されていきます。

ここでポイントなのは、メンテナンスしなければ表示される順位が落ちることは確実に分かっているので、現場ではやらない選択をすること自体が難しいということ。
こうして、楽天アルゴリズムに合わせて、人気のワードに対して検索に引っ掛かりやすくする仕事が毎日を埋め尽くしていき、競合より上に表示させるにはどうしたら良いか?という考え方になっていきます。

きれいごとのように聞こえるかもしれないけれど、僕たちは競合と戦って自分たちのシェアを伸ばしたかった訳ではなくて、本当に困っている人に届けたいという思いでやっていたはずでした。
でも、いつしか僕たちは、やってもやっても資産が貯まらず停まることのできない戦いに身を投じていたのです。たとえ何かを失っても、ここから抜け出さない限り、「価値を届ける」という目的に向かうことはできない。と強く感じました。

・ワシオにとって、楽天市場という手段は適切ではない

この結論を出すのに、本当に時間がかかりました。
だって伸びしろがあまり無くて現場が疲弊しているとはいっても、売上はある訳ですから。

ポイントはふたつです。

楽天市場にかかるコストが投資なのか、消費なのか。
楽天市場でもちはだを購入いただいていた多くの方は防寒肌着を探していたのか。

①について、だいたいですが、楽天市場の運営に関わるコストは人件費も入れると売上に対して5割くらいになっています。
そして楽天市場に支払うのは広告コスト等も合わせて25~30%くらい。
1億円の売上で考えた場合、2500~3000万の費用が掛かる訳ですが、それが全て翌年以降の売上を増やすためにかけたコストなのか?と問うとそうではなく、売上に比例してかかるただの変動費であって、ほぼ全く資産化しません。

ちなみに、楽天市場において「検索」の重要性をこれまで論じてきましたが、その検索順位を上げるSEO対策として、「在庫を切らさない」というのがあります。ということは、在庫が切れている製品はスコアが下がるため、売り切れ=検索順位が下がります
以上から、検索順位を落とさないためには、季節性のある定番商品については売上の立たない春夏の時期においても在庫を持ち続ける必要が生じるので、売れない時期にも過剰に在庫をもつことになり、資金繰りを悪化させる要因にもなっていました。

②について分析したところ、主力の売上となっていた製品のほとんどは「もちはだ」というワードで検索されていました。
ということは、楽天市場内で買い物をする時に、もちはだを見つけて買っているのではなく、ハナからもちはだを購入したいと思ってくださっている方が、楽天で検索している状態だということ。

となれば、楽天市場以外で購入しやすく分かりやすい場所があれば、そこで買っていただけるのではないか。
そう考えて、自分たちの価値をしっかりと届けていく形で商品を購入いただける場所をつくろう、とそう決めました。

・でも、やめて大丈夫なのか

いやいやぜんぜん大丈夫じゃないです。本当にやばいです。
なんとかなると思っていますが、なんともならないかもしれない。でもこのレールに乗っていると数年後にもっと悪い状況に陥っていることは目に見えています。本音を言うとすごく怖いです。

でも、僕はこういった根本的なところから経営改革をしていくために社長に就任したのだから、とにかくやると決めてやり切るしかない。
従業員の皆、お取引いただいている方々、商品をご愛用いただいているお客様、その全てに対してしっかりと責任感をもって誠実に取り組みたいという自分の信念を曲げずに取り組むには、この方法しか見つかりませんでした。

そもそも再生中の会社だから、積み重なった借金をなんとか適正額にもっていく必要があって、そのためにはまず業績を安定させる必要があって、そして従業員のみんなの生活を向上させていくには利益を増やし続ける必要があって、ワシオを好きでいてくださるお客様の期待に応えるには会社が良い形で続いていく必要があって、、、
本当にめちゃくちゃ大変ですが、全てなんとかしたい。

・確信していること

ワシオには、本当に優秀な人たちが揃っていますし、とても素敵な取引先やお客様がいてくださいます。
いまいてくれる人たちを確認して、その人たちが動きやすい環境を整えたら、どんな状況であっても絶対に良い方向にしか転ばない、とそう思わせてくれることが、なによりも得難い財産だと思っています。

ということで、この機会に、お客さまが製品を求めやすく、知らない人が見ても分かりやすく、ワシオの価値を届けることを主軸にした自社サイトを構築し、改めて社会とつながっていきたいと考えています。
そして、そのサイトは確実にみんなにとって良いものになるはずです。

これまであまりやれてこなかったいろんな事は全て、のびしろだと思っています。
時間や権限、そして協力してくれる外部パートナーを得た従業員の皆が、これからどのように活躍してくれるのかがとても楽しみです。
僕は、あくまで皆にポテンシャルを最大限発揮してくれる環境を整えるだけで良い。そう思わせてくれるみなさんが居る会社の社長にさせてもらって、本当に嬉しく思っています。

一方で経営者としては、いろんな人の助けを借りてなんとかしていかなければ、なかなかハードな局面でとても苦しくもあります。

でも、もう楽天市場のサイトも4月で撤退しました。
あとは、やるだけです。
サイトのリニューアルオープンを楽しみにお待ちください。

あともし、この文章を読んで何か一緒にやりたい!と思ってくださった方、ご連絡いただけるととっても嬉しいです。
ぜひぜひ応援よろしくお願いいたします!

※新しい自社サイトは秋ごろにリニューアル完了を目指していますので、続報は下記SNSアカウントをフォローいただき、ご確認いただけますと幸いです。

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