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3歳からのご朱印帳

夏休みはとっくに終わったというのに、大阪は毎日蒸し風呂のような暑さ。
秋祭りの太鼓の稽古をする子供たちの前髪が、汗でおでこに張りついているのが可愛い。

学童保育帰りの小学生が、一人で境内を通って帰る。ランドセルを背負って、早足で境内を突っ切る。太鼓の練習をしていた子が、彼に気づいて
「あ、○○(その子の名前)や」
と言う。彼はそれを背中で意識しまくって、めっちゃ早足で歩く。

やがて東門から正門まで行った彼は、くるっときびすを返し、きちんと本殿に向かって一礼した後、ちゃんと横木をまたいで、帰って行った。
「おお〜」
みんながその姿を見てどよめく。

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きょう、彼は境内を突っ切って帰らずに、太鼓から遠いところで、一曲ずっとエアー打ちをしていた。
太鼓のニタロー先生が、手でおいでおいでするが、曲が終わると姿を消してしまった。

たぶん彼は来年あたり、祭り太鼓に参加するんじゃないかな。
気長に待つとしよう。

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埼玉に住んでいた小学3年生の頃、「チャル」というあだ名の男子がいた。
元気なチャルが学校を休んだ日の夜、神社の祭りでブルーハワイのかき氷を食べているチャルを見かけた。それから一ヶ月くらい、チャルのあだ名が「ブルーハワイ」になった。

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体を冷やすのは良くないとわかっていても、掃除の後に飲む氷水で体がみるみる生き返るのがわかるのだから仕方ない。
伊勢神宮の御神酒が入っていた御神紋入りの白い器にも氷水を入れて、「ぽんぽん菊」という丸い球みたいな菊の花を生ける。9月9日は重陽の節句だから、菊の花びらを入れた清酒をいただく。

それから新鮮な冷たい水で墨を擦る。前の日に墨があまっても、夏場はそれをとっておかずに、毎朝新しく擦る。おふだ祝詞のりと、ご朱印、安産帯。神職は日に数回、墨を使う。澄んだ水で墨を擦るときの匂いは、茶入ちゃいれを開けた時にほのかに漂う、抹茶の香りにも匹敵するアロマ。とはいえ、急いでいれば墨汁を直接じゃーするときもある。

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2年前だったかな。
同じように墨を擦っていたら6歳ぐらいの男の子が一人で授与所に来た。
こんがり焼けた丸い顔に、青い野球キャップ。手には紫色の渋いご朱印帳。表紙にひらがなで名前が書いてあった。

彼のご朱印帳にふさわしい、フレッシュな墨で日付を書き入れて、ご朱印を押すと、となりのページは、沖縄の波上宮のご朱印だった。

ーーー沖縄に行ったんだね。
「ぼく沖縄に住んでいるから」

ーーーへえ。沖縄のどこ。
「○○(スーパーの名前)のとなり。〇〇は、洗濯できるところと、バナナとかお菓子が売ってるところがつながっていて、とても便利なわけ。洗濯は五十円でできるよ」

ーーーいいねぇ。夏休みで大阪来てるの?
「うん。おじいちゃんが大阪に住んでいるから。今、おじいちゃんの家は、泥棒に入られて、泥棒がお風呂の線を切っちゃったから、お風呂がこわれているわけ。台所で大きいお鍋にお湯を沸かして、お風呂に入れて、水でうすめて入ってる」

彼はそんな一大事を語りながら、受け取ったご朱印帳をぱらぱらめくって、京阪電車の駅のスタンプが押してあるページを見せてくれた。

「ぼくは電車がとても好きだから、毎日踏切に行って電車を見てる。でも、あと七日しかこっちにいられないわけ。ハァ〜(ため息)」

ーーーでもさ、沖縄にもゆいレールがあるじゃない。
「うん。ぼく、二歳のころとてもかわいかったの。ゆいレールの運転士さんに手をふったら、運転士さんが手をふって汽笛をならしてくれたわけ」

電車のなかった沖縄に、ゆいレールというモノレールができたのは2003年。できたてのゆいレールに乗った時、運転士のおじさんが
「電車なんて乗ったことも見たこともなかったわけ。だから運転なんてできないわけさ。ずっと叱られてばっかりだったわけ」
と言っていたのを思い出した。口調がまったくおんなじだ。

赤ちゃんと駐車場の車で待っていたおかあさんが、男の子を迎えにきた。
「じゃあ またね。ぼく3歳からご朱印を集めているから。また来るね」
と言って、彼は帰って行った。

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時はまたたくまに過ぎる。
秋祭りの子供太鼓をしていた子が、お父さんやお母さんになって、その子どもが太鼓を打つ。その子供も、そのまた子供も。

青い野球キャップをかぶっていた沖縄の男の子も、すぐに大きくなって、気づいたら甲子園で投げているかもしれない。その時にもまだ高校野球は、真夏の昼間にやっているんだろうか。

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秋の実りのお祭りまで、毎週、太鼓の練習。私は龍笛で太鼓に合わせるのだけれど、ニタロー先生から「自由に吹いていい」と言われているので、とても楽しい。いつだってほとんど自由に吹いているんだけどね。






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