たぁ

恋人「まや」との死別について書き遺しています。 亡くなる前日まで毎日時間を共にし、 …

たぁ

恋人「まや」との死別について書き遺しています。 亡くなる前日まで毎日時間を共にし、 あいたいと遺して彼女は死んでいきましたが、葬儀からは排除され別れの機会すら与えられませんでした。 遺したものがいつか誰かの心にとまりますように。

最近の記事

生きてる間だけ都合よく利用して使い捨てていった人 心にも無い口だけの言葉を並べ立てて無言で切り捨てていった人 他人を心が無い物か何かだとでも思ってるのかな?と思ってしまうね そういう人達に関わってしまった自分が悪いんだろうけど

    • 今日は彼女「まや」の月命日 葬儀に呼ぶようにすらしておかない相手に「連絡出来なくなったら頑張れない、頑張らない」とまで言って毎日朝から晩まで連絡をして何時間も愛を語り、生きてる間だけ都合よく利用して使い捨てていった人 送り出した人達にそういう人間にされたかわいそうな人

      • 友達だと思ってる人達から「親代わり」「大切な娘」と言われる事で彼女「まや」にかかっていた負担

        彼女「まや」は、 親代わりと名乗る方達のことを「今も残っている友達」と表現していた その上で、自分に対しては思えるこの程度の事もその2人には思えないと言っていた 彼女の死後に彼女と一年近く密に接してきた自分や仲間達の元へ親代わりと名乗る方が訪ねてきて「親代わり」と名乗った時、 「本当の親代わりだった師匠以外にそんな存在の人がいるって聞いた事あった?」 と皆言い合い、疑った なぜなら、 本当の親代わりだった師匠が亡くなった後、彼女が頼る人が居ない中で独りで苦しんでいたのを

        • あいたいと言いながら死んでいった想いや願いを無視して葬儀に呼ばず、会わせてあげずに送り出される彼女の気持ちは何も考えなかったのかね 自分達だけ笑って送り出せればよくて、送り出される彼女が笑って旅立てるかはどうでもよかったのかね それで、なぜ大切な娘なんて言えるのだろうか?

        生きてる間だけ都合よく利用して使い捨てていった人 心にも無い口だけの言葉を並べ立てて無言で切り捨てていった人 他人を心が無い物か何かだとでも思ってるのかな?と思ってしまうね そういう人達に関わってしまった自分が悪いんだろうけど

        • 今日は彼女「まや」の月命日 葬儀に呼ぶようにすらしておかない相手に「連絡出来なくなったら頑張れない、頑張らない」とまで言って毎日朝から晩まで連絡をして何時間も愛を語り、生きてる間だけ都合よく利用して使い捨てていった人 送り出した人達にそういう人間にされたかわいそうな人

        • 友達だと思ってる人達から「親代わり」「大切な娘」と言われる事で彼女「まや」にかかっていた負担

        • あいたいと言いながら死んでいった想いや願いを無視して葬儀に呼ばず、会わせてあげずに送り出される彼女の気持ちは何も考えなかったのかね 自分達だけ笑って送り出せればよくて、送り出される彼女が笑って旅立てるかはどうでもよかったのかね それで、なぜ大切な娘なんて言えるのだろうか?

          彼女「まや」が遺した遺言とその言葉に向けられた悪意

          彼女「まや」は急変してから亡くなるまでの2日間のわずかに起きていられた時間に 「このまま死んでしまった場合に届けてもらう言葉」 として遺した言葉 親代わりと名乗る方はこの言葉について、 「本当にあいたいと思ってるなら葬儀に呼んでと遺してるはずだ」 とおっしゃっていました 入院中、あいたいと言って頑張ってきた事や彼女が口にしてきた言葉や想いに何も目を向けなかった事はともかくとしても、 翌日、翌々日に亡くなってしまうようなこんな状態の中で思ってもいない言葉をわざわざ文字にして

          彼女「まや」が遺した遺言とその言葉に向けられた悪意

          彼女「まや」はうかばれない。今も泣きながら苦しんでいる事だろう

          25歳にして初めて恋をして、 他人に対して初めて執着したり、 執着されたいと思ったり、 他人が何かをしてくれる事を初めて素直に嬉しいと思ったり、 朝から晩まで一日中時間を共にし続けるようになって、 いろんな初めてを経験してきた中で倒れて入院して、 入院してからも朝から晩まで連絡して、 未来の話を夢見て話しながら頑張って、 愛を語り続け、 巡回の看護士の目をぬすんでまで寝れるようになるまで話し続け、 急変してICUへいって戻ってきて目を覚まして真っ先に連絡して「いきてる

          彼女「まや」はうかばれない。今も泣きながら苦しんでいる事だろう

          きっと、彼女「まや」は死後の今も泣きながら苦しんでいることだろう

          亡くなった人の意識が死後もどこかに存在するのであれば、今も彼女「まや」は泣きながら苦しんでると思う あいたいと言いながら死んでいったその想いや言葉を口だけだと否定され、無視され、 その相手に会わせてもらえること無く送り出されて願いが叶わなかった事自体はもちろんだけど、 「約束したのにまたまもれなかった」 「またまもる努力を出来なかった」 「そのせいで苦しめたくなかった人を一生苦しめ続ける事になってしまった」 「すきな人にそんな風に思われたくないのに思われてしまった」 「私が

          きっと、彼女「まや」は死後の今も泣きながら苦しんでいることだろう

          故人が亡くなる直前にこう言葉に遺して亡くなった事を知ったら皆様ならどう考えますか? 故人が最後まであいたいと言い続けた相手を葬儀に呼ばずに排除して送り出しますか? 最後に会わせてあげて送り出そうと考えますか? 故人を大切に思うなら後者が普通だと思う自分は間違ってますか?

          故人が亡くなる直前にこう言葉に遺して亡くなった事を知ったら皆様ならどう考えますか? 故人が最後まであいたいと言い続けた相手を葬儀に呼ばずに排除して送り出しますか? 最後に会わせてあげて送り出そうと考えますか? 故人を大切に思うなら後者が普通だと思う自分は間違ってますか?

          自死した母親が彼女「まや」に遺した呪いの言葉

          彼女がまだ中学生の頃、 震災で父親を亡くした後に彼女「まや」の母親は彼女の部屋で「あんたのせいだ」という呪いの言葉を遺して首を吊って自死した その後、転々とした親戚からも25歳で亡くなるその時まで「あんたのせいだ」と言われ続けてきたそうだ 自分と付き合って自分を頼った震災の日にも親戚から電話がきてそう言われたと話していた 今年は初めて言い返せたと彼女は言ってた その理由を「何かあってもあなたが居るって思えたから」と彼女は言った おかしな話だよね 親代わりなんて名乗る方

          自死した母親が彼女「まや」に遺した呪いの言葉

          彼女「まや」の葬儀について

          自分は排除されて参列出来ていないので詳しくは知らないけど、弓の仲間のみで概ね彼女の希望通りに行ったそうだ 彼女の想いや最後に遺した言葉、入院中ずっと願い続けてきた事が無視されてそこに一切無かった事を除けば 彼女にとってはそれが一番重要だっただろうにね それらは送り出す人達の主観や感情、決め付けによって無視された 親代わりと名乗る方はこう言っていた 入院中ずっとあいたいと頑張ってきて、 亡くなる直前に「あいたい」と彼女は遺した それほどまでにあいたかった相手に会わせても

          彼女「まや」の葬儀について

          最後に送ったLINE、送られてきたLINE【死別】

          自分が送った最後のメッセージ 既読はつかないまま彼女はその日の夜中に亡くなった 亡くなった日に弁護士が報告を送ってきた際に既読はついたけど、 このメッセージは彼女には届かなかった その亡くなった報告に添えられた彼女の最後の言葉の一部 急変してから亡くなるまでの二日間の中でわずかに起きていられた時間に遺してくれたもの お互い見ていないのに、 自分は「手を握ってついていられたら…」と送り、 彼女は「手つなぎたい」と遺した 自分と彼女はよく同じ事を同時に言う事があった

          最後に送ったLINE、送られてきたLINE【死別】

          彼女「まや」が入院中に願い続けていた事

          入院中、彼女は「会いたいから頑張る」とずっと頑張ってきた 自分に「焦っちゃだめだよ」と諭されるくらいに お見舞いの許可がおりたら、 退院出来たら、 そんな未来をいつも夢見て話しながら頑張ってた 亡くなる数日前、 急変する前日の夜、 あの子が焦ったり、応えられない状態にある事を申し訳なく思ったりしないように言わないようにしてた自分からの「逢いたい」を初めて言った時、 案の定、こう返されてしまって「しまった…」と思った そして彼女は急変して、 その数日後、 「あいたい」

          彼女「まや」が入院中に願い続けていた事

          自分の思う事や考えはあくまで自分からのものでしかない それが必ずしも正しいとは思ってもいない 間違っている事もきっとあるのだろう このnoteに書き留めていってる記事を目にしてくださった方はどう思ったのだろう? と考えたりもする

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          今日は彼女「まや」の命日

          一年前の今日、 彼女「まや」は亡くなりました 職場のLINEグループでコロナ禍での各々の境遇を伝えあうために送りあったという写真 その為、送ってくれた時に「不機嫌な私」と彼女は言っていたっけ 「あいたい」と入院中ずっと頑張り、苦しい中で必死に文字にしてまで遺したのに周りに居た人達にはその想いは無視されて、会わせてもらえないまま送り出されたかわいそうな人 亡くなる前日まで数ヶ月毎日ずっと時間を共にし、入院中に約束までしていたのに別れの機会さえ与えてくれず一方的な報告のみで

          今日は彼女「まや」の命日

          葬儀に呼ばずに排除した方が排除した相手にその後話した事

          別れの機会すら与えられずに苦しみ続けてる事に対して、 別れの機会すら与えずに切り捨てるような彼女の酷い終わり方を受けたあの日に自分も終わりにしておくのが正解だったではないか?と話した時に死後に親代わりと名乗る方が話していた事 この方は彼女の死後数日経ち、葬儀、火葬を終えたその日に自分達の元へ現れました 彼女は「今も残っている友達」と表現してこの方達の事を話してくれた事はありましたが、本当の親代わりであった方以外に親代わりのような存在の人がいると話した事は一度もありませんでし

          葬儀に呼ばずに排除した方が排除した相手にその後話した事

          亡くなる5日前、急変する前日、最後に普通に話せていた日のやり取りと葬儀の事

          翌日、急変して次の日に目を覚まし、その3日後に彼女は亡くなった そんな最後に普通にやり取りが出来ていた日 朝はいつも通り、 おはよ と連絡があって、自分の仕事が始まるまで1時間程話した 昼もいつも通り、 昼休憩の時間に二人でやっていたゲームをして過ごした 夕方、仕事が終わって帰宅して「ただいま」と連絡を入れてから彼女が寝るまで6時間話し続けた 入院中も毎日これと同じかそれ以上の時間を共にしてきた 彼女が昼間含めて寝ている時間以外はほとんどの時間話をしていた どれだけ

          亡くなる5日前、急変する前日、最後に普通に話せていた日のやり取りと葬儀の事