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国立科学博物館が投じた一石|自然、文化、そして不平等

蒸気機関車D51とシロナガスクジラのオブジェがお馴染みの国立科学博物館。運営組織が突然に始めたクラウドファンディングが話題です。それは単に資金難を乗り越えるだけではなく、私たちの受け身な態度に一石を投じるためのチャレンジだったと思うのです。

 東京・上野の国立科学博物館が始めたクラウドファンディングが多くの支援を集めている。公開からわずか9時間で目標としていた1億円に達し、その後、1週間が経った今日までに6億5千万円近い金額が寄せられている。支援者は4万人を超える。そのほとんどが、リターンに図鑑やトートバックが設定された1万円前後の小口支援を選んでいるところを見ると、通い慣れた方々が心からのサポートを申し出ているのだろう。「かはく」はもう百年近くも前から、あの場所にあるのだ。自らが子どもの頃に連れてきてもらった記憶を胸に、また自分の子どもや孫を連れていく。そんな好循環が国立であることを誇っている。一方で国の施設が大っぴらに寄付を募ることに批判的な声も多い。

 国立科学博物館が実はこれまでにもクラウドファンディングを活用してきたことはあまり知られていない。3万年前の航海の再現であったり、YS-11量産初号機の公開であったり、いくつかのプロジェクトの資金を賄ってきた。しかし、今回の企画は施設の根幹である「標本・資料の収集・保管」のための資金集めである。一時的なイベントを開催するためではなく、「昨今のコロナ禍や光熱費、原材料費の高騰によって」不足する運営資金を補おうとするものなのだ。もしも集まらなかった場合に博物館はどうなるのか、国はなぜ十分な予算を割り当てようとしないのか。多くの方々が投げかける疑問はもっともだ。奇しくも自民党の女性議員38人がフランス視察から帰ってきたタイミング。私たちの税金が使われる先は私たち自身で知っておきたい。

 令和4年度の事業報告書からは、国立科学博物館の入場者数がコロナ前に戻りつつあることがわかる。200万人の来館に伴い、6億5千万円の入場料収入。なるほど、今年度はほぼ同額がたった1週間のクラウドファンディングで集まったことになる。それでもコロナ前の令和元年には27億円だった国からの運営費交付金が、25億5千万円にまで減っている。ここ最近の物価高を鑑みれば当然に事業縮小は避けられず、少しでも国民に助けを求めようと企画されたのがクラウドファンディングだったのだろう。その成果は臨時収入よりも、今の危機を国民に共有できたことの方が大きいのかも知れない。サイトには「仲間を増やす」という表現がある。税金の使い道に口を出すことができるのは、私たち国民しかいないはずなのだ。

 『21世紀の資本』で有名な経済学者トマ・ピケティ(Thomas Piketty)氏は、近著『自然、文化、そして不平等』(文藝春秋、2023)にて、「今日私たちが目にする社会的不平等のさまざまな違いや度合いや構造は、広い意味の文化で説明することができる。いや文化以上に、参政権をはじめとする政治参加のほうが大きな原因だったかもしれない」と述べる。例えば、教育への公的支出は「この一世紀の間におよそ10倍に増えている」一方、「最も多く受け取る人たちは、そもそも他の人より社会的に恵まれた出目であることが多い」。そうなると、せめて子どもたちが多くを学べる博物館の入館料ぐらいは平等に安くしてほしい。かの大英博物館は無料だそうだ。日本はGDPに占める教育支出の割合が低いことでもよく知られている。

 しかし文化庁が管轄する国立科学博物館の運営費を教育支出とみなすわけにはいかず、本来の文化支出を各国間で比べてみれば、これまた日本は非常に少ないことに驚かされる。絶対額にしてフランスや韓国の1/3から1/4。国民一人当たりにすると実に1/10に満たないのだ。では、日本は一体どこに投資しているというのだろうか。目立つのは防衛費を中心とした安保支出ばかり。いわゆる守り一辺倒の国家戦略が思考停止を意味しているようにも見えてしまう。ピケティ氏が言うとおり、それが「教育の場合、基準が多岐にわたっており、何が行われているのか、誰が結果に責任があるのかを突き止めることがむずかしい」。はたして、私たちは簡単な方へと流されてはいないだろうか。国会議員の4年ぶりの海外視察に5億3千万円もの予算が計上されたとも言われている。未来のために、国立科学博物館が投じた一石を無駄にしてはいけないと思うのだ。

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