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親鸞聖人の『歎異抄』を英語で読んでみた

  鎌倉時代の作品ながら、現代にも通じる教えが記された親鸞聖人の著書『歎異抄』。ただ、その内容はときに難解だと評されることも多いです。本連載では、全十八条の中からその一節を抜粋し、英語と日本語で解説します。英語版『歎異抄』に触れる事で、仏教・浄土真宗をよりさまざまな角度から見ることができ、新たな気づきが見つかるはずです。

●『歎異抄』序

【英文】
A Record in Lame Lament of Divergences, Preface As I humbly reflect on the past [when the late Master was alive] and the present in my foolish mind, I cannot but lament the divergences from the true shinjin that he conveyed by speaking to us directly, and I fear there are doubts and confusions in the way followers receive and transmit the teaching...Here, then, I set down in small part the words spoken by the late Shinran Shonin that remain deep in my mind.(Collected Works of Shinran, p.661)

 【日本語訳】
ひそかに愚案を回らして、ほぼ古今を勘ふるに、先師(親鸞)の口伝の真信に異なることを歎き、後学相続の疑惑あることを思ふに(中略)よつて、故親鸞聖人の御物語の趣、耳の底に留むるところ、いささかこれを注す。(『註釈版聖典』831頁)

【現代語訳】
わたしなりにつたない思いをめぐらして、親鸞聖人がおいでになったころと今とをくらべてみますと、このごろは、聖人から直接お聞きした真実の信心とは異なることが説かれていて、歎かわしいことです。これでは、後のものが教えを受け継いでいくにあたり、さまざまな疑いや迷いが起きるのではないかと思われます。(中略)そこで、今は亡き親鸞聖人がお聞かせくださったお言葉のうち、耳の底に残って忘れられないものを、少しばかり書き記すことにします。
『現代語版聖典〈歎異抄〉』3頁)

今回の英単語
lament: 歎、なげき悲しむ(批判ではない)
divergences: 異、相違、分岐、逸脱
a record: 抄、記録。 ※「抄」…すぐれたることをぬきいだし、あつむることばなり(親鸞)

コラム 『歎異抄』の「異」は divergences

 『歎異抄』は、親鸞聖人の言行録です。これは門弟の唯円房が著したと考えられています。

 当時、残念ながら親鸞聖人の信心とは異なる仏教理解・解釈が一部で蔓延っていました。異なる解釈が広まってしまうと、次世代が教えを受け継ぐ際に、さまざまな疑いや迷いがおきる心配があります。これは、さまざまな種類の意見が出ている「diversity(多様性)」ではなく、もともと類似していた理解が徐々に分かれ逸脱し、別のものになっていく「divergence(相違、逸脱)」な状況です。

 幸い唯円房は親鸞聖人と出遇い、自身を支えてくださる阿弥陀如来の本願他力のかなめを聞くことができておりましたので、『歎異抄』としてその大切な金言を抜き集めました。これは異端者を弾劾する批判的態度ではありません。「異なりを歎く」深い悲しみから、これまで聞いてきた「耳の底に留むるところ(remain deep in my mind)」を自ら味わい、その大切な記録が次世代の指標となっていったのです。


南條 了瑛(なんじょう・りょうえい)

龍谷大学大学院文学研究科博士後期課程修了、博士(文学)。専門は真宗学。現在、東京都中央区 法重寺 住職、武蔵野大学仏教文化研究所客員研究員、築地本願寺 英語法座 運営委員、東京仏教学院講師や複数の大学で非常勤講師をつとめている。本願寺派布教使、本願寺派輔教。

※本記事は『築地本願寺新報』掲載の記事を転載したものです。本誌やバックナンバーをご覧になりたい方はこちらからどうぞ。


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