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お店に「さん」はつける? つけない? 関東と関西の文化の違いを考える

『築地本願寺新報』で連載中のエッセイストの酒井順子さんの「あっち、こっち、どっち?」。毎号、酒井さんが二つの異なる言葉を取り上げて紹介していきます。今回のテーマは「さん付け」と「呼び捨て」です(本記事は2022年9月に築地本願寺新報に掲載されたものを再掲載しています)。 

  大人になってから京都に行った時、京都の人がお店の名前に「さん」をつけて呼んでいるのを聞いて、驚いたことがあります。たとえば、
「今日のお昼は、○○屋さんでおうどんでも食べへん?」
 というように。

 どうやら京都のみならず関西の人々は、店名にも「さん」をつけることによって、言葉の響きを柔らかくすることが多い模様。アズマ育ちの私としては、いつもお店の名を呼び捨てにしていたので、その配慮に「なるほど」と驚いたのです。

 おそらく関西よりも関東の方が、物事をそのまま、ストレートに表現する傾向が強いからこその、この違いなのでしょう。しかし最近は、関東方面にも、お店の名前を「さん」づけで呼ぶ文化が、だいぶ入ってきた気がするのでした。しかし我々はまだその言い方に慣れていないため、どこかおかしなことになっている気がしてならない。

 たとえば、スーパーの新聞チラシ。セブンイレブンの角を曲がるとそのスーパーに着くという立地を説明するのに、「セブンイレブンさん角を右折」と書いてあったりするのでした。よく見れば地図にも、「セブンイレブンさん」と記されているではありませんか。

 この時に感じる違和感は、セブンイレブンが三河屋という名の酒屋さんであったら、感じないのかもしれません。セブンイレブンという巨大コンビニチェーンの名に「さん」をつけることが、何だか変。「三河屋」のような、店の奥に個人の存在を感じるような店の場合に、「さん」は似合うのではないか。

 同様に、世界的大企業の会社名や、ハイブランドの名前にも「さん」付けは似合いません。デパートの名にしても、同様でしょう。その企業と仕事をしている人の場合は「さん」をつけるかもしれませんが、消費者は「シャネルさん」とか「三越さん」とは言わないのです。

 しかし私のような関東人には、その辺りの機微が、どうもよくわからないのでした。乱暴な言葉遣いだと思われないようにと、何でもかんでも「さん」をつけたくなってしまうのは、近頃の若者が何でもかんでも「させていただく」と言うのと同じく、「とりあえず丁寧に言っておけば、問題は起こらないだろう」という責任回避感覚のせいなのか。

 人以外に対する「さん」の使用は、おそらく関西の人の得意技です。飴や芋といった食べ物も「飴ちゃん」「お芋さん」などと呼称つきで言い表し、挨拶までも「おはようさん」となるのが、関西の人なのですから。
「おはよう。飴なめる?」 
  といった関東人の言葉は、さぞや雑駁に聞こえるに違いありません。
 
  飴や芋といったものだけでなく、神社仏閣、神仏の名称なども「えべっさん」(=恵比寿様)のようにさん付けで呼ぶことも、関西では多々あるようです。こちらは、本来「さま」付きで呼ばれる対象を「さん」づけで呼ぶことによって親しみを込めるという、高等テクニックなのでしょう。

 当初は関西人の真似をして、「さん」を使いこなそうとしたこともあった私。しかし関東人が関西風の「さん」使いをマスターするのは難しく、次第に「関東人は、関東人らしく」と元の呼び捨て方式に戻りつつあるのであって、何事も無理は禁物、と思うのでした。 
 
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト。1966 年東京生まれ。大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。2003 年に刊行した『負け犬の遠吠え』がべストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。近著に『うまれることば、しぬことば』(集英社)など。

※本記事は『築地本願寺新報』掲載の記事を転載したものです。本誌やバックナンバーをご覧になりたい方はこちらからどうぞ。

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