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品種って何?お茶の育種と品種開発

そもそも品種とは何なのでしょう。
品種のお茶を楽しむ前に、まずは品種について考えてみませんか?

品種の開発は、私たちの食生活を支えるための重要な役割を担っていると同時に、生産現場を支える技術でもあります。作物の品種とは、特定の特徴や形質を持つグループのこと。それらは、異なる味、大きさ、色、収穫時期などの特徴を持っています。その特徴が遺伝的に安定した特性を示すように、人工的に選抜されたり育種を通じて改良された結果、品種が誕生します。


品種開発の目的

作物の品種開発の目的は、農業の持続可能性、生産効率、そして消費者の満足度を高めるためなど、多岐にわたります。
以下に主な目的をまとめました。

1.収量の増加
2.病害虫耐性
3.気候適応性の強化
4.栄養価の向上
5.収穫期の調整
6.品質の改善
7.食味と香りの向上
8.食感の改良
9.省力化
10.外観の美しさ


このように、品種開発は、農業生産者、消費者そして環境の利益を同時に追求することで、より効果的かつ持続可能な農業を実現することを目指しています。

作物の品種例

品種の開発について、もう少し理解を深めるために、具体例として「お米」「いちご」「ほうれん草」の3つの作物の3つの品種を見てみましょう。

お米

例えば、お米の品種を生産量の多いものから3つ挙げると、
1.コシヒカリ
日本で最も人気のある品種。全国的の広範囲で栽培されています。
2.ヒノヒカリ
主に西日本で栽培されています。多湿な気候に適していて、食味が良いと評価されています。
3.あきたこまち
秋田県を中心に栽培されています。粘りと光沢があるのが特徴で、寒冷地に適した品種です。

このようなお米の品種例は、私たちにとって親しみやすく理解しやすいものだと思います。

いちご

さて、次は、地域の生産に特化して品種改良がおこなわれた例として、いちごの品種を3つ、見てみましょう。
1.とちおとめ
栃木県を代表する、全国的にも最も生産量が多い品種。甘味と酸味もあり、果肉がしっかりしていてジューシーです。
2.あまおう
福岡県発祥の品種。「赤くて、丸くて、大きくて、うまい」の頭文字をとって名付けられました。
3.さがほのか
佐賀県で開発された品種。甘さと酸味のバランスが良く、やわらかい食感が特徴です。

品種名に産地名が入ったりして、産地のならではのいちごを追求して品種開発されていることが垣間見れますね。「あまおう」という品種名の由来にも、福岡県の自慢と自信が伝わってきます。このように、品種名の由来を知るのも面白いものです。

ほうれん草

最後にもう少し深掘りした品種例として、特定の季節や栽培条件に適応した開発品種を、ほうれん草で見てみましょう。
1.バイキング
一般的に市場で広く流通している主流の品種。幅広い地域で栽培が可能で、病害に強く多収であることから、日本全国で非常によく栽培されています。
2.日本晴れ
冬場の低温期でも生育が良い、冬季の栽培に適した品種。日照時間が短い期間でもしっかりと育つため、冬の生産量を支える重要な品種です。
3.オータムゴールド
秋から冬にかけての栽培に適した品種で、特に秋の栽培で高い生産性を示します。寒さに比較的強く、病害にも強い特性を持っています。

ほうれん草が一年中食べられるのは、品種開発のおかげなのですね!

このように、作物の品種開発は消費者にとって、味や使い勝手の選択肢を広げてくれるものですが、それと同時に生産現場を支える技術であることがお分かりいただけると思います。

日本茶の品種(在来→やぶきた→多様な品種)

さて、前置きが長くなってしまいましたが、いよいよ日本茶の品種についてのお話です。お茶も盛んに新しい品種が開発されており、その目的は他の作物と同じように、生産性の向上、病害虫の対策、食味や香りの向上など様々です。開発された品種は少しずつ栽培されるようになってきましたが、それでも今なお日本のお茶の栽培面積の70%以上が「やぶきた」という現状です。品種茶の栽培面積はまだまだ少ないため、なかなか出会うことが少ないのではないでしょうか。消費者にとっても、作り手にとっても、品種茶はまだまだ知られざる未知の世界と言えます。

1960年~1970年代に「やぶきた」は急速に普及しました。
今や70歳代になる茶農家さんたちからは、「やぶきたが登場してから、昔はみんな、実生(みしょう)茶園から在来の茶の樹木を引っこ抜いて、やぶきたに植え替えたよ。」という思い出話しをよく聞かされてきたものです。

在来種の実生茶園。今でも収穫製造を行っている茶畑は、希少な存在です。

日本茶と言えば「やぶきた」と言われるほど、「やぶきた」は、日本のお茶の栽培面積のシェアを独占し、日本茶の代名詞と言われる品種となりました。どの茶農家も「やぶきた」は素晴らしい優良品種であると話します。「やぶきたを上回る良い品種がなかなか出てこない。」という農家の声もよく耳にします。

そう言いながらも、茶農家たちはとても品種に興味を抱いています。集まると、よく品種の話題になります。新しい品種が出ると「今度の品種はどうかな?植えてみようなか」と、品種の評価や評判のうわさ話をしています。同じ品種でも、地域産地により異なる味わいや香りが醸し出されますから、茶農家たちはいつも自分の茶園に合った品種を探し続けているのです。他にはないお茶を作りたいという思い、手間のかからないお茶を作りたいという思い、てん茶に向いた品種を植えたいと製造するお茶の種類に向けた品種選び、また、次は晩生(おくて)の品種を植えたいと収穫時期で決めたい考え、などなど、茶農家側にも様々な品種選びの都合や事情があります。

苗木を定植したばかりの山間地の有機茶園の様子。成長が待ち望まれます。

お茶は苗を定植してから成木茶園に成長するまで年月がかかりますし、一度、定植したら30~40年は経済が作れる畑として管理しますから、植える品種には吟味が必要です。5~6年経ち、だんだん収量が見込めるようになってきても「この品種は気に入らない」と引っこ抜いて、別の品種を植え変えてしまう農家もいます。それほどまでに、品種には作り手に様々な期待を抱かせる魅力があるのです。

2013年3月に農林水産大臣が定めた「茶業およびお茶の文化の振興に関する基本方針」では、「多様なニーズに即したお茶の生産を促進するため、味や香り、加工適性等に優れた品種の育成・普及」を推進するとされています。品種茶を推奨は、「やぶきた」の茶樹が老齢化しているので、他の品種に植え替えて茶樹の若返りを図るという目的もあります。
そんな中、年月を重ねながら、T&Gの農家の茶園にも少しずついろんな品種が増えてきました。これからは作り手と消費者が、ともに品種茶を楽しみながら、ともに品種の可能性を探り、新しい日本茶の世界を作っていけたらどんなに素晴らしいでしょう。

さて、未来を見つめるためにも、ここからは日本のお茶の育種と品種開発の歴史を振り返ってみましょう。

やぶきたの茶畑

お茶の育種の始まりと品種開発の始まり

茶の育種の始まりは明治時代以降と言われています。明治時代、茶は生糸と共に重要な輸出産物になると見込まれ、茶園面積の拡大とともに茶の樹自体の改良にも目が向けられるようになってきました。はじめは、農家が自分の茶園の中で生育の良い茶の樹を選抜し、取り木などで増やし、ひっそりと自分の畑に植える程度にすぎなかったようです。

やがて、積極的に選抜を行う民間育種家が現われるようになりました。杉山彦三郎は、「やぶきた」の生みの親として有名な民間育種家のひとりです。

大正時代に入ると、育種の機運は高まりますが、当時はまだ「いろいろな種類が混植されている実生茶園であることが日本の茶園の特徴で、種々の香味が調和されることにより世界一の緑茶ができる。」という、品種の統一には反対の考え方が強かったようです。

しかし、その後「品種問題はすでに論議の時代は過ぎた。実行期に入っている。」と論じられるようになり、昭和に入ると「やぶきた」をはじめとした当時の優良品種が府県の茶業試験場に集められて、特性試験が行われるようになりました。

1930年代になり、国や府県の育種事業が軌道に乗ると、民間育種家により先行して進められてきた育種は、国と府県の2本立てによる育種体制が確立されていきました。民間育種家は影をひそめていきましたが、杉山彦三郎が選抜した「やぶきた」をはじめ、選抜育種された系統品種の優秀性も次第に明らかになり、その重要性が唱えられるようになりました。

日本の緑茶用品種の交雑育種は1933年に始まりましたが、当時はまだ分離育種(自然発生的な変異や既存の多様性を活用することに重点を置いた純系の品種を作り出すプロセス)が主流でした。その後、1947年頃から緑茶品種育成のための交雑品種(異なる遺伝的背景を持つ2つ以上の親を人為的に交配させる方法)の取り組みも盛んになりました。交雑育種は親の持つ望ましい特性を組み合わせて、新しい品種を作り出すことにあります。病害虫耐性、高収量、優れた食味、耐寒性など、複数の有益な特性をひとつの品種に統合することが可能になります。

1945年(昭和20年)、杉山彦三郎が選抜した「やぶきた」が、静岡県の激励品種に、1953年(昭和28年)に農林水産省の登録品種に指定されて以降、品種の選抜や交配による系統的な育種が、より科学的なアプローチのもと積極的に行われるようになりました。これが日本における近代的なお茶の品種開発の始まりとされています。「やぶきた」が日本のお茶産業において最も重要な品種となったことで、さらに品質や機能を向上させるための品種改良の重要性が高まりました。

品種開発の成果は1970年以降、次第に開花し、新しい品種が続々と育成されるようになりました。国、指定試験、府県、民間の育成品種を合わせると、現在では100種を超える品種があると言われています。

国の育成品種
かなやみどり、おくみどり、おくゆたか、さえみどり、そうふう、etc
指定試験の育成品種
さやまかおり、ふくみどり、はるもえぎ、ゆめわかば、ふくみどり、etc
府県の育成品種
あさのか、山の息吹、つゆひかり、おおいわせ、やえほ、etc
民間の育成品種
魔利支、藤かおり、さがらみどり、りょくふう、きら香、etc

国費により育成された茶品種が掲載された「茶品種ハンドブック」が農研機構のHPからダウンロードできます。
ご興味のある方は、こちらをご覧ください。https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/kind-pamph/078757.html

日本の茶業の振興を図っていくために、多様な品種の活用が求められています。飲み手側の消費者の皆さんも、品種茶に出会ったら、どんどん意見や感想を述べてていただき、作り手とともに品種の可能性を広めていきたいもの。「この品種は、こういう時に飲むと良い」「こんないれ方をしたら面白い」「こんなお菓子や食べ物とよく合う」など、品種茶には、まだまだ知られざる魅力が隠されていると思うのです。


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