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【生きづらさの解消】自己啓発をやり尽くした先に見えたモノ

こんにちは

はじめまして

「やまね」といいます

自己啓発に20代後半にハマり、そこから人生が狂い出した僕ですが

そんな僕がどうやって劣等感まみれの自分と向き合い「受容」していったか

その全てを書いていきたいと思います


【今回の記事はこんな人にオススメ】
・小さい頃から劣等感に悩んでいる
・自分が自分じゃないような感覚が拭えない
・めちゃくちゃ頑張ってるはずなのに人並み以下にしかなれない
・すごい人になりたい
・せめて普通になりたい


ではいきましょう



◆そもそもなぜ劣等感に悩むのか


そもそも論が好きなのでまず最初に書きますが

自己啓発に手を出す人って

「こんな自分じゃなければ●●になれるに」

という理想と現状のギャップに苦しんでるんですね

※●●は、「幸せ」だったり「人気者」だったり、そんな感じのワード

では、「こんな自分」とはどんなものか

「やる気のない」「緊張しい」「人見知り」
「愛想のない」「ネガティブ」「要領の悪い」
「性格の悪い」「自分のことばかり考える」

つまり、自分の中の『ネガティブ』な要素がなくなれば
「ポジティブ」な結果を享受出来る、と思っていて

さらに言えば、『ネガティブ』な要素がなくならないと
「ポジティブ」な結果が得られないと思っているんです

この気持ちは非常に、非常に、本当に痛い程よく分かります

僕もずっとそう思ってましたし、そうだと疑いませんでした

だからこそ、自分のネガティブな部分をなくそうと、自己啓発にのめり込んだのです


◆果たしてネガティブな要素は消せるのか


自慢じゃありませんが、僕は自己啓発に800万と7年という歳月を費やしました

心理学、哲学、ビジネスセミナー、キックボクシング、筋トレ、健康法、食事法、スピリチュアル、ナンパ塾

様々なことをやってきましたが

結局変わりませんでした

変わらないどころか

自己啓発に手を出してからメンタル、体調共に悪化しました
(メンタルは浮き沈みが激しくなり、自律神経失調症になりました)

自己変革に失敗するたびに

次こそは

次こそは絶対に成功してみせる

と意気込み、自分がなぜダメなのか原因を探し、仮説をたて、どうしたらそれが解消出来るか何度もテストしていました

ですが、自分の望むような結果は得られませんでした

おおよそ原因と思えることは全て試し尽くし、やる気も気力もほとほとなくなりました

相変わらずメンタルは浮き沈みが激しいし、体調も思わしくありません

本当に最悪の気分でした

元々あんまり落ち込むタイプではなかったんですが、かなり精神的に参っていました

なにせ自分を変えたくて始めた自己啓発なのに、気づけば多額の金銭を失い無駄に歳ばかりとったメンヘラ自律神経失調症の男性がそこにいたのですから

底辺の気持ちを散々味わった時、ようやく

「自分を変えよう」

から

「自分を受け入れよう」

という方向に意識が変わっていきました

これは潔くそうなったというよりは、諦めの入り混じった後ろ向きな自己受容という感じですね

(いや、本当は理想の自分になりたかったですよ?でも考える限りのことはやったしもう受け入れるしかないや、という感じだったんです)


◆あゝ素晴らしき自己受容


後ろ向きな気持ちから自分を受け入れるよう意識が変わっていったのですが

自己受容の効果は地味ながらも絶大なものでした

自己受容についてはそれ一本でnoteが書けそうなくらいボリュームが出そうなのでこのnoteでは詳細を省きますが

簡潔にいうと

「自分像の理想と現実のギャップ」が限りなく小さくなるので

自分に対するストレスがめちゃくちゃ小さくなります

(逆を言えば、自己否定感が強かったりする人は理想と現実にギャップがかなりあるということです)

そして、自分へのストレスが減ると他人へのストレスも激減します

これは、自分への見方をそのまま他人にも当てはめる傾向が強いから、だと思ってます

怠惰な自分を許せないでいつも頑張っている人は、他人の怠惰な姿も許せず否定したくなるというロジックですね


また、自己受容が進むと、対人恐怖もかなり減ります

僕が思う対人恐怖の大きな原因として

「見せてはいけない(と思ってる)自分の要素が多すぎる」

という点で、

例えば

「緊張する姿を他人には見せてはいけない」

という人がいたら、その人にとって他人と会うことはかなりの負担になってると思います

なぜなら誰もが大なり小なり緊張するものなのに、

その自然な感情を否定しているのですから

自然と出てくるものを無理して隠そうとしてる時点で自分に負荷がかかってる訳ですね

ちなみにこの時の受容の流れは
✖️緊張しない自分になる
○緊張したまま人と会う
です。

これを繰り返すことで、「あ、緊張したままでも人と会って良いんだ」
と思えるようになり、緊張すること自体に過剰反応しなくなって過度の緊張も減っていきます


◆自己受容の先に


最後に自己受容が進んだ先にあるものを書いていきましょう

それは

「自分の心とあまり向き合わなくなる」

です

これこそが最終的な『生きづらさの解消』だと僕は実感しました


「自分の心と向き合う」

これって物凄く良いことのように言われてますが、僕はデメリットもかなりあると思っていて

例えばうつ病の人が部屋にこもってずっと自分の心と向き合ったとします

その人のうつ病が緩和したり、完治すると思いますか?

・・・・・

イメージですが、おそらく大部分の人は
「なんか治らなそう」
と思ったのではないでしょうか?

もちろん心身共に疲弊していて休息が必要な状態は休んだ方がいいです

一人になって自分を見つめ直すことも必要でしょう

ですが、悩み多き人が自分の心を見つめて出てくることって、
基本的に「ネガティブ」なことなんですよ

しかも根拠に乏しい妄想に近いようなことまで延々と出てきます

これって経験者ならわかると思います

理屈じゃなく、

「自分の心と向き合い過ぎる」

という状況が既にネガティブだということです

なので、僕が思う生きやすさ獲得のプロセスとは

「自己受容することで自分の心と向き合い過ぎることをやめる」

だと思っています

つまり、

自分が否定してた部分をさっさと受け入れて、

自分の心なんかと向き合ってないで外に目を向けようぜ

という境地を目指すことが最終目的だと思っています


なんて自分はダメなんだ〜


と部屋に篭ってても何も変わらない所か余計しんどくなるので

あ、そうか、俺はダメなんだ。
じゃあそんなことで悩んでも意味ないし何かするか

と切り替えるんです

行動することも非常に大事です

行動することで自分の心と向き合い過ぎることも緩和しますし

なにより「行動=自己受容」に繋がるんですね

あ、おれはこんなダメなやつだけど行動出来るんだ

という事実が自分に自信を付けてくれます

「すごい自分になったら自信がつく」と思ってる人がいますが、僕は逆だと思ってて

『ダメな自分でも成果を出せた』

こっちのほうが現実的かつ誰でも自信を持てると思ってます

成果ってなによ?

って思うかもしれませんが

最悪の時の自分と比べて少しでも前進できたら全部「成果」だと思ってます

例えば女性経験がなくて引きこもり気味だった男性が

「週末服を買いに街に出かける」

これだけでも物凄い成果です

こんなこと誰でも出来るじゃん、じゃないんです

怠惰で現状維持が大好きで自分に自信なんてこれっぽっちもない人が行動出来たことが凄いんですよ

みんな基本ダメなんです

それをわかってないから、変にハードル上げて勝手に一人で苦しんでるんです


自分のダメさを受け入れられると、どんどん生きやすくなりますし、自分のことに思い悩むことが少なくなります

なぜなら、そもそもダメな人間なんだから、そんな自分を変えようだなんて思わないし、ダメな自分をどう活用して生きていくか、という風に思考も変わります

もうこうなると自分の心と向き合わなくなってることに気づきます

これこそが自己受容の先にある、生きやすい人生だと僕は確信しています。


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