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58秒の断片的な記憶、あまい板チョコの。

鬱になりかけていて、これはいつものやばい兆候だと気づいて、自分に幸せを与えることにした。
最近ハマってる板チョコアイス。ローソンまで自転車で走って、買った。夕方の七時前で、紫と橙色の空と風が気持ちよかったから、そのまま家に帰らずに古いバス停のベンチで食べた。
板チョコアイスはほぼ板チョコで、初めて食べた時は、なにこれ重っ!って感じだったな。板チョコが濃厚だから、一口が重い。でも板チョコもアイスもなめらかだから、最後まで美味しい。一本食べたら、もう当分これは食べないだろうなあと思える満足感が得られるが、数日経てば舌があの甘みを欲するようになる。恐ろしい永久機関を持つにも関わらず、シンプルなパッケージはかわいさがある。

バス停の近くにはお伽噺に出てきそうなちょっと燻んだ白塗りの豪邸が建っていて、私はこれを遠くから眺めるのが好きだ。あんな邸宅で育ったらどんな性格になるんだろうかと思う。住む家にこだわりは無いけど、住宅街を巡ってて(私は住宅街を走るのが趣味だ)、こんな家に住めたらなあと想像することはある。私はあまり、というかほとんど全く、家に人を招いたことが無いが、もう少し人に自慢できるような部屋なら一緒に友達と部屋でゲームとか出来たのになと思う。


気分が良くないときのために準備していたものがもう1つある。

バレンタインボイス2021  英リサ

いわゆる「推し」の、音声作品。
私は1、2年前から音声作品を聴くのが趣味になっていて、dlsiteなどにはお世話になっている。私がdlsiteで買う作品は、たいていその作品ごとに世界観があって、自分がそのヒロインの話し相手になっている、というような、シチュエーションボイスが多い。勿論、ブルアカやまいてつの音声作品みたいに、既存のキャラクターといちゃいちゃするようなボイスもあるが。

ただ、今回聴いたこのボイスはdlsiteで買うものとは違っていた。まず、58秒で500円というところで驚き桃の木だったのだけど、多分そこから違う。そもそもASMRなわけじゃないから、音それ自体を楽しむ用ではない。
体験を買っている、というのは便利な言葉だが、大雑把に言えばこれについてもそう言える。ただ少し違うのは、500円払って1分も無い音声を買った体験を買った、という話ではなく、「好きな相手からバレンタインチョコを貰う体験」を買った、というのがある程度正しい。

Vtuberは昔からそこそこ好きだ。それは私にとっての百合と似ている。配信者のVtuberとしての姿は、フィルターのようなもので、そのワンクッションがあるおかげで、厄介な人間関係のような現実のしがらみが稀薄になる。完全な生身の人間の姿じゃないからこそ、ハートが傷つく恐れがない。安心できる。逃げとしての、という話だ。

たまに中の人が見え隠れするが、強いロールプレイングをしているわけじゃない場合はそれもまた好きの1つになる。彼女たちにとっては仕事、営業であろうが、楽しんで、笑ってる姿は本物で、それを見たらもうなんでも良くなるのだ。
ガチ恋ではないので、箱で楽しそうに雑談しながらゲームをしている姿が見れたら十分。自分と目が合う必要はないという見方だ。


そんな推しと、2人きりになれる体験が、500円で出来る。
本当に58秒で500円だと思うか? そう書いてあるからそうであると、勘違いしていないか? そう、勘違いなのだ。私もボイスを聞くまでは、たった1分だけの作品だと思わされていた。
しかし、再生ボタンを押した58秒後の私の脳には、当然のように新しい記憶が付加されていた。英リサと出会ってから、2人で話して、デートして、ドーナツを食べて、帰り際にバレンタインチョコを貰った記憶が、確実に、いつでも思い出せるところにふわふわと浮かんでいた。

なるほどなあ、と唸らされ、椅子から立ち上がり、ベッドに横になる。今日のデート、意外と疲れたな、と思いながら目を瞑る。彼女の笑顔を思い出す。


過剰な自意識にふけり、全能で完全な無限の自分を夢見るので、有限で相対的なすべての“現実”が、自分にふさわしいものとは思えなくなってしまう。

小此木啓吾『モラトリアム人間の時代』

私たちの頭のどこかには常に妄想があり、それは現実とかけ離れた設定を持っている。にも関わらず、そうなることを夢見ているので、現実の「自己実現」がしょうもないことのように感じられてしまう。良い大学に受かるとか、そういうことがつまらなく思えてしまう。
妄想はすべて“ごっこ”であり、私は永遠にモラトリアムから抜け出せない。それが辛いかっていうと実はそうでもない、のだけれど。

好きなものがたくさんある状態に、なれればいいよね。死ぬのは怖くてずっと忘れられないけど、死んだような生き方でグラデーションみたく死んでいくよりかは、はっきりと色つけて生きれれば、別に死んだっていい、って、最近思ってる。

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