鈴木孔明

鈴木孔明

最近の記事

人間の値段

テレビを観る、という習慣がずいぶん前からまったくなくなった。だから今どんな番組を放映しているかも知らないのはもちろんのこと、テレビに関する情報を仕入れようとさえしていない。それで別に不自由することもなかったのだが今現在「少しはアンテナを延ばしておけばよかった…」と臍を噛んでいる。 なんでもNHKが『燕は戻ってこない』をドラマ化したらしいのだ。僕がそれを知った時にはすでに第一話の放映が済んだ後だった。『燕は戻ってこない』は言わずとしれた桐野夏生さんの小説である。僕は桐野夏生さん

    • 金沢散歩 His master's voice

      ヤバい…何にも楽しくねえ…。 金沢の地で僕は独り、途方に暮れていた。「金沢の観光スポットはどこなのよ」と検索すると真っ先に出てくるのが「21世紀美術館」である。その口コミを見てみれば「楽しかった!」「1日じゃ時間足りない!」「また来たい!」と絶賛の嵐となっている。自宅でスマホを弄っている時にその嵐に遭遇した僕は「そんなに楽しいのか…じゃあ僕も…」と胸をときめかせ、ノコノコと訪問するに至ったのだ。 思い起こせば幼稚園の頃である。みんなでお絵かきをする、という時間があった。画用

      • 「言語化のコツ」、教えます

        そんなもんはない。 ああ、私としたことがわずか8文字で終わってしまった。わざわざ文字数制限のないnoteで書いてるのにこれでは意味がない。「言語化のコツ」とやらを知りたい、と思って見てくれた人たちもいるかもしれない。ごめん。申し訳ない。でも、ないもんはない。ないんだからないと書く他にしょうがない。だって、そんなもんはないのだ。 だいたい、何かを上達したいと思う時に「コツ」なんてのを他人に求めるヤツがその何かに熟達することは絶対にない。 たとえばだが、将棋の藤井聡太さんや羽

        • 能登散歩 平凡な祈り

          金沢に到着して「ここが金沢だなあ」と中身のない感慨にふけること約15分、僕は慌ただしく金沢駅に向かい七尾線に飛び乗った。金沢観光も何もあったもんじゃない。着いたと思えば速攻でまた移動である。 折よくホームに停まっていた七尾行きの電車に飛び乗り、窓から代わり映えのしない景色をあくび混じりに1時間ほど眺めていると僕の乗った電車は七尾駅に到着した。ここからさらに能登鉄道に乗り換えてその終着駅、穴水まで行こうという魂胆だ。 ご存知の通り、能登半島は新年早々に震災に見舞われた。大きな

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          金沢散歩 人権の喪失

          東京からいなくなりたい。その一心で夜行バスの予約サイトを開き僕は「金沢」への往復バスを予約した。金沢を選んだ理由は特にない。単に値段が安かったからだ。往復でだいたい8000円くらいだっただろうか。ゴールデンウイークの始まる2週間ほど前でなおかつ平日、という夜行バスの一番安くなる時期にも関わらず金沢↔東京で8000円という値段は少し前に比べればずいぶん高くなったものだが、これは世の中の流れ的には致し方ない。 そういうわけで4月の半ば、僕は金沢までお出かけをしてきた。金沢という街

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          「紙芝居おじさん」問題解決への取り組み

          どこの世界にも厄介なヤツというのはいるもので、そいつがいるせいで周りのみんなは困り果てているというのに当の厄介者は周りの困り顔など素知らぬ顔で元気に楽しくやっていたりする。悲しい話である。ぜひともその厄介者を撲滅したいわけだが法治国家である日本で暴力など行使してしまえば官憲によってお縄にかかることだってある。だから人民は暴力を伴わない穏便な方法や陰湿な作戦を用いて厄介者を追放しようと試みるがそうそううまくいくことはない。厄介者が「ここでどんな社会活動をしようとわたしの自由です

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          金沢に行きたい

          わたしはほんの僅かな例外を除きヒト科ヒト目ヒトという生物が嫌いである。コイツラはだいたいみんな悪い奴らで悪いことばかりを企んでいて、その有り余る悪意をもってわたしに意地悪ばかりする。そうしてわたしがメソメソするのを見てゲラゲラ爆笑したりする。もうヒトなんて嫌だ。たくさんだ。誰も信用できない。だが、そんなヒトの群れの中で生きていかなくてはならない、という悲劇的な宿命を背負ってわたしもまるでヒトのように生きているわけで、これはとても悲しいことだと思う。 ということで、今年もプチ失

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          特別な日

          毎年毎年やってくる誕生日がここ数年はあまりうれしくない。うれしくない、どころか「また無駄に齢を重ねてしまったのか…」と気分が沈むようにもなってきた。子どもの頃は30代の後半ともなればそれなりに大人びた人間になっているものだと思っていた。実際にその30代の後半になってみるとなんのことはない、図体こそ多少は大人びてるにしてもその内面は相も変わらず幼稚なままだ。そんな子ども大人が社会の底辺で人に嗤われながらかろうじて生きている、それが現状である。幼い頃の僕が今の僕を見たら何を思うの

          東京散歩 学問と性の街

          「売上のことも考えましたし、よく来てくださるお客様から『よそのお店に行っちゃうよ』みたいなことも言われたりしてて、それで…」 ずいぶん昔に観た、風営法違反で起訴されていた女性が裁判で話していた。彼女はバーの経営者。だが、客に隣に座って接客するよう求められそれに応じてしまったことで起訴までされる羽目になってしまっていた。他にもいくつもルール違反をしていたがそこは割愛しておく。 この裁判時は例の流行り病なんかもあって飲食店には厳しい時節だった。背に腹は代えられず…という事情も

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          埼玉散歩 新しい日

          常磐線で新松戸まで行って武蔵野線の府中本町行きに乗り換えて…と僕はスマホを凝視しながらブツブツ独り言を呟いていた。行く先は「西浦和」という駅だ。東浦和、武蔵浦和、なんとか浦和など、もはや乗り間違えを誘発するための罠としか思えない似かよった駅名がズラリと並ぶ中をピンポイントで「西浦和」に到着しなくてはいけない。僕には至難の業である。ただでさえ武蔵野線はどっち方面に乗ればどこに行けるかがわかりにくすぎる路線である。「そんなことはないよ」と人は言うかもしれないが、僕にとってはそうな

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          遠足の思い出

          小学校の時の「遠足」の記憶というのが僕にはあまりない。いや、もちろんないわけではない。帰り道にクラスメイトの月島くんが道路脇の用水路に落っこちただとか、遠足に行った先でテンションが上がりすぎた荒川くんが何かをしでかして先生に引っぱたかれていただとか、「お弁当にトマトが入っている!!」と橋本さんがブチ切れていただとか、そういう脇の記憶はやたらと鮮明に覚えているのだが肝心の「どこに行って何をしたか」が全然思い出せないのだ。遠足の前日、遠足のしおりとにらめっこをして入念に持ち物をチ

          遠足の思い出

          嫌な買い物

          何屋なのかは誰も知らないが、変なメガネをかけて「俺は何でも知っている」みたいな風で世の中の物事をいろいろ語る人がSNS上で炎上していると聞いた。そいつの発する言葉はおおよそありきたりの新自由主義(といえばまだ聞こえはいいがただの優生思想)であって、なんなら百年以上前からある古びた言説であり聞く価値などこれっぽっちもないのだが、どういうわけか一部のメディアではそのヘンテコメガネは重用されている。彼を支持すると表明するだけでも「私は救いがたいバカです」と大声で叫んでいるのに等しい

          嫌な買い物

          牛丼に紅生姜を大量に載せる私たちの生き様

          今日も今日とて、チェーンの牛丼屋にお昼ご飯を食べに行く。 貧民たる私は出先の昼食に500円以上かけることはできないので必然的にお昼のメニューは限定されてしまう。松屋の牛丼、富士そばのかけ、日高屋の中華そば、ほぼこの三種のローテーションだ。激安スーパーが近くにあり、なおかつ弁当ガラを捨てるところさえあればそこのお弁当も候補にあがる。どれを選択するかは場所によるが、上記の4つがない場所に行っても「500円以内」というルールだけは変わることがない。 以前はもっと劣悪な食生活をしてい

          牛丼に紅生姜を大量に載せる私たちの生き様

          東京散歩 太く短く

          もうずいぶん昔のこと、僕が小学生の頃の話だ。小学校も高学年になり、一丁前にクラスの女子の動向を気にするなど色気づいた行動をするようになった僕には1つの悩みがあった。 なんでオイラはこんなパッとしない感じの顔立ちなのだろう、という悩みだ。 鏡を見れば何の変哲もないガキがそこに映っている。なんだか平凡な目、低い鼻、あんまり歯並びの良くない口…数えあげればいくらでも自分の顔の欠点は指摘できた。中でもとりわけ嫌いだったのが目である。僕の目は一重まぶたでそのドロンとした目つきはいかにも

          東京散歩 太く短く

          東京散歩 花びら大回転

          けっこう前の話になるが、岸田総理が取り巻きたちをゾロゾロ引き連れてスーパーを視察、「たしかに値段が上がっている」と深刻そうな顔で所感を述べるという出来事があった。その言葉を受けて大衆が「岸田総理がオイラたちの苦労を共有してくださったぞ!!」と狂喜乱舞したかと言えば別にそんなことはなかった。みんなひたすら白けていた。呆れていた。岸田総理は見た目、なんだか誠実そうに見える人だしスーパーでも真面目そうな顔でなんやかやをお店の人に質問したりしていた。問題意識を持っていることはひしひし

          東京散歩 花びら大回転

          大阪に行きたい

          大阪に行きたい。 ここ最近、僕はこれだけを願って日々を過ごしている。 大阪は母の実家がある関係上、何度も行ったことがある。それ以外にも幾度となく遊びに行ったこともあるし、対して地理関係も詳しくないくせに「第2の地元」みたいなふやけた感覚さえ抱いている。今になって急に「大阪に行きたい」なんて切望するような場所ではないはずなのだ。 しかし僕は大阪に行きたくて仕方がなくなっている。 なにも今日明日、いきなり大阪に行きたいというわけではないのだ。来年、もっと言えば来年の4月13日以

          大阪に行きたい