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個性とか魅力とかSF

 「意外と自分の個性とか魅力とかは自分から見えないよね」って話をしようとしたけれど、個性とか魅力とかを発露できる土俵にそもそも立てているのかという疑問がむくむくと湧き始める午後八時過ぎ。私ってどうなんだろう。

 自分のパラメータの尖ったところが作品にもたらす良さとか悪さとかを私たちはまず書いてみないと(本を開いてみないと)分からないんだから、「だから」自分を知りたいっていうならちゃんと書かないといけないなぁと思う。「自分にSFの土壌が合っているかどうか」とか。

 自信がない。ちょっとだけ「ココナラ」で有料の相談を受けてみようかなと思うくらいには。

 SFを書きたいなあと思い、私のメインプラットフォーム「カクヨム」のSFランキングを見た。ら、実質「異世界ファンタジー」だったりして、SFとは何だろうと考えることしきり。SFってなんでしょう。
 なぜ今SFなのかというと、「共感」で勝負することとちょっと距離を置こうと思ったからなのだった。また、追いかけ始めた作家さんがSFの人だったから、という個人的理由もある。

 ロボットが出てくるからといってSFにはならないし、怪獣が出てくるからといってSFにはならないと思っている。だからスーパーコンピュータが管理するゲームを舞台にしたからといってSFと呼びたくない私の感情を分かってほしい。それは(特にトリックがないのであれば)人間ドラマかファンタジーだと思う。

 じゃあ私が私のために(目標として)定義した(い)SFとは何なのかと言えば、サイエンス現代科学の延長にあり、かつ人間の根本に問いかける重たさを孕むものだ。

 何を言っているかさっぱりわからない。

 わからないひとはケン・リュウの『もののあはれ』所収「円弧Ark」を読んで欲しい。ああいうのを書きたいと思っている。全然届かないけど。

 発想力に乏しい自分のことを良く知っているから、センスオブワンダーを掲げるSFの業界でやっていけるかどうか、配偶者からは「向いてない」に似たような言葉をちょくちょく掛けられる。でも書いてみたいのだ。宇宙とか最先端技術の果てにある人間の業とかを。多分その想像力はSFを超えて純文学に届くと思う。私はエンタメでないものを書いてみたい。




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