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趣味のデータ分析017_資産所得倍増⑨_ウォールストリートの愚か者

前回前々回と、家計金融資産について、世帯属性に応じてどのような偏りがあるのか、ということについて、家計構造調査から、とりあえず事実を確認してきた。今回は、そこで得られた事実を念頭に、直近のネタを拾いつつ、今後の分析に当たっての仮説を立てたいと思う。

今度はニューヨークで訳分からんこと言い出した

さて、今回のタイトルにある「資産所得倍増」というのは、ロンドンで岸田首相、の(自称)参謀的な人が勝手に作り出した概念であると以前言及した。で、先日これについて岸田御大、今度はニューヨークの証券取引所(@ウォールストリート)で発言をした。具体的に確認しよう。太字は筆者によるものである(以下同)。

 第1に、「人への投資」だ。
 デジタル化・グリーン化は経済を大きく変えた。これから、大きな付加価値を生み出す源泉となるのは、有形資産ではなく無形資産。中でも、人的資本だ。(中略)
 第4に、資産所得倍増プランだ。
 日本には、2,000兆円の個人金融資産がある。現状、その1割しか株式投資に回っていない。資産所得を倍増し、老後のための長期的な資産形成を可能にするためには、個人向け少額投資非課税制度の恒久化が必須だ。

ニューヨーク証券取引所における岸田内閣総理大臣スピーチ(2022年9月22日)

「第一に~」の部分は前フリなので一旦無視いただきたい。で、「資産所得を倍増し」というのが実際空言である、つまり資産所得倍増プランとは資産所得を倍増させるわけではないことは004でも述べたが、ポイントは「老後のための長期的な資産形成を可能にするために」という部分だ。
資産所得倍増プランの初出である、ロンドン証券取引所での発言を見てみよう。ちょっと長いがご容赦いただきたい。

次に、ストック面での人への投資については、職業訓練、学び直し、生涯教育などへの投資が重要です。(中略)
 そして、もう一つ重要なストック面での人への投資が、「貯蓄から投資」です。我が国個人の金融資産は2,000兆円と言われていますが、その半分以上が預金・現金で保有されています。この結果、この20年間で米国では家計金融資産が3倍、英国では2.3倍になったのに、我が国においては1.4倍にしかなっていません。ここに日本の大きなポテンシャルがあります。
 私は、貯蓄から投資へのシフトを大胆・抜本的に進め、投資による資産所得倍増を実現いたします。そのために、NISAの抜本的拡充や、国民の預貯金を資産運用に誘導する新たな仕組みの創設など、政策を総動員して「資産所得倍増プラン」を進めていきます。

ギルドホールにおける岸田首相基調講演(2022年5月5日)

「老後のため」云々は、ロンドンのときには一切触れられていない。じゃあなんのための資産所得倍増なのかというと、はっきりとはわからないが、「ストック面での人への投資」の文脈で位置づけられている。「貯蓄から投資へ」や「資産所得倍増プラン」は、少なくとも2022年5月5日時点では、「人への投資」の話だったのだ。
ただ残念ながら、「貯蓄から投資へ」が「ストック面での人への投資」のため、というのは、かなり意味不明である(少なくとも私には理解できない)。そのため、当然国会でも色々ツッコミが入っているところ、これに対して岸田さんご自身で下記の通りご回答なされております。

そして、御指摘いただきました資産所得倍増でありますが、これは資産倍増ではなくして資産所得倍増というところが一つのポイントであります。国民の所得を増やして、そして可処分所得を増やして、そしてそれを消費に回すためには、所得そのものを上げること、もちろん大事でありますが、金融資産、二千兆円の金融資産のうち一千兆円の預貯金、これを活用することによって可処分所得を増やす、こうした手だても併せて行うことによってこうした消費を喚起し、そして次の成長につなげる、こうした循環ができると考え、その様々な用意した政策の一つとして資産所得倍増ということも用意した、こうした次第であります。

2022年6月13日参議院決算委員会答弁

これも何言ってるのかよく分からないが、どう読んでもこの時点で資産所得倍増プランに老後のための資産形成という目的は入っていない、ということは分かる。「日本の家計資産のうち1,000兆円が現預金であることは、日本の大きなポテンシャル」というロンドン発言を踏まえると、(経路はよく分からないが、)投資とそれに対する配当による(?)、消費喚起を含むマクロな経済成長(とその果実の家計への還元)のための政策である、と解釈するのが自然であろう。

翻ってニューヨーク講演では、まず「人への投資」と「資産所得倍増プラン」が全く別項目として扱われている(人への投資は「第1」、資産所得倍増は「第4」)。ロンドンでは後者は前者の一部だったが、いつの間にか分離独立したらしい。そして同じくいつの間にか、資産所得倍増プランの目的が、「老後のための長期的な資産形成を可能にするため」と設定されている。
要するに、ロンドンからニューヨークの間に、資産所得倍増プランの目的自体が完全にすり替わっているのだ。

というより、9月12日に公表された金融庁の審議会でも、9月26日の鈴木金融相の発言でも、「老後のため」ではなく、「経済成長の成果の家計への還元促進」や「持続的な経済成長の恩恵が家計にも及ぶ好循環をつくる」ため、とされている。
ポイントはこれらの日程が岸田総理のニューヨーク公演を挟んだ日程であるということだ。仮に同一人物が、金融庁の審議会、ニューヨークでの首相講演原稿、そして金融担当大臣の発言のすべての文章を作成していたとしたら、狂人としか思えない。ニューヨーク以外での発言が(一応)一貫しているっぽいことを鑑みれば、ニューヨークの発言を考えたやつが、過去の平仄を考えてない愚か者である、というのが最もしっくり来る推測かと思うのだが、いかがだろうか。

まあ、最終的にどちらの理屈付けが生き残るかわからないが、いずれにせよ、きちんとしたデータと論理に基づいた政策決定をお願いしたいところである。(ちなみに私は両方生き残る説を推します。)

2,000万円問題再び?

「老後のために」という理屈付については、もう一つ問題があると思っている。ご記憶にある方も多いだろうが、以前「老後2,000万円問題」というのがあった。金融庁の審議会が出した割と軽率な分析と、世間の短絡的な受け止めのせいで(※個人的意見)炎上した事件?である。こういうこともあったので、個人的に「老後のための投資」というのは政治的にいかにも食い合わせが良くないと思っている。少なくとも世間的な顰蹙を買ったのは事実。

そして、資産所得倍増プランが、数字的には完全に無味乾燥な標語であり、さらにその政策目的自体ブレブレで平仄も取れておらず、最終的な着地点が、世の中的にそれなりに顰蹙を買った「老後の資産形成のための投資」であるというのは、2,000万円問題に並ぶ相当な筋悪案件である、と感じるのは私だけだろうか。
そして挙げ句に出てきたのが、「NISA恒久化」という「それほどたいそうなものでもない」政策だけである。まあおっしゃるとおり、(金融庁的には重要施策なのかもしれないが)一般大衆に向けたアピール力はいまいち弱いと思う。直接アピールできるのは、証券会社くらいだろう。

ちなみに個人的には、「貯蓄から投資」というのも、「老後の資産形成のための投資」というのも全く反対するつもりはない。老後2,000万円問題も、何が問題だったのか、よく分かっていない側の人間である。さらに、「貯蓄から投資へ」が、マクロな経済成長のため、というよりは、「老後のための長期的な資産形成」のためという方が、政策としての筋は通っていると思う。
株式投資だろうが銀行預金だろうが、ごく初歩的なマクロ経済学の範疇なら、GDPに与える影響は等価であるはず(Y = I + C として、どちらも I に含まれる)で、そうでない、というには波及経路とかの説明が難しすぎる(というか私はデータに基づいて説明することが出来ない)。老後のため、という方がよほどシンプルでわかりやすい。今回論点として取り上げたのは、端的に平仄とネーミングセンスの問題について感心(嘆息)したからである。

まとめ…というか仮説設定

仮説設定してねえ。急いで考えよう。
とりあえず岸田ニューヨーク説に乗っかり、「老後のための資産形成」というラインで考えると、「実際にいくら必要なのか」「現在不足している人(高齢者)は、どのような世帯でどれくらいいるのか」「これから不足しそうな人(非高齢者)は、どのような世帯でどれくらいいるのか」「不足分は資産運用で賄えるのか」というところは検証の余地があると思う。3つ目はちょっと難しいかな。3つ目出来ないと4つ目も出来ないか。
次に従来説、「マクロ経済成長のための資産形成」とすると…これそもそもロジックよく分かんねえんだよな…まーちょっと意地悪な推測はしているので、それの検証でもしたいと思う。

あと別途考えたいと思っているのが、家計金融資産の話をするといつも出てくる「2,000兆円の金融資産のうち、現預金1,000兆円は資産配分として偏りすぎ」という話。実際国際比較すると現預金比率が高いんだけど(図1)、じゃあ実際どれくらい投資したら他国並みになるんだよ、というのは分からないというか、「みんながあと500兆円株式買えばアメリカ並みです」とか言われても困る。500兆ってことは、日本国民一人頭500万円なんだけど、私ソモソモ300万円モ貯金ナイヨー。
そのへん、もうちょっと地に足付いた議論をしたい。

図1:各国家計金融資産構成比

というわけで、無理やり図も1個ねじ込んだところで、このあたりにしておこう。長々書いた割に一切分析的内容がない。。。次回はちゃんと分析します。。。

補論:図1についての補足

図1は家計金融資産の構成比を各国比較したもので、ソースはOECDである…が、これは諸般の事情で時間がなかったが故の窮余の策と思っていただきたい。
OECDとかの国際機関によるデータは参考になるときもあるが、例えば時系列の絶対価格を見ると、PPPドルベースとかに変換されていて、ここ以外に見たことない数字感とかになっていたりする。この操作は、特定の年について国際比較をするなら必要だが、時間軸の中での比較だと?という感じになることもある。また今回のように、フランスの年金資産がゼロとか、オーストラリアは生命保険がないとか、定義がメチャクチャなのを無理やり一つに押し込めているパターンもある(ちなみに韓国の2005年以前のデータは純粋に欠損である)。

もちろんOECD含め国際機関の統計スタッフの尽力には頭が下がる思いだが、下手に手を出すと、その定義なんやねんとか比較対象になってへんやろとか、まあシッチャカメッチャカな分析になるのは間違いないのである。

各国の家計金融資産データの横比較については、本来は各国の資金循環統計から掘り起こして比較するのが正しいし、それ自体は日銀ですでに実施している。本当はこれを時系列で並べたかったんだけど、まあ時間なかったんす。スイマセン。どっかでちゃんとはお示しする所存です。


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