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「読書感想文」 古都

昭和三十七年六月、新潮社より刊行された、川端康成の作品である。

捨子ではあったが京の商家の一人娘として美しく成長した千重子は、 祇園祭の夜、自分に瓜二つの村娘苗子に出逢い、胸が騒いだ。 二人はふたごだった。互いにひかれあい、 懐かしみあいながらも永すぎた環境の違いから一緒には暮すことができない・・・。
古都の深い面影、 移ろう四季の景物の中に由緒ある史蹟のかずかずを織り込み、流麗な筆致で描く美しい長編小説。

本書 うらすじ より

ノーベル文学賞受賞の、対象作ともなったという。京ことばと、日本文学の語りに、目やリズムに慣れていくまで時間を費やした。

川端康成といえば「伊豆の踊子」「雪国」、という知識としての情報はありながら、実際手に取って読んだこともなく。有名な日本を代表する文学作家の一人、の作品とはいかに、など、恥ずかしながら知らずにいた。

「犬とハモニカ」(江國香織著)に、『川端康成文学賞』受賞とあったものをきっかけに、ふと興味がわいた。「古都」。

舞台は京都。花見、葵祭、祇園会、大文字、などの年中行事が描かれ、京の都の華やかで風情ある情景が、賑やかに豊かに広がる。「古都」というくらいなのだから、古い京の街並みにも、もちろん風情を感じるのだが、それよりもなにより、この作品に描かれる「木々の美しさ」は格別だ。
そして、その木々の下での人間模様も。


千重子が、幼なじみで美男子の真一さんと、しだれ紅の桜を見ながら話すシーンがある。
二人の、絶妙に噛み合わないやりとり。真一の思いとは裏腹に、千重子の抱える悩みは重い。

「なぞみたいなことばっかり言うて。」と、真一は軽く笑おうとする声が、少しふるえて、勾欄に胸を乗り出すと、千重子の顔をのぞこうとした。「なぞの捨子の顔が見たいな。」

本書 「春の花」より


また植物園の楠の並木も見事だ。若葉の頃。
西陣の機織りの秀男に、八重子は話こまれ、ときどきうなずいて。若葉が縁取る二人、秀男の不器用な優しさを思う。

そして、北山杉。

清滝川の岸に、急な山が迫って来る。やがて美しい杉林がながめられる。じつに真直ぐにそろって立った杉で、人の心こめた手入れが、一目でわかる。銘木の北山丸太は、この村でしか出来ない。

本書「北山杉」より

植物園の楠の並木よりも、高雄のもみじの若葉よりも、千重子はこの北山杉が見たかった。そこで出会う、苗子という双子の妹。

昭和初期くらいまで、ふたごを「忌み子」とされ、死産、または捨て子、片方を〝捨て子養子〟に出すという風習が残っていた世の中であった。

捨て子に出された八重子。
山奥で奉公をする苗子。
出会った2人は、北山杉の中で忍んで親密に姉妹の時を過ごす。

永く時を経てもなお、通う同じ血がそうさせるのか。愛おしい時間が、静かに、濃い霧のように、雨粒が滴るように流れる。

「山の村には、ときどき、こんな淡雪がきて、働いてる、あたしらも気がつかんうちに、杉の葉のうわべが、花みたいに白うなって、冬枯れの木の、それはそれは細い細い枝のさきまで、白うなることが、おすさかい。」と苗子はいった。「きれいどっせ。」

本書「冬の花」より

手入れされ真直ぐな杉。
しっかりと力強い赤松。

寒い朝のラストシーンは、
まるで切なく、
映画を観るようだった。
それは、エンドロールまで席を立つ気にならない、余韻に浸りたい、静かな感動だった。



本を閉じ、目を閉じ、川端康成という人は、やっぱり素晴らしい人だ…と素直に思う。


あとがきには、作者が「眠り薬」漬けであったことが記されていた。この作品を書き上げると、薬漬けから回復するため、入院していた病室の川端のもとへ、1枚の絵が届けられたという。

東山魁夷 「冬の花」


京都を、歩いてみたい。

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