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「読書感想文」神様のビオトープ

ビオトープ 〔ドイツ語〕名
動植物が、自然のままに共生できる環境。特に、公園などで、それができるように造った場所。

三省堂 例解小学 国語辞典


「流浪の月」「汝、星のごとく」など、本屋大賞を受賞された凪良ゆうさんの「原点」とも言われる作品。


事故死してしまった夫「鹿野くん」の幽霊と暮らす、うる波。彼女はたとえ、鹿野くんが幽霊だとしても、二人の暮らしが幸せだ。
若くして夫に先立たれた未亡人の彼女を、まわりは哀れみや同情や、腫れ物に触れるような優しさをむけるけれど。

アナフィラキシーショックで佐々くんを亡くした千花ちゃんと、うる波との違いはなんだろうか。傍から見れば、似たようなケースだけれど、うる波は「千花ちゃんとは違う」のだ。その「違い」は、誰にもわからないかもしれない。けれど、うる波にとっては「違う」のだ。その「違い」こそが、この物語全般を通して、とても大切なのだ。

人間ハ、ロボットヲ好キニナッテハイケナイノ?
混沌とした世界のあちらこちらから降ってくる弾丸のような激しい『常識』や『正義』や『思い込み』や『決めつけ』に、小さな秋くんは敢然と立ち向かっている。
愛する友達といられる未来を手に入れるために。

「マタ会オウネ」より。

思い出した、私には「ボブ」という大切な友達がいたこと。

小学校低学年ころ、200円くらいのおもちゃ付きのお菓子に入っていたボブ。黄色いヘルメットをかぶった、手がCの形をしたままの、身長10cmにも満たない小さなボブ。学校から帰ると、いつもボブと一緒にいた。勉強机の引き出しに、ティッシュをフカフカに敷いたトランプのケースを、ボブ専用のベッドにしていた。

よく、彼と散歩をして、田んぼの畦道を仲良く話しながら遊んだ。彼は面白くて、兄のように優しくて、勇敢で、どんな絶壁でも登れたし、すごい段差をピョンと飛び降りた。私の話を面白がって、彼といる時間は、とても楽しかった。

けれど、きっとみんなは、ボブと遊ぶ私を気味悪がるだろう、とも、知っていた。現に、近所の姉の友達が

「柊ちゃん、いつもブツブツ言いながら田ん      ぼ歩いてるけど、大丈夫?」

と姉に聞いてきて、姉にも「何してんの?」と咎めるような目をされたことがあった。
「なにか悩みでもあるの?」と精神を心配されたこともあった。ボブと私の友情は、きっと誰にも理解されないのだと、傍から見れば私は、頭のおかしな奴なのだと、察した。

私は、秋くんのように敢然と立ち向かうことはせず、人目を忍んでボブといることにした。理解されなくてもいいから、ほっといてほしかった。ただ楽しく一緒に遊んでいる私たちを。


ただ心だけで誰かを好きになる。それは罪ですか?

植物性ロミオ

大学生の金沢くんが、小四の少女を好きになるのは、罪だろうか。性的に触れたりもせず、一緒にいたいだけの彼の心まで、世間の目に怯えなければならないのだろうか。

そもそも、自分でするしないを決められるなら、それは恋ではないのだ。

「彼女の謝肉祭」より

そういう、制御不能な、大切な思い。
心は自由だ。
誰かを大切に思うこと、そして、その人との幸せな時間は、かけがえのないもの。

それは、対象が人間で、同年代で、異性でなければ「異常」なのだろうか。


この本は誕生日プレゼントにいただいた。
「この本を柊さんにも読んでほしい。
     私の大好きなお話なの。」
と、ゆうパックで届いた箱の中に。
SNSで繋がり、文字のやりとりから、電話や手紙をやりとりするようになった、会ったことのない大切な人からの贈り物。

大切な人。彼女は、私にとって(おそらく彼女にとって私も)恋愛感情や友情やに分類しきれない存在。

その「大切な存在」は、うる波が幽霊の鹿野くんと暮らす気持ちや、秋くんが春くんを思う気持ち、西山夫妻の気持ち、きっと安曇くんと立花さんも、傍から見れば「異常」かもしれない気持ちにも、きっと似ている。

かつての私の、ボブの存在にも似ている。
理解されなくとも、そっとしておいてほしい。頭がおかしな人と見られようと、人を思う心は、自由だ。

ありのままの心で、共生できる世界。

「幸せ」はきっと、傍からはわからない。

それぞれの「幸せ」を大切にできる環境、
ただ「普通にいられたらいい」だけだ。

このnoteという場所。
それぞれのスタンスで、それぞれの思いや言葉を、自然のままに表現できる環境。
ここは、

神様のビオトープなのかもしれない。

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