見出し画像

BURBERRYの香り、捨て猫

「束縛」がキライ。

それを思い知ったのは、星野くんと付き合ったからだった。

競馬の騎手養成学校から逃げ出してきたという彼は、48kgに満たない小柄な人だった。
逃げ出して、ホストになって、鋭い目付きなのに、話す言葉は柔らかで、なのにふと影る眼差しがまるで捨て猫みたいだった。

「柊ちゃん、僕と一緒にいようよ。
   僕は絶対に君を寂しくさせない。」

私は当時、会えない彼と付き合っていて、会う時にはサングラスをして、生活圏を離れる必要があった。

誠実で大人な彼を、私は少し背伸びをして、会えるまで大人しくしていたけれど、恋人同士みたいな気は全然しなかった。

星野くんからはことあるごとに連絡がきて、人懐っこく、優しい言葉をかけてくれる。
元ホストだもの、ね。

私はそんなのには、なびかない。

ちゃんとそう思って接していたけれど、ある時、その星野くんが泣いた。
星野くんの家庭は複雑で、お母さんしかいなくて、お母さんもいたりいなかったりしていたのはなんとなく分かっていたけれど。

「そうなんだね、おつかれさま」

普通にその日の話を聞いて、そう言っただけだったのに、星野くんは泣いていた。

「柊ちゃんがそばにいてくれないとダメだ」 

私はそんなのには、なびかない。
って言いはっていたのに、捨て猫みたいに泣く星野くんが放っておけなくなって、付き合っていた年上の彼と別れ、星野くんの助手席に収まってしまった。

「柊ちゃんを幸せにする」

それからすぐに星野くんは、スーツを着て就職をして、いけ好かない上司にも従って、サラリーマンになった。仕事終わりにはちゃんと連絡がきて、会える時間があれば会って、交際は順調で、こと星野くんはとても幸せそうだった。とにかくまめな人だった。
誕生日には、BURBERRYのウィークエンドをプレゼントしてくれた。いろんな匂いを嗅いで、気分が悪くなりそうになりながら選んでくれた、私に1番似合う香り。

「柊ちゃん、一緒に暮らそう」

裸んぼうで気怠げな私を撫でながら、彼はいつもそう言った。二十歳にもなっていない私と、サラリーマンになったばかりの、スーツに着られているような彼だった。

「おはよう」も
「おやすみ」も
「おつかれさま」も
「好きだよ」も

私が発する言葉に彼は、本当に嬉しそうな顔をして、泣いているみたいに笑っていた。

小さな子どもが後追いをするように、
星野くんは私を追うようになって。

「一緒に暮らそう」

ギュッとする腕は、何かをしがめるように、日に日にその力は強くなって、私は心細さをごまかすみたいに頭を撫でた。

「ずっと一緒にいたい」
「結婚しよう」
「子どもは二人がいいな」
「犬も飼いたいな」
「柊ちゃんを一生幸せにするから」

1つの布団にくるまって、楽しそうに語る星野くんにはきっと、見えていたんだと思う二人の未来は、同じ天井を見上げてみても、私には豆電球のオレンジ色しか見えていなかった。

彼には「愛情」だった。

歯型も爪痕も。
何十件もの着信履歴も。
ウィークエンドの香りも。

私には「束縛」だった。

豆電球しか見えなくて、携帯の電源を切って、傷は痛くて、ウィークエンドは似合わなかった。

「ごめんね」


茶トラの猫が道端で毛繕いをしていた。
こちらに気がついて少し目が合って、「ニァ」と小さく一鳴きしたあと、ぷいと向こうへ行ってしまった。

捨て猫は、私だったのかな。

「束縛」はキライ。







この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?