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事務屋をやりたい人へ

あざらしが新卒採用担当をやっていたとき、学生から圧倒的に人気があった仕事は事務職であった。

それは、あざらしがいた会社が人を選ぶプログラマーや営業職、小売店舗運営などの仕事をメインの募集職種としていたからなのかもしれないけど。
経理、総務、人事といったバックオフィスは、そう謳うだけで応募者が驚くほど増えた。

なぜだろう?「事務職なら自分でもできる」と思ってるんだろうか?
簡単そうに見える仕事なのか?

10年以上事務職をやっているあざらしが実際に見てきた、事務職とはどんな仕事なのか、何が大変なのか、をつらつら書きたいと思った。
直近でやったのが給与計算の仕事だったので、例とする内容は給与のことで書いている。

事務屋ってこんな仕事だけど、本当にできますか?

制限時間は絶対。期日を守ることが全て

事務職とはどんな仕事かというと、会社としてやらなければならない、法律などで決まっていることを、期限より前に処理することである。

そして、全ての仕事には制限時間があり、その仕事を終わらせられなかったら、その会社は反社会的企業のレッテルを貼られる。

そりゃそうだよね。15日に給料が支払われる会社だったとして、人事がしれっとあなたに「仕事が終わらなかったから給料払えませんでした。明日でいいですか」なんて言ってきたら、そんな会社辞めるでしょ。

仕事には、何とかなることとどうにもならないことがある。
営業が期日を守らなかった場合、万に一つは先方の会社が優しくて、数日は待ってもらえることもあるかもしれない。
でもバックオフィスの仕事は、制限時間は絶対だ。仕事が終わらなそうなら徹夜してでも仕上げないといけない。
できなければ、自分や他の従業員全員が働く場所を失うからだ。

この仕事のことを、多くの人は「やることがマニュアル化されていて、その通りに処理すればよい、考えなくてよい仕事」と勘違いする。

マニュアル化されている会社はどれほどあるんだろうか?
されていない会社はどのように回しているかというと、スーパーマンやスーパーアルバイトが頭の中にあるマニュアルで回しているのだ。

あえてマニュアル化しない理由に「社内ルールがちょくちょく変わる」会社だからというのがある。せっかく苦心してマニュアルを作ったのに、翌月に全く役に立たなくなることもザラにある。

そんな中で事務をする正社員は「その日までに何をして、どのようになっていれば完了か」を知っていなければならない。完了した状態を理解できてなかったら、作業工数を逆算することもできない。
何より、いつ帰っていいかわからないのだから。

事務をしなくすることが事務職の仕事

仕事を間に合わせるためには、2つの方法が考えられる。

①仕事の作業速度を上げる
②仕事の数を減らす

このうち①は、必ずどこかで限界が来る。
ただ一つのことをひたすらやり続ける、他のことなんかしなくてもいい、というのであれば効果があるだろう。
だけど事務職は、絶対に他人によって手を止めさせられる。
電話なんてひっきりなしにかかってくるし、他の部署の人、特に社長とか役員みたいな幹部級が平気でやってくる
いくら作業速度を上げても、半日も手を止めさせられたらなんにも意味がない。

なので事務職に求められるのは、②だ。
やらなくていいことを見つけて徹底的にやめる
すなわち、事務をしなくてよくすることが事務職に一番求められる。

会社の規模が大きくなれば、作業の量も指数関数的に増える。増えた分を代わりになくしていかなければ、週5の8時間勤務ではとても終わらない仕事量になってしまう。

1つの作業が1分で終わるとして、100人分やるとしたら100分。1000人いたら1000分、16時間以上だ。なんと2日かかっても終わらない計算になる。
作業速度を倍にしても1日はその作業にかかりっきりになる。
これも、その1日の間に一度も質問や電話が来なければの話だ。
その作業をすることをやめたら、2日分以上の時間が空くということだ。

ヒマそうにしている事務部門があったら、そこは優秀だ。
どんな仕事も即断即決、余計なことを削りに削って、変化に対応できるからヒマな時間を作れるのだ。

逆に常に忙しそうにしているなら、その部門は間違いなくやらなくていいことをやっている

必要な能力は手先よりも頭の回転

さっき、電話がかかってきたり幹部や他部門の社員がやってくると言った。何のために来るのか?それは、その部門でしかわからないことを確認したり質問したりするためだ。

ただ確認するためならまだ楽だ。大抵はそうではなくて、
「こうしたいのだがルール上可能なのか?もしくは何らかの抜け道はないのか?」
ということを知りたいがためにやってくるのだ。

その質問に回答するとは、そのルール自体だけでなく、そのルールの背景理由、根拠を知っていて、「こんなふうにすれば何とかできる」もしくは「どうあがいてもできない」「むしろそんなことしたら法律的にアウト」
などということを説明して相手に納得してもらうことを言う。

つまり、事務職とは常に例外との戦いなのだ。同じことをずっと続けてられる仕事だというのは幻想だし、びっくりするほど頭を使う。

やってくる人たちは藁をもつかむ思いでなんとかしてほしいとやってくる。
そんな人に「忙しいから自分で調べろ」と吐き捨てる部門があったとしたら、その部門の存在意義は何なんだろうか。

誰が電話を取っても、このレベルのことなら回答できる、さらに正社員ならこのくらいの案を捻り出せる、というくらいには知ってることを増やすことが求められる。

事務職の実務経験というのは、知識の量もそうだが、いかに小賢しく頭を使い、知識を応用・発展させて例外を切り抜けられるのかという能力のことを言うのだ。
ただ知っているだけでは本当に役に立たない。

さらに必要なのは政治の力

では、画期的な「仕事をなくす案」を見つけたとしよう。
その案は実行できるのだろうか?

ほとんどの場合は実行できない。なぜなら、「それを導入した場合のコスト」「他の人ができるできない」、果ては「〇〇さんの仕事がなくなる」などといった本末転倒な理由により、実行できる権限がある人が許可を出さないからだ。
許可を出してもらうには、政治の力に頼る必要がある。

社内政治という言葉もあるが、あざらしにとって政治とはやりたいことを、実際に実行するために邪魔な壁を倒すことだと思っている。

やりたいことを納得させるために上司やさらに偉い人達を説得すること。
そもそもの話を聞いてもらうために、求められる通常業務を何とかこなして信頼を得ること。同じ部門の同僚に賛同を得ること。果ては普段の行いや、話しかけやすさ、他部門からの印象など、やればやった分だけ「いざ通したい意見」を言う時に話が早くなる。

これが社内政治をする意味なのだが、これらはどこかで聞いたことがないだろうか。「コミュニケーション能力」の説明として。
つまりコミュニケーション力とは政治力であり、自分が楽に仕事をするために身につける技術なのだ。

優先順位とかって簡単に言うけど

仕事に優先順位をつけなさい、なんて社会人をしたら誰でも言われたことがあるセリフだと思う。
じゃあその優先順位、つけるのは驚くほど難しい。

これは事務職に限った話じゃない。営業とかもそうだが、仕事の優先順位というのは必ず、毎日、順番が様変わりする。
一週間後に給与確定させる、そのためにやることが何十個ある。でも今日急に社長がやってきて「これをできないか」などと言ってきて、考えてもいなかった新しい仕事が生まれる。

そんな時はたいてい、全部の仕事が最優先、即時対応のように感じる。優先順位が云々と言われる人は「わかってるよ!でも決めようがねぇ!」と思っているのではないだろうか。

なので、優先順位と言われると「何から先にやる」と考えがちだが、反対に「どれなら後回しにしても間に合う」と考えるようにする。
優先順位ではなく、後回し順位と呼んだ方が気が楽になると思う。

誰に仕事を振られても、仮に偉い人から直接言われても、いつまでならその仕事を後回しにできる、という風に割り切る必要がある。

そして、「何から先にやる」かは明確だ。すぐ終わるものを先にやるんだ。
人はマルチタスクが耐えられない生き物だ。仕事がいっぱい残っていると、「いつ終わるかわからない」という不安で仕事が手につかなくなってしまう。
だから、仕事の数を減らすことで、そのあとにやるはずの時間のかかる仕事も気持ちの余裕をもって取り組むことができる。

事務職の負のスパイラル

上記のような仕事の仕方を知らず、事務職は単純作業だと思っている人間はいつまで経っても以下のことを覚えない。

どこまで仕事を処理したら終わりなのか。
関連する法律やルールはなにでどういう意味なのか。
過去にどうやって例外を凌いだかの方法。

これらができない人は、仕事がどこまで終わったかを把握していないから、「仕事が終わったか」と聞かれて「わかりません」と答える

また、電話で相手が何を言いたいのかを読み取る以前に、相手の言う単語の意味が分からない。だから知ってそうな人に言われたことを一言一句違えず伝言するだけ…振り返って覚えようとしない。
どんな電話が来たかも忘れるし、どんな対処をしたかも覚えていない。
結局いつまでもまともに質問に回答することができない。

その仕事が終わらなければ社員全員が路頭に迷うのに、全く自分事だと思わず、目の前にある優先順位の低い仕事、自分がわかる仕事ばかりをやっている。仕事の指示をしても、毎回一から説明しないと同じところを間違える。
そのため、やらなければいけないけど終わっていない仕事が溜まり、それを仕事を理解している数人が見つけては処理し、遅くまで遅くまで残務を続ける。

だって、仕事がわかる人は知ってるんだもん。その仕事を落としたら会社の信頼が底をつくことを。

だから、仕事を理解している人たちは、会社の命運を人質にとられたような気分で仕事をしている。理解していない人たちに仕事をさせたらどんな間違いが出るかわからない。それを点検する時間も指摘する時間もないから、自分らが手を動かし続けるしかない。

さながら地獄の様相である。

じゃあ、そのわかる人たちがマニュアルだとかやり方の説明をして、業務指示をすればいいじゃないかと言われても、その指示を待っている奴らの仕事を全部やってるのにそんなものを書く時間は捻出できない。
書いたとして、そのマニュアルは読まれない。

そうやって、ひたすらにひたすらに、何十人もいる部門の2人くらいに業務が集中し、他のできない人たちが定時に帰っている横で毎日最終退勤者となるといった環境ができあがるのだ。

これを放置し続けていると、学べば学ぶほどその人に業務が集中するという様子を目の前で見せつけられる。そんな様子を見ていれば、誰も新しいことを学ばなくなる。
新たに人を採用しても、目の前の先輩や上司が毎日終電まで仕事をしている様子を見たら、出鼻をくじかれてやる気をなくしてしまうだろう。

事務職は究極の頭脳戦

あざらしが事務をやってきて、実際にこの目で見てきたことがざっとこのくらい。
あなたは、こんな頭脳戦や政治劇をしたくて事務職を目指すのですか?

事務職に向いている人というのは、論理的思考力と並列思考力が優れていて、人当たりが良く、自分も他人も大切にできる人だと考える。

正直、求められる能力は果てしなく高い。「事務くらいなら自分でもできるだろう」は実は真逆なのだ。事務ほどに頭を使い、理不尽で、自由な仕事もない。

世の中で大変だ大変だとばかり言われている仕事の中には、もしかしたらあなたの性にもっと合う仕事があるかもしれない。
もしあなたが事務職を選ぶ理由の中に楽そうだからという下心を見つけたなら、今一度職種研究をすることを勧める。

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