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虐待論ー高齢者介護施設におけるー

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高齢者介護施設において何故虐待が起こるのでしょうか?  虐待は職員の教育不足の結果なのか、それとも、職員の倫理観の欠如によるものなのか?  abuse/虐待の概念整理、虐待の構造…
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介護の生産性向上政策と優性思想ー爺のお勉強note

介護の生産性向上政策と優性思想ー爺のお勉強note

 日本政府は介護事業の生産性向上を強力に推進しようとしています。
 私はこの生産性向上政策は、生産性向上に「役立つ人」と「役に立たない人」とを区別する「優性思想」を助長するものではないかと危惧しています。
 池田清彦(生物学者・早稲田大学名誉教授)さんの著書『現代優生学の脅威』(2021年集英社)を紐解きながら介護事業における生産性向上と優性思想について考えてみたいと思います。

1.蔓延る優性思

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介護世界の世人(das Man)ー虐待論Ⅵ

介護世界の世人(das Man)ー虐待論Ⅵ

「世人」で考える介護 池田喬(哲学者)さんの『ハイデガー『存在と時間』を解き明かす』(2021年NHK BOOKS)はハイデガーの主著『存在と時間』をとても分かり易く解説していて勉強になります。
 この本から学んだ概念に「世人」(独 das Man、英語the one)があります。この世人という概念はもちろんハイデガー(Martin Heidegger:ドイツの哲学者、1889年~1976年)の造

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虐待の責任は?  虐待論Ⅴ-4

虐待の責任は?  虐待論Ⅴ-4


1.構造としての虐待 abuse/虐待は、虐待した職員の道徳観の欠如や易怒性などの性格の問題や専門性の欠如等の個人的な要因によって起因するものではなく、もっと複雑かつ構造的な要因で発生するのだと思います。

 例えば、介護における関係の非対称性(権力性、抑圧性、暴力性)、パノプティコン的権力、パターナリズム、職場で語られるボキャブラリーや言葉遣いなどの言語環境、文化的環境、エビデンス重視の科学的

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虐待は個人的問題か?構造問題か?

虐待は個人的問題か?構造問題か?

 毎日新聞の気になった記事です。
 介護現場での虐待の背景や原因、そして防止方法についての記事です。
 毎日新聞政治プレミアの取材に林和歌子(城西国際大学福祉総合学部教授)さんが応じたといいます。

 ようするに、虐待に至る因果関係は次のような図式になるということでしょう。

人材不足 → 仕事量増大 → 過労・ストレス増大 → 自らのコントロールを失う → 虐待

 上記の因果関係にさらに、教育

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虐待防止教育について-虐待論Ⅴ-3

虐待防止教育について-虐待論Ⅴ-3


1.虐待防止対策のあれこれ 虐待事件が発生した場合、その事件を受けて多くの介護施設が虐待防止対策を改めて講ずる、表明することになることでしょう。その際に虐待防止対策として挙げられるのは、おおよそ以下のようなことではないでしょうか?

① 職員に対して虐待防止教育を徹底する。
② 職員間の円滑なコミュニケーション環境の醸成(風通しの良い組織)
③ 監視カメラを設置し、虐待防止抑止力を高める

 ③

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人権教育で虐待は防げるのか 虐待論Ⅴ-2

人権教育で虐待は防げるのか 虐待論Ⅴ-2

 abuse/虐待を考えるとき朱喜哲(哲学者)さんの哲学はとても参考になります。
 朱喜哲さんの次の著作を基にabuse/虐待をいかに防止するのかについて考えてみたいと思います。
 『<公 正>を乗りこなす』太郎次郎社エディタス
 『偶然性・アイロニー・連帯』100分de名著
 『人類の会話のための哲学』よはく舎

1.人権教育 介護の教科書によく「人間の尊厳を守る」とか「人権を尊重する」とか書か

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人間の尊厳と介護 -虐待論Ⅴ‐1

人間の尊厳と介護 -虐待論Ⅴ‐1

1.尊厳は価値を超越する
 介護の世界でよく言われる「人間の尊厳」について、「そんなの当たり前」と思考停止せずに、一度立止まって、じっくりと考えてみることも大切だと思います。 

 人間の尊厳について考えるとき、よくイマヌエル・カント(Immanuel Kant:ドイツの哲学者)[1]の目的の定式が参考になると言われます。この定式は次のようなものです。 

  カントは、人間が互いの人格を目的とし

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abuse/虐待論Ⅰ.虐待とabuseの相違

abuse/虐待論Ⅰ.虐待とabuseの相違


1.ギャクタイ(虐待とabuse)(1) 「むごさ」を表す日本語の虐待

 虐待の「虐」は「いじめる、むごく扱う」という意味で、字源は「虎」と「爪」の組み合わせで、虎が捕食するむごい姿を表しています。虐待の「待」は「あしらう」という意味があり、虐待は「むごくあしらう」という意味になります。
 日本語で虐待は虎が捕食するむごい姿を連想させるものですから、殴られて鼻血がバァと出ているような、むごたら

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abuse/虐待論Ⅱ.虐待原因論(1):虐待の原因は教育不足?

abuse/虐待論Ⅱ.虐待原因論(1):虐待の原因は教育不足?


1.虐待の原因が教育不足は見当違い 介護業界では虐待の原因は教育不足であるという言説が流布しています。

 確かに、厚労省が発表している『2022年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果』でも、虐待の発生原因の第一位は、「教育・知識・介護技術等に関する問題」(56.1%)となっていて、2番目の「職員のストレスや感情コントロールの問題」(

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abuse/虐待論Ⅲ.虐待原因論(2):縄張り/スタンフォード・ミルグラム実験/社会の空気/男女差/壊れ窓理論-

abuse/虐待論Ⅲ.虐待原因論(2):縄張り/スタンフォード・ミルグラム実験/社会の空気/男女差/壊れ窓理論-


1.怒りの起源は縄張り  なぜ介護施設で入居者へのabuse/虐待がしばしば起こるのでしょうか。 

 『2022年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果』では、虐待の発生原因の第一位は「教育・知識・介護技術等に関する問題」が480件と56.1%を占め、第二位の「職員のストレスや感情コントロールの問題」197件 23.0%を大きく引き離

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abuse/虐待論Ⅳ-虐待原因論(3):交差性/バザールとクラブ/双数性/残酷性

abuse/虐待論Ⅳ-虐待原因論(3):交差性/バザールとクラブ/双数性/残酷性


1.インターセクショナリティ:intersectionality(交差性)が増幅するabuse/虐待 社会には、性別、民族、国籍、年齢等の社会的経済的属性に基づいたさまざまな関係性が併存しています。

 「介護する人-介護される人」「お客様-サービス提供者」「若者-年寄り」「男性-女性」「教師-生徒」「管理職-一般職」「医療職-介護職」「生産労働者-再生産労働者」「日本人労働者-外国人労働者」「

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虐待の原因は道徳教育の不足か?それとも構造か?

虐待の原因は道徳教育の不足か?それとも構造か?


1.介護施設等での虐待件数は増加傾向 2022年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果(以下「2022年度調査」と略します。)よりますと、2022年度に虐待認定されたケースは856件で対前年度より15.8%の増加となっております。また、虐待件数の21.3%が、当該施設等において過去にも虐待があった施設だといいます。
⇒ https://

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