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山椒魚・本日休診

Amazon.co.jp: 山椒魚・本日休診 (講談社文庫) eBook : 井伏鱒二: Kindleストア

 井伏鱒二の短編集。井伏鱒二は10年以上前に「黒い雨」を読んだことがあって、原爆体験的な印象があったけど、他に計り知れない、奥行きのすごい作品たちがあるのだろうと予感していた。太宰治の師匠だということも知っていた。
 「山椒魚」は子供のころに読んだことがあったかもしれないが、中年に近づいた今になっても、子供のころのように、水中にいるかのように読めた。山椒魚が肥大して岩屋から出られなくなるという物語。サンショウウオについては、子供のころは分かっていたはずだが、読み終えた後に、恥ずかしながらどんな見た目だっけと検索したところ、「ああ、ウーパールーパーやん」ってなり、確かに頭部がひっかかりそうだと理解。この作品については、蛙がなんとなくかっこいいなぁ。と感じて、あとは、奇妙な印象を残す作品だなぁ、との読後感。深く考えず次の短編に進んだ。でも、振り返ればこのときには「黒い雨」の作家ということは忘れていた。詩人かな、とさえ思った。
 アパートの主が死んで、主と親しかった人間が、家賃を滞納したまま逃亡した元住人達を探して集金する「集金旅行」という作品もあった。やはり逃げる人間にはそれなりの物語がある。そして追う側にも理屈がある。追う側の一人は妙齢の女で、かつてはいろんな人間との色恋沙汰を重ねた人間。集金対象にはその沙汰と関わりのある人間が多数出てくる。主人公(追う側)がそれを客観的に、描写しつつ、最後は苛立っていた。面白かった。
 そして最後は「本日休診」という作品。親子で経営する戦後?の蒲田の産婦人科を舞台としたもの。休診日、息子は何かの用事で不在していて、ベテランの父が留守番。休診日とはいえ、医者を求める人間は多数いて、いろんな事情が押し寄せる。人間模様があふれ出る。過去の出来事(診察)も想起される。産婦人科に訪れる切迫した患者やその周りの描かれ方が面白い。
 井伏鱒面白い。客観性がすごい。切迫した状況を書けるが、灰汁がない。

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