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服飾に装いきった婿たちが並んで歩く

 二十代にサボっていたことの一つとしてファッションがある。サボっていた理由として、そんなに興味がなかったことや、服飾にかまけている金銭的余裕がなかったことが挙げられる。兎にも角にも、金がなかった。金が無いなら無いで工夫するという、帝国主義も真っ青になるほどの努力をするべきであったのだろうが、如何せん興味もないので露ほども何かをすることはなかった。
 二十代の僕の装いは酷いもので、とりあへずバンドのTシャツ、主にローリング・ストーンズとソニック・ユースのTシャツを着ていれば万事解決すると思い込んでいた。そのため、Tシャツたちは永遠に使い回され、襟は縒れに縒れ、上半身に着る服なのにも関わらず、縒れた襟は地面に着底。そのまま、大学構内・商業施設内・家庭内の埃や塵などの尽くを回収するダスキンモップの役割を担っていた。そのお陰なのかわからないが、僕は清掃会社に就職する事ができたってわけ。今では立派な現場至上主義者。今日も元気に誰が使ったわからないTOTOをブラシで擦ってまいりました。
 という感じで、二十代を過ごしていた。あ、清掃会社の行は真っ赤な嘘である。後は全部マジ、真実。
 それはさておき、いきなり服飾に興味を持ったのは何故か。貴様なんぞ永遠にピンク・フロイド 狂気のTシャツ、またはラモーンズのバンドロゴTを着ていればいいではないか、とも考えたが、やはり着飾りたい、着飾って街を練り歩き己をよく魅せたい、果にはモテにモテた上でモテまくり尽くしたい。そんな欲望がムクムクと湧き上がってきているのだ。その欲望の源泉は何か。金銭的に余裕が出てきたのだ。
 全人類が理解していることだが、服飾を楽しむには金がかかる。はっきりってペロンペロンのこのコートが三万円もするのか納得できないし、ロゴだけが入ったTシャツが一万五千円もするのかが理解が出来ない。ローリング・ストーンズのTシャツなんか千五百円ぐらいだった記憶があるのに。と、いった感じで、服飾に金銭を書けることが嫌だったのだ。しかし、今はその心配すらなくなった。だって財布に余裕があるからねん。ララランラランラララ。
 して、まずは手始めに先程のコートを買おう。古着ということで定価よりも安くなり三万円。VALENTINOと書いてあるが残念ながら僕はアメリカ語が読めない。読めないが何となく理解できる、多分これはいいやつ。いい買い物してるなぁと気分が良くなる。次にコートを着るとなればシャツが必要になる。一枚手に取り値段を確認。一万五千円。ヨウジヤマモトと印字されているが、山本さんのシャツであろうか。どちらにせよ、商品だということは間違いないのでこちらを購入。一万五千円の肌触り、千五百円の十倍の快感が肌を突き抜け脳を揺さぶってくる。あぁん、いいあんべぇ。
 買い物の調子も上がってきたところで、ジーンズを探してみる。スラックスやチノパンではなくジーンズ、ここが今回のこだわりのポイントっちゅうわけよ。これに決めたと手に取ったのはジャパニーズジーンズであるEVISU。読めん。なんかωを上下逆にしたようなマークがあるが、多分これがEVISUジーンズであることの証明であり、権威の表れということなのだろう。なので五万円という値段は妥当らしい。早速これを購入。
 上下揃えば最後は何か。靴である。靴は服飾の中でもかなり重要で、全身どれだけ着飾ったとしても靴を履いていなければ「何こいつ?乞食?」と言われるがままである。それだけ、靴は重要な役割を担っており、全体を引き締めために必要な存在なのだ。故に、靴選びには慎重を期さなければならない。その慎重さを安心させてくれる存在は何か。たぶん、このサドルシューズがそれを担ってくれると思う。ブランド名はREGAL。あーるまでは読めた。聞くにこの靴はかなり歴史のあるもので、誰が履こうともどんなに履こうとも、身につけた人物を幸せにする、脳から快楽物質がドバドバと分泌され歩く度に恍惚を得ることができるらしいのだ。そんな大業な役目を担いながらなんとお値段は三万五千円。買わざるを得ないでないか。
 仰々しく整った自身の装いを鏡に写しながら恍惚を感じていると、だんだんと脳が麻痺を起こしてきた。ほしい、何としてでもほしい。もう買うしかないではないか。「オヤジ、いいものが揃っていますね。僕はもう惚れ惚れしましたよ」「へぇ、ありがとうございやす。ところでなんですが」「何かね」「お会計のほどを」「おぉ、そうだった、そうだった。して、おいくらかな」「へぇ、しめて十三万円でありやす」「あふぅん」。
 いつの間にか僕は気を失い、身ぐるみ剥がされた状態で川緑にほっぽりだされていた。店のオヤジにそんなに払えない旨を伝えると、EVISU顔をしていたオヤジの顔はみるみる内に毘沙門天の様になり、手に持っていたメジャーをビャンビャンと振り回し、鞭の如くバシンバシンと音を立たせた。メジャーの先端はいつの間にか音速を超え僕の前進を襲ってきた。一発、二発、三発と、その辺りで僕の記憶はそぞろ、いつの間にかスッポンポンとなり、川緑に打ち捨てられたのだ。右手にはローリング・ストーンズのTシャツだけが残されており、それを着て座りながら流れる星を眺めることにした。

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