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レースのお部屋

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紅茶とクッキーのご褒美

紅茶とクッキーのご褒美

その日の朝、カメはレース会場に向かうサイクルロードでゆっくりペダルをこいでいた。道の脇には黄色や白の花が咲き乱れ、一面に春の息吹が満ちていた。彼はふと、駒沢公園でウサギに言われた言葉を思い出した。「ギリシャの兵士のように走ってね」と。

スタートの号砲が鳴ると、カメは静かに足を踏み出した。まずは、自分の体調を確かめてみる。脚は軽やかに動き、呼吸も穏やかだ。「調子は良さそうだ」そう心の中で小さく呟く

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風も花も私の味方

風も花も私の味方

春の息吹が河川敷を強く駆け抜けた。四季の中で一日の気温差が最も大きいのは、春だという。それでなくとも、北の冷たい空気と南の暖かい空気が出合う春は風が強い。土手に座って風に吹かれているカメの目の前を、先頭集団のウサギが走り抜けていった。

多摩川を走るレースは普段着のように親しみやすい。交通規制のない未舗装のコースを、犬の散歩をしている人や、野球のボールを追う少年を横目に見ながら走る。そんなコースの

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春風が愛でる青梅路

春風が愛でる青梅路

春の柔らかな陽射しのもと、新しいシューズを足にしたウサギとカメが、人々が集まるスタート地点に静かに立っていた。他のランナーたちも、それぞれのドラマを胸に抱き、緊張と期待で息を潜めていた。

ランナーの列の先頭に立つウサギの視線は、遥か前方に固定されていた。彼女にとって、タイムや順位は意味をなさない。ただ精一杯走ることが全てだった。それでも心の片隅では常にカメのことがちらついていた。「カメくん、ゴー

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道なき道を走り続ける

道なき道を走り続ける

次の朝、ウサギとカメは石垣島北部の平久保半島のほど近く、伊原間公民館の広場で準備運動をしていた。産まれたばかりの海風が、二人を優しく包んでいた。これから挑むのはオーシャンビュートレイル。ただのレースではない。それは自然との、そして自分自身との対話であった。

「ウサギさん、今日は距離が長いし、足元も危険がいっぱいだから気をつけてね」とカメが静かに言うと、その言葉に彼女は微笑み、「無理はしないけれど

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イルミネーションレース

イルミネーションレース

冬のある日、街の中心でレースが始まろうとしていた。街はクリスマスの飾りで煌めき、人々の歓声が響いていた。レースはきらびやかなイルミネーションで照らされた大通りを抜け、最後に大きなクリスマスツリーの前でフィニッシュするコースだった。

「カメくん、今夜は最高のショーを見せてあげるわ」とウサギは自信満々に微笑んだ。カメは笑顔で「ウサギさんを追い越す姿、見せてあげるよ」と応えた。

スタートの合図ととも

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日本一の山への挑戦状

日本一の山への挑戦状

とある夏の日、ウサギとカメは遠くに富士山の頂上を見上げる登山マラソンのスタート地点に立っていた。ウサギは春の風のように軽やかに駆け出すと、あっという間に他のランナーを置き去りにしていった。アスファルトの路面の傾斜はまだ緩く、彼女の表情には、笑みさえ浮かべる余裕があった。彼女の心は勝利への期待で満たされていた。

しかし未舗装に変わった坂道が、さらに大きな石を含んだ岩場になるにつれ、彼女の足は重く、

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レガシーハーフマラソン

レガシーハーフマラソン

雨の音が耳を打つ。カメはその中を疲れた足でゆっくりと歩んでいた。傘も持たず冷たさに身を震わせていた。それでも不思議と道端には見守る者たちの姿があった。霞んだビル群が彼の姿を遥か上から見つめているように感じた。

21キロの距離を歩ききると競技場の入口が見えてきた。安らぎを感じる間もなく、カメは冷たくなったシャツを脱ぐために風に晒されたスタンドへと向かった。階段の途中でポケットのスマホが鳴った。その

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ハーフマラソン

ハーフマラソン

朝、ハーフマラソンのスタートラインに立つウサギはどこか心細そうだった。彼女の周りは人々のざわめきで満たされているが、彼女自身は静かな世界にいるようだった。スタートの合図が鳴り響くと彼女はあたりを見渡すこともせずただひたすらに走り続けた。彼女は誰よりも速くゴールへと駆け抜け一人ぼっちで勝利を手にした。しかし、ゴールした彼女の心には何故か寂しさが漂っていた。

時間が経ち観客のほとんどが去った頃、カメ

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