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「     」「    」


〈今日の夕日をあげる。写真だとわかりづらいけど、なかなか見られないくらい大きいから!〉
うーん、撮り直してもやっぱり微妙になる。今見ている夕日をまま、写真に残せればいいのに。そんな残念な気持ちになりながらも、送信。きっと一瞬の眩さだから、少し先にある歩道橋を目指す。歩道橋の上で夕日を眺めながら音楽を聴けたら最高だ。何を聴こう。
交差点に近いビルの下で、勢いよく曲がってきた自転車を避けた。信号が青に変わると、大人も子供も、下や前を向いて歩き出す。オレンジに近いクリーム色が街を染めている。その強い主張に見惚れているらしき人は、けれどひとりも見当たらない。
ビルと喧騒に囲まれた人混みのなかで、いつもより色の濃い風景を、切なく感じるのは自分だけなのかな。
歩道橋の上で、あらためて今に似合う音楽を聴きたくてプレイリストを辿っているとLINEが来た。
〈夕日めっちゃきれい〉
〈今ちょうど歩道橋の上で音楽聴いて浸ろうとしてた〉
〈いいなぁ〉
〈何かこの景色に合う歌ある?〉
もう一度、目の前の風景を送る。
既読がついたのを確認して、そのまま夕日を眺めているとボイスメッセージが届いた。
熱唱している。
思わず笑って電話を掛けた。
「まさか歌うとは」
「最後まで聴いてから掛けてよ」
「この電話切ったらすぐ聴くよ。その声好きだから嬉しい」
「全然聴いてないくせに」
「夕日、綺麗でしょ」
「うん」
「散歩してた。原宿にいる」
「小説、進んでる?」
「全然。なんにも浮かんでこない」
「じゃあ想像して」
「うん? うん」
「冷蔵庫を開けたら何が入ってる?」
「実際?」
「想像で」
私は「白い花」と答えた。バラ、アジサイ、チューリップ、マーガレット、ダリア、クチナシ、ラナンキュラス、ガーベラ……。冷蔵庫を開けるとばらばらと降る、たくさんの白い花。
「その花は何でできてる? 跳ね返って落ちるの? スポンジ?」
「生花だよ」
君の冷蔵庫にはぎちぎちのロボットが入っている。それを見て君は「出してあげない。いったん閉めて、すぐ開けてまたすぐ閉める」のだという。少し意地悪そうに笑っている。
私はその先を想像する。
真面目な君は、たぶん考える。
「ロボットも冷蔵庫もだめになりそう」
「ショートショートだったらどうだろう」
冷蔵庫をもう一度開ける。
ここからは君しか知らない君。
冷蔵庫を開けると、仕方なさそうにロボットに話しかける。それから冷蔵庫に腕を差し込む。ぎちぎちもぎちぎちに詰まったロボットは、そう簡単には取り出せない。でも君は、意地でもロボットを助けてあげる。自分は冷気で手に痛みを感じても、痛みで何も感じなくなっても。
君はそういう、見えにくい優しさを持っている。
その優しさに花をあげる。今日、私の冷蔵庫から降ってくる白い花をあげる。
これはバラ。「サマー・スノー」っていうの。









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