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昨日の星と夢の中


誰かに理解されたいけれど、全員に理解されるのはシャク。
それって、みんなもそうなのかな。

光、音、文芸、美術、創造する惑星。

冬。寒さには弱いけれど好きな季節。
さむ、と思いながら顔を上げて、白い息が出るかどうかを確かめるそのときの、小さな期待感がよくて。白い息を見ると、生きている、という感じがする。
夕暮れの時間に、砂浜から続く階段を上がって、2階のカフェに来た。さむ、と思いながらアイスティーを注文する。いつもと同じジュースじゃなくて、今日はアイスティーを頼んだ自分に、おとなになったね、とさみしさで語りかけたりする。
アイスティーにポーションをわざとゆっくり垂らすと、まだらに混ざりながら落ちてゆく。落ちきるまで混ぜずにその動きを眺め続けた。
それから窓の外の海を眺める。
天気予報は外れていた。だけど夜には雪が降る気がして、ほんのちょっと期待をして海を見つめていたとき、突然、鳥の脚元が頭に浮かんだ。そのまま想像を続けてみる。
その鳥の脚を動かす。歩いた。歩いている。まだ脚とお腹しか見えていない。
自由に小説を書きたいから、感覚を起こしてやる。
鳥はなかなか飛ばずにいる。
飛べー、と念じても歩いている。
自分の想像の中であっても、世界が自分の思い通りにならないことがある。
でも、飛ばない鳥とTRAPPIST-1eに行った。
憧れの星。ピンクの空。誰もいない。岩石に触れながら歩いていく。ひとりだから手紙を書く。さっきまで何もなかった場所に、都合よく便箋とボールペンが置かれていた。
気づいたときには鳥が飛んでいた。よく見るとセキレイだった。
何を書こうか悩んでいる間に、アイスティーの氷は溶けて、1月のグラスが汗をかいている。

セキレイが戻ってきて、知らない人の肩に止まった。その人は突然目の前に現れた。そんな気はしていたけれど、自分とセキレイだけが生命の全てではなかった。TRAPPIST-1eまで来ても、ひとりにはならなかった。
この人には顔がなかった。
「ここでは誰もが孤独を財産としています。敵も味方も存在しないし、何より戦争が起こりません」
治安は最高だから安心して、と顔のない人は言った。
安心した。
顔がない相手ならば、表情を読まずに済む。
「私たちも、かつて釣られたもの同士でしたね」そんなことを、顔のない人は言った。
「私があなたを呼びとめたいときに、便利な言葉を教えてください。名前とか」
「名前?」顔のない人は、それきり黙ってしまった。
「季語でもいいですか?」と、またそんなことを言う。名前はないかもしれない。それなのに季語はあるんだ。この星に、私の知らない季節があるのかもしれない。
「季語が切ないわけではなくて、季語にまつわる記憶が切ないのであって、好きなだけ試せばいいと私は思うんです。」
顔のない人が言った。
「そうですよね。あがいても、純粋なものしかどうせ残らないし」
私が言った。
あの日、ベランダに乾きにくい靴があって、太陽の限界を教えていた。
どれほど熱を発していても、届かない場所も届かなくする方法もあって、それを知っていくだけの人生に気がついた。
だからTRAPPIST-1eまで来たのだ。
さみしいも、うれしいもわかるし、苦しいも、生きていてよかったも、簡単には言い表せないようなものだってあった。
感情も細胞だから、ちゃんと生まれ変わっている。
雪は降らなかったけれど、帰りは三日月と並んで歩いた。




元気でしょうか?
私は今、遠い星から手紙を書いています。
がんばった日も、がんばれなかった日も、心から笑えたわけが、ひとつだけありました。
ただそこにいるだけで、なにがあっても、なにもなくてもよかった。
体の一部で、もう全部だったのです。
そこには、ほんとうの想いだけがありました。
静かに、ゆっくりと優しく。

それでは今度、会える日に。
TRAPPIST-1eより愛を込めて。










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