旅田百子

自分の一文を大切にしています。海、東京、真夜中、写真、音楽、桃の匂い、冬と8月、昔の少…

旅田百子

自分の一文を大切にしています。海、東京、真夜中、写真、音楽、桃の匂い、冬と8月、昔の少女漫画、旅、雪と三日月が好きです。左利き。好きな作家は又吉直樹です△

最近の記事

あたらしい夜

言葉に囲まれて生きている。 どこを切り取っても言葉が在る。 言葉はいつも、誰かに何かを伝えようとする。 できるだけいい言葉がよくて、焦りながら探している、ずっと。 本を読んでも写真を眺めても、音楽を聴いても自然を感じても、ありふれた言葉しか出せない。 捻り出すようにしてやっと書けている。 ときどき、宇宙の底に立っている気分になる。 人気のない路上で、ぜんぜん特別じゃない夜空を、ただ見上げているとき。 そうすることで、今ここにいると実感する。 街灯のない暗闇を、感覚だけを頼り

    • 「     」「    」

      〈今日の夕日をあげる。写真だとわかりづらいけど、なかなか見られないくらい大きいから!〉 うーん、撮り直してもやっぱり微妙になる。今見ている夕日をまま、写真に残せればいいのに。そんな残念な気持ちになりながらも、送信。きっと一瞬の眩さだから、少し先にある歩道橋を目指す。歩道橋の上で夕日を眺めながら音楽を聴けたら最高だ。何を聴こう。 交差点に近いビルの下で、勢いよく曲がってきた自転車を避けた。信号が青に変わると、大人も子供も、下や前を向いて歩き出す。オレンジに近いクリーム色が街を染

      • 【小説】 真夜中のこども

            エントランスで待っていると、エレベーターが稼動しはじめた。程なくして、「ごめんなあ」と苦笑いを浮かべた珠子ちゃんが降りてきた。 「もうだいぶ落ち着いてん。さっきまではほんまに酷かってんけど」  昼間と変わらない明るさで手短にそう言うと、珠子ちゃんはいちばん遅いメトロノームのテンポで体を揺らしはじめた。初めて見る素顔には幼さが留まっていて、目の下が少しくすんでいる。 「真樹ちゃん、ほんまのスッピンやん」 「珠子ちゃんを信じてみた」 「全然変わらへんやん、て言うてあげた

        • 【短歌】 忘れもの

          夕暮れの終わりの音を聴いている等間隔の街灯の蜘蛛 キャンディーの甘い香りが浮かんでたユニットバスの湯舟の波間 花柄の変色語る壁紙に染みた煙草も誰かの歴史 懐かしいビタミンカラーの炭酸に思い出だけが溶けない明日 「なくさないように」と繋ぐ手のひらを監視カメラが記憶する恋 自販機の照らす範囲に踏み込んで静寂も鳴くことを知る真夜中

        あたらしい夜

        マガジン

        • noteで、
          5本

        記事

          【日記】 不器用

          誰かの心の底にある、きらっとひかるものを見つけると泣けてしまう。 ちょうど、そんな気持ちでした。 心はすぐに混線します。 けれど根本的にシンプルです。 ひと言でまとめるなら、愛の話です。 あまり長い話になると、読み飽きられてしまうでしょうか。 ぎゅっと短くしてみようかな。 これではなにも伝わりませんか? でも、伝わってもらえますか? この日本語はおかしいでしょうか。 言葉を使い間違えると、なぜ駄目なのでしょう。 馬鹿だと思われるだけなら、私は気にしません。 ここにあるもの

          【日記】 不器用

          【短歌】 ラブソング

          夢で見た知らない街の戦争で目覚めた朝にホッとしている エッセイが読めなくなった 世界から悲しみだけが届いてしまう 読みかけの本の隙間に落ちていた髪の毛だって僕の分身 時間より真っ直ぐ届くものがある 「ラブソング聴く?」 救われている 空を見ることが好きで、いつも空を見上げている。 そのまま思いっきり息を吸いこむと、なんていうか、細胞が総入れ替えをおこして体内が澄むみたいな、そんな感覚に一瞬なる。 幸せな気持ちで今日を生きている。 私が私の世界で生きているように、誰かに

          【短歌】 ラブソング

          夢、夢だからハイウェイ

          神保町が好きだ。小説が最も身近に感じられる、出版社と古書店の街。なんとなく日陰っぽくて、昼間でも路地が静かな街。働いていた街。下町人情が現存する街。とにかく本と出会える街。 夢のことを書こうと思って、見出し画像は書店にしようと「神保町」で検索したら、うどんが出てきた。これを見た瞬間に「丸香」だと分かって、自分が誇らしい。 澄んだ出汁のいりこの味がよみがえる。 麺の食感とか……食感とか。 店員さんが注文を聞きに来る直前まで、冷やかけのことを考えていたのに「釜玉の並、お願いします

          夢、夢だからハイウェイ

          【短歌】 三日月に誘われて

          三日月の下のコンビニ入ったら違う世界だったらどうする? 「さみしい」と声に出したら猫が来て一緒に路地を歩いてくれた 「絆」って実態がなくて気が重い……でも左は「糸」だし軽いか 諦めるたびに大人になるようで体の一部が反対します 三日月の下のコンビニを出たから魔法が解けた カエルが鳴いた 目が悪いことで遠くの民家の灯りがみんな星に見えます 君からの〈おやすみなさい〉が嬉しくて 耳に音楽が鳴っている夜 この街の不自由さを忘れるほどの日々にいた君の街の三日月 【あとが

          【短歌】 三日月に誘われて

          【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

          コトさんは、かつて靴でした。 今は駅のそばの路地裏で、小さな靴屋を営んでいます。 コトさんが靴だった頃、隣にはトコさんがいました。対になったスニーカーの、コトさんは右で、トコさんは左でした。 靴たちは、気に入られれば買われてゆき、履かれたりあまり履かれなかったり、人間次第の運命です。箱から出されるのは数回きり、という靴もあれば、毎日のように空を見上げる靴もありました。 あまり外へ出られない靴は暗闇の中で過ごすかわりに、人間並みの寿命を全うできましたし、頻繁に選ばれる靴はあら

          【ショートショート】 僕たちは売れない靴だった

          冷蔵庫より愛を込めて

          うるみは最近、帰りが遅い。 そのことについて、のぼるは不満に思っている。そして、のぼるが不満に思っているということを、うるみはひしひしと感じている。 しかし、仕方がない。 子離れをしてもらう必要があるのだからと気合いを入れ、うるみはリビングのドアを開けた。 「遅かったじゃないか」 『おかえり』って言われなくなったなと、うるみはこんなとき、真っ先に思う。胸がちくりと痛むけれど、「ただいま」と返事をする。 「夕飯は?」 「食べたけど、なんか食べようかな」 「太るぞ」 「うるみ、代

          冷蔵庫より愛を込めて

          忘れたって、残るよ

          「又吉直樹みたいになれるよ」は最大級の褒め言葉のつもりだったけれど、又吉直樹のファンでもなく、小説を書いているわけでもなく、性別だって異なる君には全く沁みなかったみたいで、「なれんよ。けどありがとう」と笑っていた。 人に期待しないことも、自分に期待しないことも、できる人には簡単だろうし、できない人には難しいだろう。人に期待する人は傷つくし、自分に期待する人は落ち込む。 又吉直樹は自分に期待しないらしかった。何かにそう書いてあったか、何かでそう話していた。 私はうっかり自分に

          忘れたって、残るよ

          【詩】 記憶のなかの明るい未来

          チョコレートの溶ける早さが好き。 人を待たせない優しさがあるから。 深夜、牛乳と板チョコを鍋の中でゆっくり混ぜて溶かして、ホットショコラにして飲んだの。 そうしたら、マグカップの底に冬が沈澱して、これも実感、と納得した。 冬を飲み干した。 バンドが解散するときに時代って終わるんだよ。 透明の強烈なさみしさで過去と未来が隔てられてしまって。 いろんな人がいろんなことを言う。 大勢が持ち続けているさみしさを、流れてくる優しさがすくってくれる。 残り続けていく全ての曲に、過ぎた時

          【詩】 記憶のなかの明るい未来

          昨日の星と夢の中

          誰かに理解されたいけれど、全員に理解されるのはシャク。 それって、みんなもそうなのかな。 光、音、文芸、美術、創造する惑星。 冬。寒さには弱いけれど好きな季節。 さむ、と思いながら顔を上げて、白い息が出るかどうかを確かめるそのときの、小さな期待感がよくて。白い息を見ると、生きている、という感じがする。 夕暮れの時間に、砂浜から続く階段を上がって、2階のカフェに来た。さむ、と思いながらアイスティーを注文する。いつもと同じジュースじゃなくて、今日はアイスティーを頼んだ自分に、

          昨日の星と夢の中

          綿飴の空を忘れても

          3階の円卓でまかないを早番のみんなで食べて、廃棄にまわったケーキも食べて、喋って、時間が来て、外していたサロンを巻いて、1階から上がってくるエレベーターを待つ、ほんのわずかな時間に、廊下の窓から空を見るのが癖だった。 制服の白いシャツと黒いスラックスに季節は関係なくて、だからだいたいの思い出と季節は連動していないけれど、あの空はとても青かったから、きっと夏だったんだと思う。 雲が巨大な綿飴みたいだった。晴天に、迫力のある雲がくっきりと浮かんでいた。 みんなに教えようと思って、

          綿飴の空を忘れても

          【小説】 西暦2000年、渋谷まで

          どうせなら、未来を読む能力がほしかったな。良いも悪いも要るも要らないも、躊躇わず振り分けていけるような、感覚のセンサーなら持ち合わせているのに。 十六歳。知らない人の車に乗ると、浜崎あゆみの曲のイントロが結構な音量で流れだした。運転席と助手席の窓が全開。 「恥ずかしいんだけど」条件反射的に怠さがやって来る。けれど、美香の声量はあゆの高音にかき消されて、隣で脚を投げ出している綾にさえ届かないみたいだった。 夜の帳が下りた国道を、浜崎あゆみの歌声が駆け抜けている。宣伝カーみたいで

          【小説】 西暦2000年、渋谷まで

          ネオンピンクにあなたの名前

          〈着いたよ〉の文字が光って見えた。 鏡を見ながら前髪をつまんで整えて、〈着いたよ〉の文字をもう一度、眺める。声が聴こえる気がして不思議だった。 両親の寝静まった寝室の横を泥棒のような足取りで通り抜けて、階段を降りる。玄関ドアはどうしても音が立ってしまうから、下駄箱から黒のコンバースを選んで持ってきて、かつて祖母がいた部屋の窓からそっと落とした。「この部屋がいちばん安全だから」悪びれずにそう言った17歳の姉の勇敢さを思い出す。同じことをしている今、私もあの頃の姉みたいに勇敢だろ

          ネオンピンクにあなたの名前