若い人のスタジオジブリについての意識に宮﨑駿ファンとして物申す
若い人、特に二十一世紀生まれの人のスタジオジブリについての意識に物申したい。
私は現在四十五歳で、小学生の頃に『となりのトトロ』などが公開された宮崎駿の作品と共に育った世代だが、私の見方では、宮崎駿は『もののけ姫』以前以後で分かれる。『カリオストロの城』『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『紅の豚』『耳をすませば』、これら『もののけ姫』以前の作品には首が飛ぶなどというシーンがあるのは信じられなかった。想像力の翼を広げ、自由に空を飛ぶ爽快感があった。しかし、『もののけ姫』以降の彼の作品には作品にノイズが入ってしまい、以前とはあきらかに違う作風となった。
ところでスタジオジブリの作品というと、高畑勲の作品もある。『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』『ホーホケキョとなりの山田君』『かぐや姫の物語』これらは宮崎駿ではないが、高畑宮﨑はスタジオジブリができる以前からのコンビであるので、これらもスタジオジブリという枠で括っても良いと思う。しかし、私の感覚では、このふたり以外の監督の映画(『耳をすませば』『海が聞こえる』は除く)はスタジオジブリという枠で括って欲しくない。例えば、『猫の恩返し』を『耳をすませば』などと同列に扱って欲しくない。あきらかに映画の質として劣るからだ。若い人で『猫の恩返し』『ゲド戦記』『コクリコ坂から』『借りぐらしのアリエッティ』『思い出のマーニー』などをスタジオジブリの作品として『となりのトトロ』などと同列に扱ってしまうことがあるようだ。そういう若い人は宮崎駿を初めから「巨匠」として認識しているらしく、彼の作品を面白くないと感じても、それは自分が足りないからだ、みたいに思う人もいるようだ。熱烈な宮崎駿ファンである私から見て、『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』などはクソである。『ハウルの動く城』は映像は美しいが、物語としてなっていない。『崖の上のポニョ』に至っては屁にもならない。『もののけ姫』以降では、『千と千尋の神隠し』は奇跡の大傑作である。これにはノイズがあるものの、見事にそれを昇華している。『風立ちぬ』は私は好きだ、良い映画である。『君たちはどう生きるか』はつまらないが、宮崎駿ファンとしては興味深い内容である。しかし、『ラピュタ』や『トトロ』と比べると、映画としては落ちると思う。もし、『カリオストロの城』より先に『君たちはどう生きるか』を作っていたら、その後の宮崎駿はなかっただろう。巨匠だから許される作品である。
スタジオジブリとして宮崎駿以外の作品も一括りにしてしまうのは、やはり違う気がする。もし、一括りにするならば、細田守監督や新海誠監督のような、宮崎駿や高畑勲らが築き上げてきたアニメのスタイルを継承する力のある監督を宮崎駿と同じ括りに入れても良いと思う。
ディズニーは誰が作っても同じアニメができるが、スタジオジブリの根幹は芸術家宮崎駿の能力が軸となっているため、他の誰かがジブリで監督をして、アニメを作っても、『ラピュタ』や『トトロ』のレベルの作品ができるわけではない。
若い人には、「ジブリアニメ」としてジブリの作品を捕らえるのではなく、監督ごとに違う映画だと認識して欲しい。
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