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Re: 【短編小説】斜陽アンダーPAR

「見ろよ、鬱くしい人々だ」
 サルトヴィコが指し示す方角には、スーパーに陳列されたオレンジみたいにわざとらしい色をして夕陽が校舎を斜めに照らし出し、その校舎から黒い生徒たちの影が排出されてくるのが見えた。
「セックスの足りない奴から死んでいく」
 または狂っていく、そこにたいした違いはないけれどな。
 でもサルトヴィコにはどうする事もできなかった。
 何故なら学校は時限式の檻だからだ。
 あそこは狭い箱庭で、託児所の延長にある養成機関で、訓練所だった。
 学校を卒業したサルトヴィコにはよくわかる。
 緩慢な死への道を自分で舗装しながら歩く事を学ぶ場所、または横道に逸れる為の地図を眺める場所だ。

「勉強をしろ、俺みたいになるぞ」
 サルトヴィコは窓から生徒たちを眺めながら言った。
 黒い影を足にくっつけた生徒たちはどちらが本来の姿なのかわからなかった。
「本なんて読むなよ。自転車にもバイクにも乗るな。お前らは最果タヒでも読んでればいいんだ。それが正解だ」
 そして適当にセックスをしろ。
 サルトヴィコは男子学生から女子学生たちに視線を移した。セックスさせろよ、とびきり無責任なやつを。
 だが聞こえない。聞こえないように言っているし、それは別に欲しいものじゃない。

 サルトヴィコにもそう言う時期があった。
 サルトヴィコも学校に通っていたからだ。
 その頃のサルトヴィコも黒い学生服を着ていたし、足の裏についた影の境目は曖昧だった。
 そして長く伸びる同じような影を横目で見ながら歩いていた。
「きんこんかんこん」
 五時のチャイムが聞こえると世界が終わる。
 もう学生の時間は終わりだ。
 社会と言う闘争領域に飲み込まれる。
 サルトヴィコたちは終わらない学園祭気分の老人たちを足速に追い越す。それでもヒエラルキーは入れ替わらない。
「きんこんかんこん」
 五時のチャイムが残響している。
 オレンジ色とダークブルー色のグラデーションに反射した音は恐ろしく冷たい。
 あの音に飲まれたらきっとおれは死んでしまうだろう、サルトヴィコはそう思っていた。


「だけど死ななかったんだよ」
 サルトヴィコは死ななかった。
 別にサルトヴィコにセックスが足りていた訳じゃないし、サルトヴィコは本を読んだり自転車に乗ったりした。
 それでもサルトヴィコは死ななかった。
 その代わり、恋人のマイネルキルケルが死のうとしていた。
 36度の生理食塩液で満たした風呂に眠るマイネルキルケルは、ずっと卵子を抱えている。
「孵化しないんだよ」
 サルトヴィコがなんど言ってもマイネルキルケルは聴かない。
 そして街や人生、または記憶を鮭の様に遡上して戻ってマイネルキルケルが抱く卵子に白くなった血をかける事を強要される。

「それでも卵は孵化しないんだよ」
 サルトヴィコは電子レンジで鶏卵を温めながら言う。
 だけどマイネルキルケルは目を開けない。
 目を開けないマイネルキルケルは去年の夏に飲み込んだ西瓜の種が芽吹いてしまったし、目を開けないマイネルキルケルは一昨年飲み込んだ梅の種が芽吹いてしまったし、目を開けないマイネルキルケルは昨日飲み込んだサルトヴィコの種が芽吹いてしまった。
 だからマイネルキルケルは全身を蔦で覆われて動けないし、耳から生えた梅の木にはもう実がなっているし、大事そうに抱えた卵はもう鼓動を打っている。


 サルトヴィコはマイネルキルケルの蔦を千切らぬよう、マイネルキルケルの実を落とさぬよう、マイネルキルケルの卵を割らぬようにマイネルキルケルが眠るお風呂の追い炊きボタンを押す。
 湯舟の中でゆっくりとした流れが生まれる。
 それでもマイネルキルケルは目を開けようとしない。


 それでもサルトヴィコは遡上するのをやめようとしない。
 サルトヴィコは学生たちの合間を、老人たちの合間を縫うように歩く。
 檻も学園祭も遥か遠く、だけどここから遠くに行くには陽が傾き過ぎている。


 オレンジ色に照らされたマイネルキルケルはそれでも目を開けようとしない。
 サルトヴィコはゆっくりと服を脱いで暖かい生理食塩液の中に這入る。
 それでもマイネルキルケルは目を開けようとしない。
 サルトヴィコはゆっくりと、マイネルキルケルが抱えた卵の中に這入る。
 それでもマイネルキルケルは目を開けようとしない。
 サルトヴィコはゆっくりとその卵の中で眠る。

 マイネルキルケルはようやく夢の中で目を覚ましてサルトヴィコを妊娠する。
 マイネルキルケルは夢の中で目を開けてサルトヴィコを抱きしめる。
 サルトヴィコはゆっくりと息をする。
「お前たちはおれのようになるなよ」
 その声は誰にも聞こえない。

 きんこんかんこん。
 お風呂が沸きました。

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