見出し画像

メイドカフェ進化論。秋葉原の光と闇。そしてメイドたちに流れる江戸っ子芸者の血。

ゴールデンウィークのある日ぼくは秋葉原を通り抜けていたら、盛大なコンセプトカフェ・イベントに遭遇した。たくさんの参加者が群がり、客の求めに応じて、コスプレイヤー嬢たちはにこにこスマイルでポーズをとってチェキに応じています。もちろんギャラリーのなかには外国人観光客も混じっています。同業者の女の子たちもまた。しかも、コスプレイヤーたちのその完成度の高さ。ぼくは驚いた、この二十年間でメイドカルチュアはとんでもないレヴェルまで進化していた!



おもえばメイドカフェが話題になったのは2004年あたりのこと。(なお、2005年秋に、AKB48がドンキ・ホーテ秋葉原店の8階に劇場をオープンしたこともいかにも連動的です。)当時はまだメイドカフェの数も20か30で、ほぼ喫茶店価格で利用できたもの。ぼくは何度かインド人の友達を連れてお店に入ったものだ。



メイドたちはフリルのついたミニスカのエプロンドレスに身を包み、ニーハイに包んだ脚の太腿をさりげなく見せつけながら、「お帰りなさいませ、ご主人様♡」と客を迎える。女性客には「お嬢様」と呼ぶ。(意外にも女性客がまた多い。)オムライスにケチャップで「萌♡」と書いてご主人様お嬢様に提供する。「おいしくな~れ、萌え萌えキュン♡」なんておまじないもあった。「萌え萌えじゃんけん」なんて遊びもあった。猫耳カチューシャも人気になった。ぼくは感心したものだ、まさに型の文化ですね。しかも、この趣向ならば必ずしも美少女でなくても、必ずかわいく見えるもの。おもえば素朴な時代だった。



ところが、である。あれから20年経って、ぼくが知らないあいだに、いまやメイドカフェはコンセプトカフェとなって、コスプレガールズバーの様相を呈していて、女たちが身を包む衣装はメイド服のみならず、「男装」「忍者」「魔法使い」「お菓子の国」などなど多彩な世界を提供しています。60分800円~1000円程度のチャージ料を取り、+ワンドリンクという仕組みです。(店によっては客の払う金額の半分がメイドに支払われることも多いそうな。)秋葉原のコンセプトカフェの店舗数はいまや200を超え、毎日アキバに出勤するメイド~コスプレイヤー接客嬢の数は1000人と目されているそうな。



新宿歌舞伎町でキャバクラを経営していたオウナーが秋葉原に進出してコンセプトカフェを経営しはじめてもいて。いまやメイドカフェとキャバクラに連続性が生れてしまった。インバウンド需要を当て込んだ店も多い。ぼったくり店も混じりはじめ、近年の秋葉原には至るところに地雷が潜んでいると言われています。メイドの時給も1000円からなんと8000円まで幅がある。すなわち、この社会にはカーストがあって、「完璧にかわいさを極めた女の子」こそがトップカーストであり1日7~8万円を稼ぎ出し、他方ツメの甘いメイドたちは時給1000円で路上に立って客を引くロウカーストに甘んじなければなりません。そこには金目鯛とチクワほどの差があります。なお、メイド、ガールズバー、キャバクラで働く女性たちが多い背景には、日本女性の非正規雇用労働者の割合が女性は54.4%であることも関係しているでしょう。



いま円安貧乏、格差社会日本において、彼女たちとて少しでも時給の高い店になびくのは資本主義社会の当然ではあって。とうぜん時給の高い店は査定も厳しいゆえ、コスプレイヤー接客嬢もまた自分の商品価値を高めなくてはなりません。しかもこの商売をできる年齢は16歳からおおよそ25歳まで。十年間の勝負です。稼げるあいだにスキルアップをしなければ負け組に転落です。じっさいコンセプト・カフェ・イベントの参加者のなかにはライバルたちを視察し、最新のかわいいテクを盗まんとする同業者の女の子たちも多い。


自分のかわいいスキルをつねにアップデートし続けること。それはまさにIT関係者がプログラミング能力を高め、クラウドを理解し、ネットワークセキュリティの知識をつねにアップデートすることと同じことです。また、IT関係にブラック企業が多く、関係者は少しでも良い会社への転職を狙い、あるいはフリーランスになって少しでも自由に働けることを目指すのもまたメイドと同じと言えましょう。



メイド~コスプレイヤー接客嬢たちの美女率も上がった。彼女たちの髪型の完成度も、メイク技術も飛躍的に高まった。メイクパレットは彼女たちの戦闘兵器です。目のまわりにパステルカラーのアイシャドウを使い、目尻を強調し、大きな瞳を演出。マスカラで睫毛を艶やかに黒く長めにして、その睫毛は天まで届くイメージです。瞼にラメを散らすのも効果的です。唇は濡れたように艶やかにピンクに仕上げます。もっとも、いまやメイド~コスプレイヤー接客嬢にもゴージャス美女系、かわいい系、ゴシック系と各種ありますから、ピンク一択というわけでもありません。


また、彼女たちの仕事には、チェキコミュニケーションが欠かせませんから、かわいい仕草やかわいいポージングも大切です。脚をXに交差させるとか、両手で♡マークを作るなんてのは序の口です。各種かわいいポージングをざっと30は持っていて適切に使いこなせるセンスが必要です。



なお、彼女たちは接客業ゆえ、オタク客をよろこばせるトークも重要です。「さすが!」「知らなかった!」「すごいッ」「センスいい♡」これらの言葉が自然に口に出せるようにならなくては商売になりません。敬語も使いこなせるようになる必要もあります。キャバ嬢と同じですね。(なお、性行為の提供をせずにただ女性とのおしゃべりだけで客からともすれば高額を取れる商売は、日本以外の国ではほとんど成立しないでしょう。)しかも彼女たちは萌え萌えオムライス作りに習熟し、謎のLOVEカクテルみたいなのも作れるようになってゆく。こうして彼女たちは女子力という名の黒魔術の達人になってゆきます。



いまやアイドルたちよりもチャーミングなメイド~コスプレイヤーたちもざらにいます。と言うか、いまや彼女たちはアイドル化し、ともすればアイドルを越えかねない勢いです。また、現役無名アイドルがひそかにこちらの業界でバイトをするケースも多い。なぜなら、アイドルのほとんどは労働者ではなく個人事業主であり、労働法の保護下にありません。そのうえ無名アイドルは貧乏なもの。所属事務所に歌やダンスのレッスン代、衣装代などを払い、そのうえ交通費さえも自己負担。彼女たちがハイカーストのアキバ系コスプレイヤーの方がよほど儲かるとおもうのも当然でしょう。とはいえ、秋葉原で活躍するいわゆる地下アイドルたちには悲惨な話題もまた後を絶たない。女子高生が甘い言葉に誘われて、タチの悪い店につかまって、地獄に落ちるケースもまた。


他方、コンセプト・カフェに群がるオタク男たちと言えば、キャラTシャツの上にネルシャツを羽織るか、はたまたプリント入りのヨットパーカーを着て、シルエットに無頓着なジーンズを穿き、まるで千年履き続けたかのようなダンロップのスニーカー姿で、グッズを詰め込んだ紙袋を提げています。メイド~コスプレイヤー嬢とオタク男の関係にはあまりにも大きな非対称性があります。とうていオタク男は百戦錬磨の彼女たちに敵うわけがありません。



それにしても、である。これだけ才能あふれ、技術習得能力に秀で、ただひたすらかわいさのみを追求し、かわいさでもって闘う美少女戦士たち。彼女たちの情熱がただひたすらサイコーレヴェルのコスプレイヤーになるためだけに注がれていることを、ぼくは社会的損失とおもわなくもない。またメイドカフェ~コンセプト・カフェ隆盛の秋葉原は、見ようによってはディストピアSFの世界と言えなくもない。おっと出ました年長者発言。いいえ、彼女たちにとってはまったくもって大きなお世話であることでしょう。


いまにしておもえば、むかしの芸者たちもまた同じことを競い合っていたことは疑いありません。髪結いによって仕上げた髪型で、顔は練り白粉で白く塗り、アイメイクは梅の花びら色で輪郭づけ、真っ赤に唇を染め、襟を抜いてうなじを見せることで色気を表現する着物姿が、萌えメイクとエプロンドレス&ニーハイに替わり、「キツネ釣り」が「萌え萌えじゃんけん」になっただけのこと。客筋が商家の旦那衆から、オタク男と外国人観光客に替わっただけのこと。たとえ時代が平成~令和になろうとも、しかし日本人には江戸庶民の血が流れています。









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?