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松浦理英子「ヒカリ文集」

デリケートな甘美さと苦さと虚しさが快いファンタジー


新作が出るたびに必ず読む作家が何人かいるが、松浦理英子もそのひとり。遅ればせながら図書館で借りて読了した最新作「ヒカリ文集」も期待を裏切られなかった。

学生劇団の中心的女優で、姿を消してしまったヒカリ。

異性に対しても同性に対しても、優しくしたり快楽を与えることはできるけど、恋愛関係にコミットできない。

決して悪意で相手の気持を弄んだり、支配するために魅力を行使するわけではなく、ただただ他者を愛することが不可能なのだ。

そんな彼女は、劇団員の男女6人と次々と疑似恋愛関係を持つ。どの関係も「偽りの愛」だったが、全員の心に大きな痕跡を残す。

作品は、横死した座長の未完の脚本、それとヒカリが姿を消してから十数年後に残る5人の男女が、それぞれヒカリとの関係を綴った回想録から構成されていている。

一種のファンタジーなのだが、作品で描き出されるヒカリの不思議な磁力と魅力はリアルだ。

誰もが指摘するヒカリの笑顔の魅力を6人のひとり優也がこう語る。

偽物でも本物でも上手な笑顔には優しさが宿ってるじゃないですか。それで十分ですよ。あるのかないのか証明できなくて伝わりもしない本物の愛より、偽物であっても目に見える笑顔の方が人の役に立つと思います。

「なぜヒカリに愛は不可能なのか」「友情と性愛の違いとは」「人間関係におけるコミットメントとは」とかを深く考えさせられる作品なのかもしれないが、わたしにはもうその手のことを突き詰めて考える気力と根気がなくなっている。

ヒカリを含め登場人物の誰に対しても感情移入できない。

それなのに、6人それぞれが語るヒカリとの関係における、「甘やかな快さ」と苦さと虚しさが、読んでいて快楽で、極上のエンターテインメントとして楽しめてしまう。

読後感はデリケートで絶妙な味わいのコース料理を程よい量食べたような感じで、これまでの作品以上に良かった。


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