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[掌編小説]歌声

 むかしむかし、ひとりの娘が泉のほとりで歌っていました。
 その歌声に、大小の獣は集まってきて、食うもの食われるものの別なく、うっとりと静かに耳を傾けているのでした。

 そこへ狩りの帰りか、王子が共を連れて通りがかりました。
 王子が声を辿っていくと、娘を取り囲む獣たちの様子に驚き、感激して、娘を城へ召し上げることにしました。

 娘は嫌がりましたが、あっという間に捕まって、馬上へ抱えあげられてしまいました。お供の者たちは、王子を諌めましたが、王子は聞き入れません。
 娘は、最後に悲鳴を上げた切り、一言も発しませんでした。


 王子は、城に着くや否や、娘の歌声の素晴らしさを吹聴し、自慢げに歩きました。

 娘には、専用の部屋があてがわれました。王子は、たくさんのドレスや宝飾品を与え、ご機嫌を取りましたが、娘が歌うことはありませんでした。

 しびれを切らした王子は、娘の頬を思い切りぶちました。それで一声も出さない娘を、王子は気味悪くさえ思いました。

 それから、王子の娘への扱いは、酷くなったり、反対に優しくしたり。娘はますます心を閉ざしました。


 狩りの大会が開かれる日、王子は娘を森へ引っ張っていって、固い木の幹にしばり上げました。
 そして、獣を呼ぶ歌を歌うよう命じましたが、娘は首を振って黙っています。
 するとどうしても大会で勝ちたい王子は、娘の世話をしていた召使の女を連れてきて、鞭で打ち始めました。

 娘は怒りました。その召使は、娘が王子にぶたれるたび、腫れを冷やしてくれたひとでした。

 娘は歌いました。恐ろしい歌です。森中が震えています。すぐにたくさんの獣がやってきました。獣たちはみな怒りの唸り声をあげ、一つの大きな生き物のように
迫ってきます。

 王子は一目散に逃げだして、歌が止むまでぶるぶると震えて隠れていました。

 歌が止むと、王子はびくびくとあたりを見渡し、すばやく娘にさるぐつわをはめました。娘を乱暴に木から降ろすと、牢屋へ引きずっていってしまいました。


 王子はすぐに娘を処刑しようとしましたが、王からこんな命令がでました。次の王の誕生日の宴で、娘に歌を歌わせるようにと。

 王に良く思われたい王子は、これを承諾するしかありませんでした。
 王子は算段をつけます。

 そして宴の時がやってきました。いよいよ娘の歌を披露する番です。
 王子は、着飾らせた娘に、こうささやきました。歌わないとお前の両親を殺すと。

 娘は歌いました。悲しい歌でした。会場のいたすべての人が、愛する人を喪った悲しみを露わにされました。

 そう、それはまるでお葬式のようでした。

 ただ一人、怒り狂ったのは王子でした。
 王子は、誰もが悲しみに暮れて動かないので、自分で剣をもって娘に切りかかりました。

 娘は刃を受けながらも、これまでの仕打ちを歌で訴えました。
 王は心からすまなく思い、王子を捕らえ、娘は解放されることになりました。

 ある日、ある泉のほとり。娘は喜びの歌を歌います。獣たちは娘に寄り添い、小鳥たちは娘の周りを踊り跳ねました。

 そして、いたるところの茂みの中。人間たちは静かに娘の歌に酔いしれているのでした。


おわり

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