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4月のツインピークス。

4月のある日、逗子駅よりバスに揺られて葉山方面の海岸線へ出向いた。訪ねたかった店があったのだが、出かけてみると生憎休業中だった。この情報過多な社会において事前に調べておけばいいものを、抜かりは年々酷くなる。
休業中と書かれた貼り紙が貼られたその店は想像よりもずっと洗練されていた。これでは仮に営業していたとしても尻込みしてしまったかもしれず、どこかほっとする。

行く宛を失って海岸沿いのバス通りを歩いて逗子駅方面へ引き返してみることにしたものの、昔ながらの風情を残すその道は、趣こそあれ幅が狭い上に両脇にみっちりと店舗や民家が建ち並び、歩行者(自分)一人いるだけで自動車の対面通行すらままならない。そこでわたしは道から逸れて海岸へ出た。浜辺伝に行けるところまで行こう。

さっき逃した店はサンドイッチ屋さんだった。その店のサンドイッチを食べるために早めの昼飯を軽めにしてきたわたしは間もなくお腹が空いてきた。
しかもその日は4月のクセに気温が25℃を超える暑い日で、日差しを遮るもののない浜辺を歩いていると瞬く間に汗だくである。当然喉も渇くが、持ち合わせは持参した水筒のみ。中は熱々のお茶で、うっかり口をつければ火傷しそうでほんの少しずつ啜ることしかできない。
よく冷えたハムとキュウリを挟んだ歯切れの良いサンドウィッチと、からんからんと歌うアイスコーヒーの並ぶテーブルが、いつしか幻のように目の前に浮かび始めた。写真を撮りつつ歩いてはいたものの、次第に頭の中はそのことでいっぱいになっていった。

砂浜を歩き通し、ようやく見えてきたオアシスが葉山マリーナだった。

ここには何かしら休憩できる場所があるに違いない、と入口に立つサインを眺めてみるとプリン屋さんとして有名なカフェが入っていた。
良く晴れた金曜の午後、マリーナ併設の有名店へ入店できるのか危ぶまれるところだが、こちとらもう干からびる寸前だった。ここを逃すと後はない。なんとしても食い込みたかった。

店の入り口に設置されたタッチパネルで整理券を発行して祈るような思いで店内に入ってみると幸い空席が目に入った。助かった。ようやくサンドイッチとアイスコーヒーのからんからんにありつける!

ここはマリーナに併設されているボートハウスだから当然海に面している。案内されたカウンター席は全面ガラス張りで、直ぐ目の前にはボードウォークが見渡せた。しかし、素晴らしい眺望と引き換えに座席には午後の日差しが容赦なく照り付けていた。その上、眼下の海面からは反射光がギラギラと照り返し、おもむろに目をやられた。暑い。眩しい。失敗した。店に入って脱いだばかりのまだホカホカしている帽子を再び被り直すしかなかった。



お水をトレイに載せて後をついてきた店員の女の子がメニューを差し出しながら言った。
「ちょうどランチタイムが終わったところでして、喫茶メニューのみのご提供になります。」
衝撃の一言にわたしはメニューに目を走らせてサンドイッチの文字を探した。しかしそこには甘いものと飲み物しか見当たらず、砂浜を歩きながら追い求めてきた幻影はかげろうのように消えていった。

しかしせっかくプリンで有名なお店に来たのだから、まずはプリンを頼むのが礼儀だろうと気を取り直した。数々の華々しいセットメニューが並ぶ中、基本のプリンセット(プリンと飲み物)をお願いすることにした。店員さんにその旨伝えると、「かしこまりました」と言った後、「もしお腹に余裕があるようでしたら、2つ目のプリンが300円になりますがいかがですか」と畳みかけてきた。まさか、このアタクシがひとりでプリン2個平らげるなんて、的な笑顔で応えながら2個目が300円とは確かにお安いな、と頭の中で考えていた。なんといっても通常の半値以下なのだ。
それではもうひとつお願いします。という言葉が勝手に口から飛び出していた。

「お代わりプリンひとつですね。」とホールに響き渡りそうな声で復唱された気がした。実際はどうだったのか。もうやぶれかぶれだ。

メインのプリンとお代わりプリン。
やがて2つのプリンが同時にふるふると運ばれてきた。一つの皿に2つのプリンが盛り付けられて出てくると思いきや、ひとつずつ別々の皿に載せられていて完全なる2人前の体だった。しかも、想像していたよりも大きい。一般的な喫茶店でよく見かけるそれの2倍近くありそうだ。
眼前にでん、とそびえ立つシンメトリープリン、またの名をツインピークス。フロアに背を向けて座る窓際のカウンター席を選んだことが今初めて正解となった。

まずは店員さんにお願いして窓のブラインドを下ろしてもらい、日差しを遮ってもらって帽子を脱いだ。それからコーヒーをひと口。そしていよいよ覚悟を決めてツインピークスに挑みかかる。案の定、単独登頂(しかもツイン)には手強い相手だった。これは時間をかけた分だけキツくなる、満腹中枢が刺激される前に平らげてしまわねば、とフードファイト開始のゴングが鳴り響いた。ブラインドの隙間から今なお差し込んでくる海面の反射光に目を細めつつ、陶器の白い匙を手に間断なくプリンを掬いとっては次々と口に運んだ。


わりとさっぱりとした味わいのプリンでのどごしも良いのだが、最早わたしは味覚を超えた場所にいた。目を白黒させつつどうにかこうにか完食に成功し、勘定を済ませて外に出る。ここまで結構歩いてへとへとだったので最寄りのバス停からバスに乗って帰るつもりだったが、歩かねば身の置きどころがないほどの満腹だった。仕方なく逗子駅に向かって再びとぼとぼ歩き出す。

過ぎたるは及ばざるが如し。いや、今回は過ぎた分だけ及び過ぎるほどに及んでもう何も入りません。

甘いツインピークスを甘くみてはいけない。
というか、いったい幾つになったら身の程を知ることができるのだろう。

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