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小倉トーストのモーニング。

大勢集まる場所へ単身乗り込む時に空腹なのは心細い。お腹が空くと俄然弱気になり、笑顔も減り、判断能力も鈍る。(当社比)たとえこれから始まる集いがランチミーティングだったとしても、一口でいいから何か美味しいものを口にしてから乗り込みたい。
"ハングリー精神"という言葉はわたしの辞書には多分、載っていない。


先月、1年ぶりの現場へ一人で向かわねばならない日があった。昨年に引き続いて2度目の集いだから知った顔は必ずあるはずだけど、先方がこちらを覚えてくれているかどうかはわからないし、そもそもこっちの記憶力が心許ない。2度目の対面ではじめましてと口にしてしまった時の恐怖は、初対面の緊張感など比べものにならない。約束の1時間前、不安な心持ちで最寄駅へ到着したわたしは周辺を徘徊し、最初に視界に入ったコメダ珈琲店へ飛び込んだ。

休日の朝9時半だというのに、新宿のコメダは若者で結構な賑わいを見せていた。
適当な席を見つけて腰を下ろしメニューを開くと、いきなり「ブレンド600円」の文字が飛び込んできた。朝から珈琲一杯600円は高い。先日、上野でコメダに立ち寄った際にはたしか500円だったのに、この短期間で値上がったのだろうか。そこでわたしは食べ物の注文を断念し、ブレンドだけをオーダーした。そして一息ついたところでようやく思考回路が繋がった。そうだった、わたしは腹ごしらえのためにこの店へ入ったんじゃないか。珈琲だけ注文してどうする。残り時間もそれほど余裕はなかった。慌てて再び店員さんを呼び止めるとメニューも開かず、頼んだことのない小倉トーストを追加注文していた。

珈琲と小倉トースト、これで軽く1000円を超えるだろう。午前中から1,000円のおやつとは贅沢だ。でもこの後に控えているほぼ初顔合わせという難局を笑顔で乗り切るためには仕方あるまい、と腹を括った。
すると向こうからいかにもベテラン店員さんが小走りでやってくるのが見えた。彼女はわたしのテーブルの脇にしゃがみこむとこう言った。

「先ほどの小倉トーストのご注文ですが、今の時間でしたら珈琲一杯の料金でトーストに小倉あんが付いてくるモーニングセットがございますがそちらでいかがでしょうか。」

なんたる不覚!
ここはコメダ珈琲ではないか。
珈琲一杯注文すればいろいろとサービスで付いてくる中京圏のモーニングという黄金文化を全国に知らしめたとも言えるチェーン店だ。そんな店へモーニングタイムにのこのことやってきて、珈琲と小倉トーストをそれぞれ単品注文していたとは。今日の珈琲が600円で、先日は500円だったことにもようやく合点がいった。値上げなんかじゃない、モーニング価格だったのだ。

そうして待望の小倉トーストのモーニングセットがテーブルにやって来る頃には約束の時間は20分後に迫りつつあった。せっかくのコメダ・モーニングを10分でたいらげなくてはならなかったけど、マインドフルネスな気分で約束の地へと向かったのだった。



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