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写真集、出します


植物園の温室を2つまわって、写真を随分撮った。

上手く撮れなかったものを除いて、「これはいい感じに撮れたぞ」と思うのが150枚近く手元にある。その写真を一枚一枚眺めていると、温室を歩いた時の音や湿度や植物のギラギラした緑色が立ち上がってくる。まるで手元に温室を持っているような気持ちになって嬉しくなってくる。

そしてそれから少し遅れてやってくるのが「これ、紙で見てみたいな」という感情だった。なぜ紙で見たいのか、言葉で上手く表現ができない。この辺りはkindleで読むか本で読むかの感情論と近いものがあると思うのだけれど、少なくとも写真に関しては紙よりもmacbookのRetinaディスプレイで見た方が明るいし高画質で見れるような気がする。それとも紙に印刷したほうが情報量として増えるのだろうか?増えるわけないよな?だって元はデータなわけだし。あるいは本の形式にすることによって一覧で見れることに価値があるのかもしれない。ページとして写真が連続していくのにも意味が出てきて、とにかく面白そうだ。写真集論は思ったより難しそうだけれど、とにかく一枚ずつiPhoneでパラパラと写真を見るのと写真集をめくって写真を見るのとでは体験として全く違う価値がありそうで、僕は自分の写真でそれをやってみたいと思ったのだった。

鉄は熱いうちに打て("Strike while the iron is hot.")ということわざがあるけれど、この言葉の重みを知ったのは本当に最近のことだ。面白そうな本を買ったら、すぐに読まなければならない。1週間も本棚に置いておけば本はたちまち冷めてしまう。本当に冷めているのは本ではなく自分なのだけれど。思い立ったらすぐに行動に移さなければならない。そうしなければ冷めてしまうからだ。もちろん冷めない人は良い。足掛け5年くらいかけて「実現したいな」という思いを胸にコツコツと進められる人は、ずっと熱いままの鉄だから、焦って打たなくても大丈夫だ。多くの事柄はしっかりと準備をしてから始めた方が失敗が少ないので。でも僕のように熱しやすく冷めやすい人間は、とにかく打たなければならない。そうしないと、「いつかは本を出したいな」「いつかはYouTubeあげたいな」「いつかはオフ会を開催したいな」「いつかは」「いつかは「いつかは」でもやっぱりいいや。の繰り返しで、何も残らない。失敗なかった自分が残っているだけだ。それはやっぱり虚しいと思う。


写真集を作ろう。バカみたいに分厚いやつを。
ご自慢の160ページの大作を作ってやろう。後のことは何とかすればいい。何とかなるさ。30冊刷れば、1冊2,000円で売って完売して元が取れる(すごい計算だなこれ)ので、父と母と妹夫婦と彼女に売ったとしてあと25冊売ればいいのか。何とかなる何とかなる!!笑


LUMIX S5iix・LUMIX LX100M2・LUMIX XS-3で撮った写真の写真集です。
お楽しみに!



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