見出し画像

名字について

私は「鈴木」というどこにでもある名前です。

地元紙を広げると訃報欄がありますが、もうここ数年若い方はアップされることなく、ご高齢者のみなので、存じ上げる方も少なく、読み飛ばす日も多いです。

そんなある日ふと目に留まったのがこちらの方。故人に大変失礼なことは重々承知ですが、「はげ?」と目に留まりました。

もちろんふりがなで「かむろ」さんとあるのですが、それでも禿は「はげ」ですよね。「かむろ」は古文や能くらいしか記憶に出てきません。

で思ったのはこのマツヨさん78歳なので、禿さんに嫁いだ時はまだ名字が旦那の名字を名乗るのが普通の時代と推察しますので、嫌だったろうな~ということ。(もちろんお婿さんをとったという可能性もありますが)

例えば、マツヨさんや喪主である長女の真弓さんが病院に行った時、保険証にはフリガナなんか振ってないですから、患者として呼び出される時「ハゲ」さんって呼ばれてたんでしょうか。受付の人も一瞬絶句していたのではないかな。
喪主の真弓さんも嫁いで名字が変わるまでは「禿真弓」さんだったでしょうから、娘心、心中察するばかりです。マツヨさんは自分で結婚、名字を選んだので、それなりの覚悟があったと思いますが、真弓さんは生まれながらにしての宿命ですから、気の毒に思います。
ただ「かむろ」というをググると

と「禿(かぶろ、かむろ)とは、頭に髪がないことを言い、肩までで切りそろえた児童期の髪型、あるいはその髪型をした子供を指す。狭義では、江戸時代の遊廓に住む童女をさす。」

ですから、こちらもマツヨさんや真弓さんには相応しくないでしょう。
今ならこの家に息子がいて、彼女に結婚を申し込んでも「ハゲの名字になるのは嫌!」と言われるんでしょうね。

また字を調べると
「禿の「禾」は穀物の意味、下の「ル」は人の象形です。穀物はつるつるして丸い。人の上に穀物は、頭髪がなくて穀物のつるつるいていることを表しています。つまり「禿」は「かむろ」ではなく、禿頭、「ハゲ」をさす字になります(『新漢語林』)。
ということなんですね。

しかしどうしてこういう名字をご先祖様は選んだのか、大昔からの名前なのか、あるいは庶民は明治8年2月13日「苗字必称義務令」により法的に名字を名乗らねばならなくなったので、その時についたのか。
そのご先祖様は花柳界の方だったのか、あるいはハゲだったのか。
いずれにしても子孫に美田を残さずどころか、大変な迷惑をあたえたのではないかと、どこにでもある名字の鈴木としては思うわけです。

私の高校の同級生に「禿」とよく似た漢字の「秀」という名字の友人がおります。下の所の形が違うだけですが、やっぱり「禿」より「秀」の方がよいような気もします。それでも幸い彼は優秀でしたが、あまり出来がよくなかったら、「秀じゃなくて劣じゃん…」とこれまた恨み節だったのかも…。だとしたら平々凡々な鈴木なんて幸いなのかもしれません。

ちなみに私のような名字は、別に子々孫々続いてもらう必要もないので、お嫁さんの名字がよければそちらを選択してもらっても良かったのですが、長男・次男ともに鈴木さんを選択しちゃいました。と言ってもお嫁さんの急逝は「奥田」「西村」ですからあまり変わり映えしない名字ではあるのですが。いずれにしても夫婦別姓とか選択制というのは、こういう名字から考えてもあるべきで、多分反対している輩は、こういう少数派に無関心かつ平々凡々な名字の政治家なのだと思います。

失礼なこと、勝手な思い込みかと思いますが、お詫び申し上げ、禿マツヨさんのご冥福をお祈りします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?