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15年前の涙が出る悔しい記憶からの〝今〟

こんにちは、
子どもが教える学校の鈴木深雪です。

普段、子どもたちにプレゼンを
教える活動をしている私ですが。

今日は、今の活動に通じる、
ひとつの原体験を今日は
つづってみようと思います。
  
うまく書けるかな、、
まぁ、書いてみます。
  
(Facebook記事の転載です)
  

  
あれは今から15年ほど前・・
  
30才目前だった私は、
日々終電近くまで会社でがむしゃらに
働いていました。
  
毎日ひたすら家と会社、
そして飲み屋のトライアングル。
  
仕事は最高に面白かったけれど、
この生活ずっと続けられるかな、、
  
そんな一抹の不安をひそかに
感じていた頃のお話です。
  
同期入社の女性は
たくさんいたけれど、

当時はまだまだ
結婚後に退社する人も多く、
  
30代以上の先輩は
部署内に数えるほど、、
  
子育てしながらの営業職は
全社でもゼロ、、
 
当時はまだそんな時代でした。
 
15年前はきっとどこの会社も
そんな感じだったはず。
  
  


  
  
そんなある日。
  
全社で初めて
女性限定の講演会が開催されました。
  
その講師は、
日本IBMで初の女性役員になられた
内永ゆか子さん。
 
講演のテーマは
「ダイバーシティ(多様性)」について。
 
当時においては、他社と比較しても
かなり先進的なテーマだったと
記憶しています。
 
この時、私は初めて
ダイバーシティという
言葉を聞きました。

大きな壇上のスクリーンに
世界地図を映し出し、世界中にある
IBMの拠点を指し示しながら、
  
性別・肌の色・年齢・
宗教・身体的特徴、、、
  
さまざまな属性の
社員がいること、

これこそが会社として
社会に価値を生み出せる
最大の強みであると
語ってくださいました。
  
聞いてて最高にワクワクしました☺️
  
内永さんが語る、
ダイバーシティの世界観に
とんでもなく可能性を感じ
胸が踊ったことを昨日のように
覚えています。
  
そしてダイバーシティの
数ある施策の一つとして
「女性管理職の登用」のテーマも
あるのだとお話しくださいました。
  
  
今では、ダイバーシティなんて
聞き慣れた言葉ですし、
10代の子どもたちでも
理解している言葉です。
  
でも15年前には
革新的なメッセージでした。
  

女性であることが
〈むしろ〉価値になる
そんな時代がもう目の前にきている

  
  
先ゆく先輩からの
エールにも聞こえました。
  
  
心を打たれたのは
私だけではなかったようで、
 
講演後の懇親会では
内永さんの周りに
女性社員の人だかりができ、
中には感極まって涙する人も
いたくらいです。
  
それくらい、
当時の私たちにとっては
希望を感じる話だったんです。
  
 
そして翌日、その講演会での話を
私は部署のミーティングで
メンバーに嬉々としてシェアしました。
  
・ダイバーシティの考え方
・そこから見える未来の可能性
  
昨日学んだばかりで
まだ荒削りながらも
自分の言葉で熱くプレゼンしました。
  
メンバーのみんなも
真剣に耳を傾けてくれました。
  

 
で、ここからの出来事が
私にとって今でも思い出すと
なぜか涙が込み上げてしまう、、😭
話なんです。
  
出来事としては
とても些細なのですが
未だに私の琴線に
触れるところなのでしょう。
  
  
話を続けます、、
 
  
ミーティング終わりの休憩中。
とある先輩に呼び止められました。
 
「今日はいつになく
 熱くなっちゃってどうしたの?」
  
そう軽くからかわれたんです。
  
今の私なら、相手も悪気なく
軽くコメントしただけと
理解できるのですが、
  
当時の私は自分の熱い思いを
踏みにじられた気がしました。
  
前日のたくさんの女性社員の涙も
思い出されて、悔しさが
込み上げてきました。
  
こんなに思いがあるのに、
まだうまく言葉にできなくて、
もどかしさを感じて、隠れて泣きました。
  
女性としての働き方のヒントが見えていて、
そして、それは会社や社会にとっても
必ずや良い流れであると確信があるのに、
   
それを満足に言葉にできない自分に
苛立ちを覚えました。
   

 
で、そこから15年経った今。
結婚もし、子どもも産まれ母となり、
私は子どもたちに今、
プレゼンを教えています。
  
  
自分の思いを
うまく言葉にできなくて
もがいている子どもたちを見ると、
なぜか15年前のその時の自分と
重なるんです。

  

すでに世間の常識として
出回っているメッセージなら、
それを表す言葉はいくらでも
ネットを探せば出てきます。
  
  
子どもたちも練習すれば話せます。
  
  
でも、
  
他の誰でもない
自分の中にしかないもの、

今までの常識やルールを
逸脱するようなアイデア、
  
新しい概念や考え方、
  
であればあるほど、それらを
言葉にするにはハードルが伴うものです。
  
  
そして、
私はプレゼンにおいては、
そう言った言葉ほど価値があると、
子どもたちに伝えています。
  
  
  
まわりの人の
「そんなこと言ってる人は誰もいないよ」
「これはこういうものだから、諦めなよ」
  
という声に負けて欲しくないからです。
  

だって、、
  
  
子どもたちが今
学校に感じている違和感とか、
  
こんな風になったら
最高だろうなという突拍子もないアイデアとか、
  
大人が眉間に皺を寄せる
ゲームやYouTubeの魅力とか、
  
実はそこにこそ
言葉にはまだなってないだけで
大切な何かが隠れているのでは、
未来を作る力はそこにこそ
眠っているのではと私は思うのです。
  
  
女性であることや
子育てを経験していることが
〈むしろ〉価値になる時代が
15年前と比べて確実に訪れているように、
  
子どもたちが日頃感じている
違和感や、興味や悔しさや、楽しさが
そこにこそ〈むしろ〉これからの
時代を作っていく価値が隠れている
ような気がしてならないのです。
  
だから私は
子どもたちにプレゼンを教えているし、
彼らの言葉をとりこぼしたくなくて
マイクをむけ続けているのかもしれません。
  
その思いは
子どもたちだけでなく
私たち大人も一緒で。
  
これはこういうものだから、、
そんなこと言っている人は
誰ひとりいないよ、、
  
社会の声に迎合していった方が
楽なことって世の中にはたくさんあります

だけど自分を押し殺して
簡単には迎合できない部分にこそ、
違和感を感じている部分にこそ、
  
その人のこだわりや憤りがあって
そこにこそ新たな価値を生み出す
ヒントが眠っているように
思えてならないのです。
  
  
取り止めもない荒削りな言葉、
読んでくださってありがとうございます😭
  
  
==
子どもが教える学校 鈴木深雪

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